73.仕切り直し
「おいっ! 自白させるどころか反撃されておるではないか!」
当主の叔父のオッサンが顔を紅潮させながらヴィンセントに向かって喚き散らす。
ヴィンセントは素知らぬ顔だがオッサンはそれで余計にヒートアップする。
「その男がじわじわと嬲られて苦痛に喘ぎ、やがて絶望する表情に変わる瞬間を楽しみに待っておったのに、役立たずがッ!」
へっ、オッサンの変態趣味を邪魔して不快にしてやっただけでもざまあみろってんだ。
しかしオッサンは続けてとんでもないことを言い出した。
「もういいッ! そんな男、さっさと殺してしまえ! 脳天をカチ割って血しぶきを派手に飛び散らせるんだ!」
オッサンてめえ、ムチャクチャ言ってんじゃねえ!
お前の思い通りにいくと思うなよ!
そう思いながら身構えたのだがどうもおかしい。
ヴィンセントは動こうとしないのだ。
「ヴィンセント、わしの命令が聞こえんのか! んン〜!?」
「……おれはソフィアさまの命にしか従わん」
「なにを言っておるか……わしはソフィアの叔父であるぞ! わしの命令は即ちソフィアの命令なのだ!」
「……」
「ソフィア! ヤツに命令せんか!」
「……叔父上、死なせてしまっては証言も何も聞き出せなくなります」
「そんなものはもうどーでもいい! わしはあの男が派手に苦しむところが見たいのだ!」
「しかし……」
オッサンは手段と目的が逆になってんじゃん。
それより、仲間割れしてるのか?
これは逃げ出すチャンスとかできるかもしれん、今のうちに体力を少しでも回復しておこう。
「貴様いい加減に……! いや、わしとしたことが姪っ子相手に大人げない。キチンと物事の道理から説くべきであった」
「叔父上……」
「なあ〜ソフィアよ。人と人との付き合いに重要なものは何だと思う?」
「……信頼、とかでしょうか?」
「そう『信頼』! 重要なことの一つだ。なのにお前ときたら」
「……何が言いたいのですか?」
「お前の両親が亡くなってからというもの、公爵家の当主を継いで政を滞りなく行えるようにサポートしてきたのは、誰だと思う?」
「……」
「ノルマーク王家には、この機に公国に侵攻すべきという強硬論もあったのだ。しかしわしはその意見を退けてきた」
「……もちろん叔父上には感謝しております」
「そこで『信頼』が問題になってくる。これだけ世話になっておきながら、わしのささやかな愉しみを拒否する相手に果たして信頼が置けようか」
「……」
「わしも亡き妹の忘れ形見であるお前のことは常に気にかけておる。だからできる限りは我慢をするが、モノには限度というものがあろう」
なーにがささやかな愉しみだ、公国内で立場利用して好き勝手やりたいだけだろーが! と心の中でツッコミを入れたが黙っていよう。
そもそもオレに直接関係ない話だし。
それはいいが当主の方はオッサンの口撃に返答が詰まってきた。
激昂していたかと思えば一転して遠回しに脅しをかけて揺さぶるとは、オッサンもそれなりに交渉術を心得ているらしい。
ただの変態なオジサンではないようだ。
その様子を見ていたヴィンセントがキッとこちらに目線と殺気を向けてきた。
なんかヤバそうな気配……だがヤツはオレの顔を見て少し驚いたあとに呟いた。
「お前は、あの時追いかけてきた……」
オレの正体に気づいたか?
そういや頭のバンダナが無い……それにメイクもさっきの顔面ダイビングヘッドで剥がれてしまったようだ。
でも今更わかったところで状況が変わるわけではないから無視しとこう。
それはいいけどヤツがこちらにズンズン歩いて近づいてくる。
何を仕掛けてくる気だ。
オレはヤツの動線から身体をずらして回り込むようにゆっくり歩く。
しかしヤツはオレを追いかけてきて反比例グラフみたいな動線を描く。
そして徐々にオレとヤツの距離が縮む。
オレはヤツに見えないように手に魔力を集中する。
ヤツの得意攻撃はやはり足技だろうか、その間合いギリギリでブチ当ててやる。
そして間合いに入ろうかというところでヤツの右足が前に動いてきた。
ここで仕掛ける!
「オラァ! 風圧魔法喰らえやぁ!」
パアーン!
ヤツは恐るべき速度の前蹴りで魔法を消し飛ばした。
クソッ、だがオレに蹴りは当たっていない。
スキだらけだぜぇ!
踏み込もうとした瞬間、オレは頭の上に気配を感じた。
ヤツが振り上げきった右足がグワアッと勢いよく振り降ろされてくる!
踵落としか!?
防御が間に合わない!
「止めなさい、ヴィンセント!」
当主が叫んだ瞬間に、ヤツの踵はオレの脳天のすぐ上でビタッと止まった。
危なかった……あのまま喰らってたら脳天カチ割られてたかもしれん。
そう思わせるスピードと迫力があった。
そして今度はオッサンの方がまた喚きだした。
「お前……さっきの話をちゃんと聞いてなかったのか、んン〜!?」
「叔父上、どうか冷静になってください」
「何を言う、わしはいつも冷静だろうが〜!」
オッサンはそう言いながら腕を振り上げようとしたが、途中で止めて落ち着いた口調に戻った。
「……良かろう、では仕切り直して明日に尋問を再開する」
「ご理解いただき、ありがとうございます」
「但し、わしの方でそのやり方に少々変更を加える」
「……しかし、今までこれで行われてきたのです」
「お前たちのヌルいやり方では自白させられなかったではないか。変更されても文句はいえまい?」
「……」
「わかったなソフィア。ところでそこの男、これで1日命拾いしたな。明日を楽しみに待っておれ、カッカッカッ!」
オッサンは最後にオレの方に向かって捨て台詞を言うと自分の護衛たちと一緒に立ち去っていった。
正直なところホッとしている自分に気がついた。
そして今になって鼻血がポタポタと出てきたが、鼻が折れてないかと心配になってきた。
というのも、顔面を始めとして全身でジンジンと痛みを感じだしたのだ。
アドレナリンが出ていたのだろうか。
それにしても自分でも火の玉シュートの連続攻撃によく耐えられたと思う。
オレは衛兵たちに促されてやっとの思いで立ち上がり、そのまま窓もない独房に閉じ込められたのだった。
◇
今は何時なんだろうか。
それにしても腹が減った〜。
何も食ってないんだから当たり前だけど、食欲があるということは身体に深刻なダメージは無いのだろう。
鼻血もしばらくしたら止まったし、鼻は折れていないと思う。
やることがないのでひたすら寝転んでいたのだが、扉の向こうから足音が聞こえてきた。
衛兵が監視にやってきたのだろうか。
どうでもいいやとそのまま寝転んでいると、外から見える小さな監視窓から視線を感じた。
「……タツロウ君、お身体の具合はいかがですか?」
その聞き慣れた声は、ソフィアか!?
同じソフィアでも当主ではなく、クラスメイトで部活仲間の方だ。
驚いて窓の方に振り向くと、確かに見慣れたソフィアの顔が見えた。
その脇にはヴィンセントと思しき人影も見える。
「そんなに、お化けでも見たかのように驚かなくても……」
「そりゃあ驚くさ。いきなりいなくなって、ヨハネスまで連れ出して、止めるのも聞かずに行ってしまうようなヤツが現れたらな」
「……言い訳も弁解もするつもりはありません。私にとってはやるべきことを果たしたまでなので」
「あっそう。それで何しに来たんだよ」
「……さっきも言いましたがお身体の様子を見に来ただけです。いけませんか?」
「お気遣いどーも。あと、ヴィンセントだっけ? あんなヤツの攻撃なんて大して効いてねーよ。一晩寝たらすぐに回復すらあ」
ヴィンセントにも聞こえるようにワザと大きい声で喋ったら、ヤツの身体が一瞬ピクッと動くのが見えた。
面白くて内心ほくそ笑んでいたが、ソフィアからの話しかけはまだ続いた。
「……ところで、どうしてここまで来たんですか? 貴方がそこまでする理由もメリットもないでしょう」
「友だちのヨハネスを連れ帰るために来た。あとついでにお前も。それだけさ」
「たった、それだけのためにですか?」
「お前にとってはそれだけのことでも、オレだけでなくクラスメイトも部活仲間もみんな心配してんだ。それに絶対に連れて帰ってこいって部長命令が出てんだよ」
「……マグダレナさんの命令ですか……あの人らしいですね」
「で、ヨハネスと一緒に戻る気はあるのか?」
「……それはできません。ヨハネス君もこちらに居続けたいと言っています」
「お前はともかく、ヨハネスは直接会って確かめさせろよ」
「……それもできません」
「まあいい、明日ヴィンセントをボコボコにすれば全て解決することだ」
「勝てば願いを一つ聞き入れる話を言ってますか?」
「そうそう……って何でお前がそれを知ってんだよ」
「それは……接客の間と闘技場で、貴方から見えないところにずっと居たんです」
「へえ、いつオレだと気づいたんだ?」
「最初からです」
「メイクして変装してたのに?」
「2ヶ月以上もクラスと部活で一緒でしたから、それくらいわかります」
いや、ヨハネスはわからなかったみたいだけど。
この辺は個人的な認識能力の差だろうから仕方がないか。
「そんなところに居たなんて、お前と当主はどういう関係なんだよ?」
「……近しい関係とだけお答えします」
当主と近しいとなると姉妹か……いや当主は一人娘だったハズ。
となれば親戚あたりか。
それともお付きのメイド兼ボディガードとか……そんなアニメみたいなのは無いか。
「本当はなんて名前なんだ? それとも当主と同じなのか?」
「……お答えできません」
「できないとか答えられないとかばっかじゃん」
「……貴方がそんなことばかり聞いてくるからです。ところで、どうして当主の忠告を無視して意地を張ったのですか?」
「忠告なんかされたっけか」
「散々に痛めつけられて全て白状することになるって」
「確かに言ってたけど、それって忠告なのか? 罵倒にしか聞こえなかったけど」
「……だから、そうなる前に素直に話した方がいいと、そういう意味を込めてるんです……と思います」
「そんなのわかんねーよ。まあ当主の叔父が遠回しに姪を脅していたし、そういう陰険なやり方ばっかやってる家系なんだろうな」
苛立ちもあってイヤミの言葉をソフィアにぶつけてしまった。
さすがに腹が立ったのか、彼女は少しムッとした表情を見せると、これまでとは関係ない話を持ち出してオレを責めた。
「……そういえば、タツロウ君は当主の胸ばかりジッと見ていましたね」
「えっ!? いや、そんなに見てなかったと思うんだけど……」
「いいえ、見ていました」
「そ、そうだったかな。大きくて谷間も見えてたから、つい目線がいっちゃったのかも」
「男の人っていつもそうですよね……! 私たちの胸をなんだと思ってるんですか!?」
なんだ、と言われてもどう言えばいいのかと答えに窮してしまった。
そして彼女は最後に短くも最大限の罵倒の言葉を残して去っていった。
「えっち」
前世も含めて何度か言われた言葉だが、ソフィアのように普段そういうのを言わないタイプに言われると、通常の倍くらいのダメージがある。
オレはとりあえず寝転んで目を瞑り、眠って忘れようと努めたのだった。
◇
翌日になったのだろうか。
眠りから覚めても、窓がないから時間も何もわからない。
衛兵たちに起こされ、また地下へ連れて行かれる。
見えるのはあの金網フェンスで覆われた闘技場……でもなんか違和感があるな。
近づくにつれてその正体に気づいたオレは思わず呟いてしまった。
「な、なんじゃこりゃあ!」
オレの目に映ったのは、金網フェンスの内側に張り巡らされた有刺鉄線であった。




