75.お見送り
「なんじゃこれはー! どうして早々と降参などしておるのだーッ!」
またオッサンが喚きだした。
どうしても何もオレが闘いに勝ったからだろうが。
それに早くなんかねーよ、どんだけ苦しい思いしたと思ってんだ。
「せっかく手間をかけて有刺鉄線を設置させたのに! もっとお互い血みどろになるまでやりあわんかッ!」
オレもヴィンセントも十分血まみれじゃん。
どっちか死ぬまでやらせるのが目的かよ。
そもそも尋問が目的だと思うんだけど……そっちはどうでもいいのか。
そうだ、勝ったからにはすぐにでもヨハネスを解放させねーと。
「おいっ、当主! オレが勝ったときの約束、忘れてねーだろうなぁ!?」
「きさまっ、我が主への無礼は許さんと言っただろうが!」
まだやっと起き上がろうとしているところのヴィンセントが怒鳴ってきた。
クソッ、まだやり合わないといけないのか?
「ヴィンセント、今は良いのだ! それよりも敗者はゆっくり休んでおくがよい」
当主に引っ込んでいろと言われてヤツはシュンとなってしまったが、ちょっとかわいそうだな。
しかしここでオッサンがまたチャチャを入れてきた。
「おい、貴様らさっきから何を勝手なことばかりぬかしておるのだ!? さっさと闘いの続きを始めんか!」
コノヤロー、やっぱり約束を反古にするつもりか!
「ここから出せ! おいオッサン、まずはテメーからブッ飛ばしてやるから覚悟しろ!」
「なっ……黙っておれば調子に乗りおって、下賤の輩の分際で!」
「囚われ人よ、煩わしくなるゆえ余計な言動は控えよ。このソフィア、そなたとの約束は守る!」
「ソフィア〜! 下賤の輩との約束と、叔父であるわしの言うことのどちらが大事なのか! んン〜!?」
「……叔父上、この闘いが始まる前に交わされた取り決めはご存知のはず。相手が何者であれ、それを反故にすることは公爵家当主としてできません」
「だから、あの時わしはあんな約束をして大丈夫かと聞いたのだ!」
「その判断も含めて、全て私の責任です。ゆえにその後始末は私がつけます」
当主とオッサンの言い争いが酷くなってきた。
このスキにどうにかしてこの金網フェンスから脱出したいが……入り口をこじ開けられないか試そう。
幸いというか、オッサンが更にヒートアップして叫ぶからそっちに注目が集まってる。
「『私の責任』だ〜!? お前みたいな小娘が責任などと片腹痛いわッ! 結局わしが尻拭いするのだぞ!?」
「……叔父上にご迷惑はお掛けしません」
「どうやって迷惑を掛けないのか!? あのヨハネスという若僧を確保できねば、わしは国王や王族たちに顔が立たなくなるのだぞ!」
「……それは叔父上と王国側の問題です。私が責任を取るのは両国間の関係についてです」
クソッ、扉をこじ開けたいがなんて頑丈な造りだ。
オッサンたちはもうしばらく揉めといてほしいが……なんか背後に気配を感じる。
「ソフィア……わしの、この叔父の言うことが聞けんと言うのだな!? 命令に背くということなのだな〜!?」
「聞かないとか背くということでは……私は自分が治める領地内のことは自分の意思で決めたいと、そう言っているのです」
「お前は……お前とはもうおしまいだ〜! お前のような聞き分けのないガキは、こうしてくれるわ!」
オッサンは右腕を大きく振り上げ、当主に向かって思いっきり振り降ろそうとしている。
ガシィッ!
「……我が主に向かって何をするつもりか?」
「イテッ、イデデデ!」
ヴィンセントがギリギリでオッサンの右腕の手首を掴んだ。
ちょっと力が入り過ぎではあるけど。
結局金網フェンスから出れたのは、ヴィンセントが衛兵に指示して扉を開けさせたからだった。
せっかく出てきたけどオレの出番はもう無さそうだ。
「ヴィンセント〜! わ、わしにこんなことをしてただで済むと思っているのか〜?」
「おれは誰であろうと、我が主を傷つけようとする者は許さん」
オッサンの護衛たちはあっけに取られている。
さすがにそれはまずいだろう……オッサンが猛然と叱り飛ばす。
「お前たち何をやっておるか! さっさとわしを助けろ!」
しかしここで当主は今までのお返しとばかりにオッサンをこの場から追い出しにかかった。
「叔父上はご乱心召された! 静養が必要ゆえ、今すぐ王国へ帰還される。皆でお見送りするのだ!」
当主が場内の衛兵たちに呼びかけると、オッサンと護衛たちはあっという間に取り囲まれてしまった。
多勢に無勢でオッサン側はさすがにどうにもできない。
「ソフィア、絶対にお前を許さんからな! 王国から大部隊を引き連れて戻って来るから、首を洗って待っておれッ!」
オッサンは捨て台詞を叫びながらなおも抵抗していた。
しかし衛兵たちに『お見送り』されてオッサン御一行は遂に去っていった。
一方、当主は自分の前に跪くヴィンセントと何やら話を始めている。
聞くつもりはなかったけど……聞こえてくるもんはしょうがないよな。
「ソフィアさま、よくぞご決断なされました。ご親戚とはいえ、あのような男が我が物顔で振る舞うのは皆我慢がならなかったのです」
「……今まで苦労をかけ続けてすまない」
「我々はあなたがあの男に従うのではなく、ご自分の意思で行動すると決心するのをずっと待っておりました」
「……しかしこれで公国は戦場となるであろう。果たしてこれで良かったのか、私はまだ迷っている」
「あのまま従い続けていれば、いずれ公国は乗っ取られていたでしょう。そうなれば臣民たちは属国民しての扱いを受けます」
「だが、血は流さずに済む」
「残念ながら、領土的野心が強い王国は更に帝国への侵攻を考えるでしょう。臣民たちは無理矢理徴兵されて尖兵として使われることになります」
「……」
「亡き公爵ご夫妻は今でも臣民たちに慕われております。ソフィアさまが立つのであれば、我らは喜んで身命を賭して戦いましょう」
「……わかった。これで叔父上とは決別する。王国の力を背景にした脅しに屈してきた私を許してほしい」
「ソフィアさまが謝る必要などございません。このヴィンセントを始め、臣下が不甲斐ないばかりにご心配をおかけしてしまったのです」
なんかスゲー盛り上がっちゃってるな……。
オレの話を聞いてくれそうにない雰囲気だ。
まあ予想通り公国は外戚を介してノルマーク王国から圧力をかけられていたわけだ。
そしてヨハネスの件を切っ掛けとして積もりに積もった不満が爆発したということらしい。
結果的にはオレも一枚噛んじゃったのかな。
あんまりこういう話には関わりたくないんだけど……もう手遅れか。
あっ、ヴィンセントが急に倒れ込んだ。
なんだかオレも急に目まいがしてきた。
お互いかなり血を流したけど、今頃になって身体へのダメージに耐えられなくなったのか……。
次にオレが目覚めたのは、病室のような場所にあるベッドの上だった。




