78.退去
ソフィアと対面した翌日、オレとヨハネスは公爵家の館から退去する準備をしていた。
といってもオレは自分の身一つなので特にやることはないのだが。
ヨハネスが退去時間にここを出られるように手伝う羽目になったのだ。
「おい、居眠りするんじゃない! ちゃんと着替えて、顔洗って歯磨きしろ!」
「そんなこと言われても〜、まだ眠くて仕方がないんだよ〜」
ここにいる間は相当自堕落な生活をしていたようだ。
オレはまだ包帯だらけの状態だし、あんまり手間かけさせないでくれよな。
準備が完了して少し経った頃、フックス商会の商館マネージャーがオレたちを迎えに来たのだ。
「やあタツロウ君、元気だったか……ではなさそうだね」
「まあ、いろいろあったんで」
「予告していたとはいえ、君を見捨てたことは許してほしい。言い訳になるが、一つ間違えれば大事になるからさ」
「いえ、オレは覚悟の上で潜入したんですから、別に恨んだりしてないです」
「そう言ってもらえると助かるよ。ところで当主さまへのご挨拶は済んだのかい?」
「したかったんですけど拒否られました」
最後の挨拶ぐらいは……とヴィンセントに頼んだのだが、絶対にダメだと言われた。
もうオレたちや学校のことは忘れたいのかな……彼女の心中はわからんがどうにもできなかった。
「ふうん……何があったかは聞かないけど、先方がそれで問題ないならこちらは構わない。私は先程挨拶してきて、君たちをよろしく頼むと言われたよ」
少なくとも気にはかけてくれていたようだ。
そしてオレたちはマネージャーと共に館を出て荷馬車に乗り込んだ。
大丈夫だとは思うがヨハネスにはフードを被ってもらっている。
「タツロウ、ソフィアはやっぱり一緒には来ないの?」
「……ああ、本人から戻らないって聞いてるよ」
「え、それじゃ会ったんだね。こっちに来てから一度も見かけないから、どうしてるのかと思ってたよ」
「ちょっとだけな。詳しくは聞けなかったけど、とにかく戻らないって」
ヨハネスには嘘をつくことになるが、彼女の秘密をペラペラ喋るわけにはいかない。
それよりもオレの心残りは、これからこの公国が戦場になりそうなのをどうにもできないことだ。
オレ一人で王国の軍勢をどうにかできるわけじゃない、それぐらいは弁えてる。
ヴィルヘルムに会ったらなんとか支援できないか必死で説得してみよう。
あとはオヤジに手紙を書こう。
名ばかりとはいえ帝国皇帝、外国から侵攻を受けるとなれば動いてくれるに違いない。
といっても有力諸侯をうまく動かすことができるのか。
ここであーだこーだ考えても仕方ない。
ヨハネスを安全圏まで送ったらやれるだけのことはやらないと。
そんな考え事をしているところにマネージャーから急に問いかけられた。
「あれ、あいつどこ行ったんだ。タツロウ君、見かけなかったかい?」
「誰をですか?」
「そうだ、君はさっきまで館にいたのだった。えーと、君がここに来た時に一緒に荷物を運んだ作業員は覚えてる?」
「ああ、あのオッサンですか」
「今日の納品の作業員として同行したんだけど……作業終わってから飲みに行っちゃったかな。最近雇ったんだけど仕事は早くて助かるんだが、呑んべえだからなあ」
やれやれ、しょうがねえオッサンだ。
荷馬車が動き始めて、館が見えなくなり始めた。
遂にこことはお別れか……ん? なんか地面が揺れるな。
ゴゴゴッ! グワァッ!
荷馬車が激しく揺れて落ちそうになったがなんとか耐えた。
地震か?
でも荷馬車のところだけ地面が隆起して、まるで動きを止めるためにそうなったように見える。
土属性魔法による攻撃か?
そこにヒュン! と何か小さな物が高速で通り抜けた。
「うぐあああ! 右腕があっ!」
ヨハネスの叫び声だ。
見ると、その右上腕部を何かが貫通している。
とにかくヨハネスを伏せさせたが、そのすぐ上をまた何かが通り抜けた。
まさかヨハネスを狙った暗殺者か。
そうっと飛んでくる方向を見ると……木の陰に身を潜めながら弾のような物を飛ばそうとするヤツの姿が見えた。
アイツは作業員のオッサンじゃねえか!
商館の作業員として公爵家の館に作業で入り込んで情報収集していたってことか。
そしてまた弾が飛んでくる。
地中から金属成分を集めて弾丸にして操ってるのだろうか、厄介な相手だ。
このままじゃみんなやられる。
仕方がない、しばらく封印していた技、風烈弾を使って反撃してみるか。
空気弾を高速で飛ばすこの技なら向こうの攻撃にも十分に対抗できる。
でも距離的に届くかな。
とにかくやるしかない、右手の人差し指の先に魔力を集中する。
オッサンが狙いを定めるために陰から顔を出したところでオレもサッと顔と右腕を出す。
そしてほぼ同時に撃ちあった!
ダァーンとお互いに銃声のような音を轟かせる。
オレは急いで身をかがめたが髪の毛を弾丸がかすめていった。
オッサンの方はどうなった?
そっと顔を出すと、オッサンは左耳のあたりを手で抑えながら逃げ出していた。
結構血が出ていたようだけど、オレはやってしまったのだろうか。
でもやらないとこちらが殺されてたかもしれんし、選択肢は無かった。
騒ぎを聞きつけた館の衛兵たちにオレたちは助けられた。
一旦館に戻りヨハネスを応急手当てしてもらえて、本当に助かった。
そのあと商館までの道のりは慎重に周囲を確認しながら移動し、やたらと時間がかかってしまった。
幸い暗殺者はもう現れなかったので良しとしよう。
ちなみに暗殺者のオッサンは捕まらず、どこからの差し金かは判明しなかった。
まあ、状況的にケイン大司教しか考えられんが。
そして翌日、港へ向かうためにマネージャーと馬車に乗り込もうとすると、10人くらいの兵士が待ち構えていた。
「ど、どういうことだこれは?」
驚くオレにマネージャーが落ち着けとばかりに肩を叩いてから説明してくれた。
「ヴィルヘルム様から送ってもらった兵士たちだよ。ここから先は彼らに護衛してもらう」
「なんか用意が良すぎるくらい迅速ですね。それによく公国が許可を出したというか」
「そのへんは、まあウチはそれだけ公国に信用されてるんだよ」
なんか奥歯に物が挟まったような言い方だが、今はそんなことどっちでもいい。
オレたちは護衛のお陰もあって無事に船便で出国できたのだった。




