82.いよいよ出発だ
あれから1週間が過ぎ去り、いよいよ明日がスキー旅行の出発日だ。
待ちに待ったぜこの日が来るのを!
風邪をひいたりしないように規則正しい生活を心掛けた日々もこれで終わりだ、ヒャッホー!
いや、浮かれてばかりもいられない。
まずは落ち着いて旅の準備をしなければ。
といっても用意すべきものはそれほど多くはない。
スキーウエアや用具一式は旅先の宿泊所から貸してもらえるのだ。
そこには一応洗濯場もあるらしいが、6泊7日の日程分の着替えをバッグに詰め込んでおく。
歯ブラシとタオルの洗面用具も必須だ。
それと、現地はここよりもっと寒いから防寒着……セーターとマフラーも必要だな。
次に旅のお供のおやつ。
金額の上限は決まっていないが、オレは必要最低限しか用意していない。
単にカネに余裕がないのもあるが、宿泊所の方で適宜おつまみを用意してくれるらしいのだ。
それと、明日朝の集合場所や宿泊所での注意事項などが書かれた案内書、つまり『旅のしおり』も入れておく。
最後に、普段はほとんど使わない学生証を制服の胸ポケットにしまう。
乗船時や宿泊所で自分の所属を証明するものなので、絶対に無くしたり忘れたりはできない。
アーベル先生からも、もし忘れたら参加させずに置いていくと警告されているのだ。
よし、これで完了だ。
就寝時間より早いけど集合時間に遅れないようにさっさと寝よう。
……眠れない。
ガキじゃあるまいし、遠足前日に興奮して寝付けないなんてことはないだろうと思ってたのに。
どうしても気持ちが昂ぶってしまうのだ。
とにかく眠らないと、と思うほど目が冴えてくる。
オレは結局、羊を4ケタ近くまで数えたのだった。
んっ、もう朝か。
いつの間にか眠りについたあとはぐっすり眠れたようだ。
……今何時だ!?
ゲッ、予定より30分近く遅い目覚めだ!
結局やらかしたか……いや、余裕をもたせた予定だったから急いで用意すれば十分間に合う。
パン一つと水だけの朝食を済ませると顔を洗って、髪は……ボサボサだが諦める。
それから制服のシャツとズボン、コートを羽織って身支度は完了だ。
荷物を前夜に準備しておいて正解だった。
バッグを担ぎ上げて、オレは勢いよく寮の部屋を出た。
玄関を出ると、校門への通路には普通に歩いている生徒たちが何人もいるのが目に入った。
ふう、遅れを取り戻せたみたいで良かった。
普段は寒いとしか思わない早朝の冷たい空気もワクワクした気持ちのせいか心地よく感じる。
でも今日はいつもより気温が低いのか身震いしてきた。
まあ歩いていたらそのうち温まるだろうと思いつつ、旅のことを妄想しながら歩を進める。
そして集合場所である市街地内の船着き場まで半分近く進んだところで、後ろからよく知る声が聞こえてきた。
「やあタツロウ。今日は時間に余裕を持って出発したんだね」
「ようマルコ。ところで今日はって何だよ、いつもはダメみたいじゃん」
「ん〜、まあ言葉のアヤだよ、気にしないで。ところでなんか寒そうにしてるけど体調は大丈夫なのかい?」
「だって今朝はいつもより寒くないか?」
「いや、昨日と大して変わらないけど……あ、それじゃ寒く感じるはずだよ」
「どういうことだよ、わかんねえ」
「だってシャツの上にコートだけ羽織って、制服の上着を着てないじゃないか」
「えっ!? ホントだ。……あー! これはヤバい!」
オレはマルコに先に行ってくれとだけ言うと、来た道を猛ダッシュで駆け戻る。
学生証は上着のポケットの中なのだ、とにかく取りに帰らねーと!
ようやっと校門まで戻った時には周りに生徒の姿はなく、もう少しで門を閉められるところだった。
急いで寮の部屋に戻り、今度こそ上着とコートを着込んでまた猛ダッシュ!
だが、門を出てしばらく行ったところで足が上がらなくなってきた。
仕方がない、街に入る手前まで飛行魔法を使おう。
余計に体力を消耗するがやむを得ん。
街中に入ってからは休めた足で再びダッシュ。
なんとか間に合ってくれー!
◇
ハアハア、船着き場が見えてきた。
オレたちが乗る船は……あれかな?
その手前にはアーベル先生とゲルツ先生が鬼の形相で待ち構えていた。
「タツロウ君、あれほど時間に余裕を持って行動しなさいと注意したでしょう!?」
「お前が遅れることで出発が遅れ、我々だけでなく船員の方々や後の便を待っているお客さんたちにも迷惑がかかるのだぞ!」
「スミマセン、スミマセーン!」
大目玉を食らい、必死に謝るしかなかった。
でも、なんとかギリギリセーフで乗船できた。
「ふう〜、危なかった〜!」
「お疲れさん。とにかく間に合って良かったじゃん」
「タツロウ、マルコに感謝しなさいよね。忘れ物を取りに戻っているからって先生たちにギリギリまで待ってほしいって頼み込んでたんだから」
「そんなこと言わなくていいよサンドラ。気にしなくていいからさ」
「ありがとよ、マルコ。でも、もう動けね〜」
「少し休んでなよ。あとでデッキに行こう」
持つべきものは友だちだな。
これまでもマルコには世話になってきたけど、今日のことは感謝してもしきれない。
このお礼にはとても足りないが、デッキでオレのおやつをマルコと頬ばりながら話した時間は楽しかった。
さて、船は川を遡上して南の方へと進んでいく。
帝国南部の国境付近にはアルプスみたいな山脈があって、夏も冬もリゾート地として人気がある場所だ。
川の源流はその山脈から出ているので、上流へ行けば自然とその付近に行くことができる。
そして昼頃に目的地近くの港に到着した。
ここは大型貨物船が遡上できる限界点なので、荷の積み替えが必要なことから、街は結構な繁栄ぶりだ。
この地を支配する諸侯は……誰だっけか、まあどうでもいいや。
これでようやくゆっくりできると思ったが、それは間違いだとすぐに思い知らされた。
ここから宿泊所がある高原まで徒歩で登らなければいけないのだ。
それほど標高は高くない初心者向けのスキー場が多い場所として人気がある場所ではあるが。
道は比較的なだらかではあるけど、ある程度の高さまで来ると雪が積もってるし、歩いて行くのは大変だ。
先生たちの先導に遅れないよう、とにかくついていく。
女子たちはあらかじめ制服の下にジャージのズボンを履いていたが、そうしないと寒さもあってかなり辛い状況だ。
そうして歩くこと数時間でようやく宿泊所に到着した。
時間はすでに夕方で、今日は移動だけで一日が終わってしまった。
さあ、寒いから早く宿泊所に入ろう。
ここで男女別、そして2クラスずつに別れることになる。
オレのクラスの男子はヤニクのところと同宿となった。
部屋割だが、10人くらい寝泊まりできる中部屋でマルコとヤニクも一緒のグループになったので、いろいろと楽しく過ごせそうだ。
昼はまともに食ってなかったので夕食は殊の外美味かった。
風呂も用意してあって疲れた身体に染みわたる心地よさだった。
そしていよいよお待ちかね、夜の自由時間がやってきた。
部屋でみんなで暴れたり、朝まで喋り明かそうぜ!
「あ〜、わりい、タツロウっち。おれっち、もう眠くてしょうがねんだわ」
「俺も、もうダメ……付き合いたかったけど、まぶたが閉まってきちゃうんだよね」
ヤニクもマルコも、いやみんな疲れたのか、2段ベッドのそれぞれの場所にさっさと潜って、すぐに眠ってしまったのだ。
まあ、まだまだ日にちはある。
楽しみは明日以降に取っておこう。
そして結局オレもすぐに眠りについたのだった。




