76.真意
ここは一体どこなんだ?
自分の身体を見ると、至るところ包帯だらけだ。
特に両腕は念入りに巻いてある。
動かすだけで痛い状態だから、包帯の下はかなり酷いのだろう。
室内にはオレだけしかいないようだが、どうしたらいいんだ。
混乱気味にいろいろ考えていたが、ドアからコンコンとノックする音が聞こえてきた。
誰だよ、不気味だな……返事すべきかやめておこうか。
「……入るぞ」
ドアの向こうからヴィンセントの声が聞こえてきた。
何の用事だ。
まさか闘技場で負けた仕返しか?
この状態ではとても勝ち目はないし逃げないと。
身構えながら待っていると、ヴィンセントは入って来るなり姿勢を低くしてドアの入口を開けたままにしている。
次に入ってくるヤツを待っているのか。
そして入ってきたのは意外な人物だった。
「失礼する」
当主の女じゃねえか!
しかし近くで見ると本当に大きい……いやこれはもうやめておこう。
あんまり見てるとヴィンセントに殺されかねない。
当主からは目を逸らしつつ起き上がろうとすると、そのままで良いと言われたので寝たまま応対する。
「それで、どのようなご用件でしょうか?」
「まずはお前の見舞いをしたいと仰せだ。有り難く思え」
「……ヴィンセントには尋問で必要以上の攻撃は控えよと言っておいたのだが。思ったより激しい闘いで重傷を負わせてしまった」
「別にいいですよ。覚悟の上で潜入したんだし」
「お前、口の聞き方をだな」
ヴィンセントが文句を言ったが当主は手で制して話を続ける。
「ところで、約束をまだ果たせておりませぬ。解放はもちろんするが」
「望みを一つ叶えてくれるんですよね?」
「……そのつもりでここまで来ました。申してみよ」
「じゃあ単刀直入に。ヨハネスを返してほしい。神学校に連れて帰りたいんだ」
「……なるほど、よくわかりました。だが少し待ってほしい」
「なんだよ、この期に及んでやっぱり反故にしようってか!?」
オレの強い口調に反応してヴィンセントが立ち上がりかけたが、当主は再度手で制し、落ち着いてオレの問いに答えた。
「そういうことではない。ヨハネス殿をこちらに連れて参ったのは確かだが、無理矢理攫ったというわけではない」
「……」
「ヨハネス殿の真意を確かめたい。戻りたいということであれば邪魔立てはしない」
「その場にオレも立ち会わせるのが条件です」
「よいでしょう。こちらに来ていただくのでしばらく待ってもらいたい」
そして10分ほどでヨハネスが衛兵に連れられて来た。
服装は小綺麗だし血色も良さそうで、少なくとも虐待はされてないようだ。
「ふあ〜、せっかく昼寝してたのに……あっ、タツロウ! 何でここにいるの?」
やっぱりこの前はオレだと気づいてなかったか。
「お前が挨拶もなしに急にいなくなって、学校のみんなが心配してんだよ。だから迎えに来た」
「そんなことになってたのか……誰もほとんど気にしないと思ってたのに」
「気にしないなんてことあるか! さあ、早速……」
オレはこれ以上は言わないように口を閉じた。
ヨハネスの意思を聞きたいのに、影響するようなことは控えておきたいのだ。
そして当主はヨハネスの真意を確かめるべく、おもむろに口を開き問いかけた。
「……ヨハネス殿、お休みだったところを申し訳ない。貴方の真意を聞かせてほしいのです」
「へっ!? 当主さまもいるなんて……それでなんの話ですか?」
相変わらずのマイペースぶりだな。
オレよりもよっぽど無礼な気がするが、客人だからかヴィンセントもスルーしている。
「率直に申し上げれば、貴方はこのフリシュタイン公国に残りたいのか、このタツロウ殿と一緒に戻りたいのかを、です」
ヨハネスは1分くらい考える仕草を続け、オレの顔をチラ見してきた。
マズいな、ここは言っておかないと。
「ヨハネス、オレはお前がどんな答えを言おうが文句は言わない。自分の意思に従って答えてくれ」
あくまでヨハネスの真意を優先しないと。
オレの顔色をうかがって出した結論にはなんの意味もない。
そしてヨハネスは意を決した表情で、いつもよりハッキリとした口調で答えた。
「ここには、残りたくないです。誘いには乗ったけど、納得がいく前に連れてこられたから」
少しホッとした……なぜか当主も同じような顔をしていると思うが気のせいだろうか。
「……でも、神学校に戻りたいかどうかは、自分でもよくわからない、です」
そうきたか。
うーん、こういう場合どうすりゃいいんだ?
オレが答えを考えあぐねているのを察したのか、当主の方から提案があった。
「こちらに残る意志がない以上、公国からは退去していただきたい。退去先は、とりあえずブランケンブルク領でよろしいですか」
「どうしてそこ限定なんだよ……ですか?」
「タツロウ殿の背後にはヴィルヘルム殿がいるのでしょう? 明日に丁度商館から納品がありますので、そこで一緒に退去していただければ手間も省けます」
全てお見通しってか。
「わかりました。こちらはそれで構いません」
「ヨハネス殿もそれでよろしいか?」
「……はい」
「その後どうするかは、ひとまず退去してから考えるのが良いと思います。あと、納得がいかないままお連れしたことはお詫び申し上げる」
「そんなのいいですよ〜、僕がグズグズしてたのも悪いんだし……」
ひとまず話はまとまった。
ヨハネスは眠そうな顔で部屋を出たけど、明日出られるように用意してくれるかな……ちょっと心配だ。
そのあと、オレは約束を守ってくれたことについて当主にお礼を言った。
なんだかんだいってゴネるかと思ったが、キチンと果たしてくれたのはとても嬉しいぜ。
「ヨハネスのことはありがとうございました。それと、勝手に潜入してご迷惑をおかけしました」
当主とヴィンセントは黙ってお礼と謝罪を受け入れてくれた。
これでオレは役割を果たしたも同然、あとは休ませてもらおう。
あ! ソフィアのことはどうしよう。
でも本人の話の内容からすると戻るわけないよね。
いやしかし、あれで本心を確かめたともいえない。
そうだ、この当主に相談してみようかな。
起き上がってこの考えを当主に伝えようとしたが、先に当主から話を振られてしまった。
「今回のことについては、私の方もタツロウ殿にお礼を申し上げたい」
「オレは礼を言われるようなことは何もしてないですけど」
「そんなことはありません。タツロウ殿の諦めない強い意志に触れたことで、私も自分の意思を強く持つことができるようになったのです」
「えぇ〜!? オレは自分のやりたいようにやっただけなんですけどね」
「そんなに謙遜しなくても……タツロウ殿とは是非じっくりとお話させていただきたいのです」
当主が目配せすると、ヴィンセントは渋々といった表情で立ち上がり、部屋を出てしまった。
アイツ、右足をちょっと引きずってたけど最後の投げ技で強く捻りすぎたかな。
それはともかく、オレと二人っきりになると、当主はより積極的に話しかけてきた。
「改めてこの場でお礼をさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「は、はぁ」
そして当主はなぜか大きくて白いマントのような布を取り出した。
「これから少しの間、あまりこちらをジッと見ないでいただきたい」
そう言うなり彼女は立ち上がってマントを頭から羽織った。
マントは背の高い彼女の足元まですっぽりと覆う大きさで、厚手なのか白なのに透けてはいない。
真ん中に頭がやっと通るだけの穴が開いていて頭頂部の髪の毛のみが見える状態だ。
まさか……こ、コレはッ!
彼女がマントを脱ぐとあられもない姿となっているのでは?
そしてあんなことやこんなことをしてくれるというお礼なのではなかろうか!?
そこまでしなくても……いや、やっぱりやってほしいです。
待てよ、そんな都合のいい話があるだろうか。
まさかのドッキリではあるまいな!?
調子に乗って後でヴィンセントにボコボコにされるとかは勘弁してくれよ!
そんなことを考えている間に彼女の背丈が縮んだような。
マントの中で屈んでいるのだろうか。
そして彼女の頭部がマントの穴から出てきた時、オレは驚き過ぎて声も出なかった。
「またお会いしましたね、タツロウ君」
その顔と声は、あのソフィアだった。




