70.覚醒
「すごい城だなあ……」
入口付近から見上げると威風堂々なヴィルヘルムの居城に圧倒されてしまう。
そこらへんの諸侯の都にある居城の倍くらいの規模がありそうだ。
だが、これはヴィルヘルム、つまり嫡男用の居城だということだ。
その親であるブランケンブルク選帝候の居城って一体どれくらいのものなんだろうか。
そんなことを考えている間に入城の手続きが終わり、中へ通された。
ここまでついて来てくれた護衛3人は一旦アウストマルク領へ引き上げるそうだ。
というわけで1人で城内に入ったわけだが。
マグダレナの使いの者として来たので、お客さん扱いではなく周りを衛兵に囲まれて歩いていく。
怪しい動きとかやらかしたらすぐに四方八方から刺されそうだ。
そんな緊張感を持ちながら進んでいくと、応接室のような部屋に入れられた。
「ヴィルヘルム様がこちらに足をお運びになるまでここで待て」
衛兵の一人にそう言われたのでおとなしくソファに座った。
ドアは開いたままでドアの横に衛兵が控えているのが見える。
普段ならエラソーにしやがってと腹が立つところだが、果たすべき目的がある今はそんなことはどうでもいい。
と、ここでコンコンとノックしてから中年の女性が入ってきた。
城内の使用人だろうか、2人分のお茶セットを持ってきている。
そして磁器にお茶を入れる用意をしながらオレに話を振ってきた。
「あの……マグダレナお嬢様は来られていないのですか?」
「あ、はい。オレはその使いとして来ただけで、本人は同行していないです」
「そうなのですか……てっきりお嬢様が久しぶりに来てくださるのだと喜んでおりましたのに」
「えっ、マグダレナ……さまはこちらに来たことがあるんですか?」
「はい、お嬢様とウチの坊ちゃまがどちらもお小さい頃に、しょっちゅう遊びに来られていたのですよ」
なんと、学校では2人の仲悪そうなところしか見ていないから意外だなあ。
「お二人とも、それはもう仲睦まじい様子で常にご一緒でした」
「そうだったんですね〜」
入れてもらったお茶を啜りながら適当に相槌を打つ。
しかし、女性の次のセリフでオレは思わず吹き出しそうになってしまった。
「お嬢様は『わたくし、しょうらいはヴィルヘルムのおよめさんになりますの!』とわたしたち使用人にまで仰っていたんですよ」
へえ、そんなことがあったのか。
これは……面白い話を聞いたぜぇ。
今度マグダレナに怒られそうな時にこのネタを言ってみようかな、グヒヒヒ。
「でも、ある時理由はわかりませんがお二人は大喧嘩をなさいまして……それ以来お嬢様は来られなくなったのです」
なるほどねえ。
まあ男女の別れなど突然発生するものであり、オレがその理由を気にしても仕方があるまい。
というか、気にしている場合ではないのだ。
「待たせたな、タツロウ。馬術大会以来だが息災であったか?」
わっ、ヴィルヘルムが突然部屋の中に入ってきた。
女性はヴィルヘルムにもお茶を入れるとそそくさと退室してしまい、2人が部屋に残された。
そしてヴィルヘルムは衛兵に手で合図を送り、ドアは閉められてしまった。
閉めない方がいいのに……この人の前だと緊張するのに二人っきりだなんて。
「まさかお前がマグダレナの使いとしてやってくるとは……アイツの家臣となる約束でもしているのか?」
「いえ、そういうわけではなくて事情があると言いますか」
「そうか。それならば学校卒業後は俺の家臣にならないか? お前なら歓迎だ。なんなら家族共々こちらに移籍してもらっても構わないぞ」
うーん、本気なのか社交辞令なのかよくわからんなあ。
ここは無難にはぐらかしておこう。
「まだ将来のことは決めていませんが、選択肢の一つとして心に留めておきます」
オヤジが選帝候たちから皇帝位をクビにされる未来も十分あり得るし、路頭に迷った場合の保険としてキープはしておかないとね。
「うむ。それでは早速だが、どのような用件なのだ? アイツが俺に使いを送ってくるとは只事ではない」
「密書を預かってきました。まずは読んでいただいて、それから質問に答えます」
ヴィルヘルムは密書を受け取ると丁寧にその内容に目を通した。
「……要するに、フリシュタイン公国に連れ去られたヨハネス君というクラスメイトを救い出したい、というのが目的で間違いないか?」
「その通りです」
「4つの属性を全て持つ男か……確かに公国、いやその背後のノルマーク王国が欲しがるのも無理はない」
「すみません、確かにレアな人材ですけど4種類の魔法が使えるってだけでそこまでするのがピンとこないんです」
「タツロウは『覚醒』のことは知らないようだな」
「何ですかそれ?」
「この世界には4つの基本属性以外にも特別な属性がある……ごく一部だが覚醒してそれに目覚める者がいるのだ」
初めて聞いたぜ、そんなのがあるなんて。
「一般的には覚醒すること自体あまり知られていない。少数なので目にする機会がほとんどないからだ。しかし、高い確率で覚醒する者たちがいる」
「それが全て持っている者っていうことですか」
「うむ。そして目覚める属性はほぼ光属性か闇属性かのどちらかだ」
光と闇か……ゲームとかマンガだと強者だったりチートだったりするイメージがあるけどこの世界ではどうなんだろうか。
「またまたすみません。それってどんな強さなんですか?」
「そうだな……わかりやすい例を一つ挙げよう」
「お願いします」
「150年程前、闇属性に目覚めてそれを極めた者がいた。その者は敵国の1万人近い部隊をたった一人で壊滅させたのだ」
一騎当千どころか、万に値するのかよ。
すごいな覚醒……コレこそまさにチートで無双じゃないか。
そりゃあ諸侯がみんな欲しがるわけだ。
「かくいう俺も覚醒した者を実際に見たことはないが、さっきの例程ではなくとも人外めいた強さであることは確かだ」
「なるほど。それ以外に覚醒するパターンもあるんですか?」
「属性を複数持っている者ほど覚醒しやすくなる。2つよりは3つ、そして4つの順にだ」
「みんな光か闇なんですか?」
「いや、4属性持ち以外は別の属性であることが多いらしい。具体的には、ちょっと覚えていないが」
オレは1つの属性しかないけど目覚めたりしないのかな……と思いながら質問したのだが、残念ながら可能性は限りなくゼロに近いようだ。
「これだけわかれば十分です。ありがとうございます」
「話が脱線したが本題に入ろうか。密書にはタツロウが公国に潜入する手助けをしてほしいとあったが」
「はい、なんとかお願いします」
「アイツめ、大変なことを簡単に頼みおって。それで潜入後のプランはあるのか?」
「いえ、出たとこ勝負です」
「……まあお前らしいとも言えるな。それはともかく、この問題を放置すれば公国と接している我が領地にもいずれは影響がある。協力はしよう」
「ありがとうございます!」
「あとは潜入手段か……。それならとある商会を紹介しよう」
まさかダジャレ……いやタマタマだよね。
「そこは我がオーエンツォレオン家の出入り商人ゆえ、多少の融通はきく。フリシュタイン公国向けの船に乗れるように話を通しておこうか」
「それは是非とも!」
「確か公国内にも商館を持っている……それに公爵家からの注文を請け負うこともあると聞く」
「それじゃあ、公爵家の城内に入ることも」
「可能であろうな」
「すぐに紹介してください。よろしくお願いします」
翌日、オレはヴィルヘルムから紹介されたフックス商会へ新入り作業員として入ることが出来た。
この商会はブランケンブルク領内とフリシュタイン公国がそれぞれ不足している物資を輸出入する事業が収益の柱の一つだ。
そしてオレは今、川沿いの港で輸出する商品を船に積み込む作業に従事している。
「こらあ! チンタラやってんじゃねーぞ新入り! グズグズしてっと船が出ちまうぞ!」
「へーい」
重い積み荷を持ち運ぶだけでも大変なのに急いでやれって、冗談じゃねーよ。
でもここは頑張らないと、この機会を逃せばいつ公国内に入れるかわからない。
なんとか割り当てられた分の積み込みを完了させた……もう身体がヘトヘトだよ。
荷積みを終えて程なく船は出港した。
まずはこの川の河口に向かって進んでいく。
そして行き先はもちろんフリシュタイン公国の港である。




