69.移動を急ぐ
「待て。貴様、この辺りで見かけん顔だな。勝手にこの門を通ることは許さん」
アウストマルク領へ入る城門を通り抜けようとしたところで衛兵に呼び止められた。
そうだ、城門で見せるようにマグダレナから言われていた書面を出すのを忘れてた。
衛兵が疑いの眼差しを向けてくる中、背中の荷物を降ろして内心焦りながら中を確認する。
「あった! これ見て下さい」
「ん〜!? お前のような者がこんな通行証を持っているのは逆に怪しい。こっちへ来い!」
「うわっ! 怪しくなんかねーよ、それはちゃんとしたモノなんだ」
オレの主張は無視され、衛兵に槍を突きつけられたまま詰め所へ連行されてしまった。
先を急いでるのに、なんてこった。
一応は確認を取っているようだが、認められなかったらどうなるのかと気が気ではない。
そんな状態が1時間くらい続いた頃だった。
押し込められていた部屋のドアが開き、そこには小役人風のオッサン2人と、その後ろに直立してかしこまっている衛兵が立っている。
そして役人の一人が申し訳なさそうに話した。
「マグダレナさまのお客様に対して大変ご無礼なことをいたしました。通行証は本物であることをこちらで確認いたしました」
やっと確認が取れたか……とてつもなく長く感じたぜ。
「いや、わかってもらえればそれでいいです」
腹が立たないといえば嘘になるが、衛兵は仕事をキッチリ果たしただけだ。
自分の領地ではないが、これで萎縮されても後味が悪いので責めるようなマネはやめておこう。
それはいいとして、役人たちはこの城門がある街の役所から来たのだという。
「こちらにはマグダレナさまからの手紙が先に到着していたのですが、城門への連絡が漏れておりました。本当に申し訳なく」
「もういいよ、何度も謝らなくても……それよりここからどう行けばいいんですか」
「私どもがご案内します。さあこちらへどうぞ」
そして連れて行かれた先には馬が2頭用意してあった。
「お手数をおかけしますが、馬に乗っての移動となります」
「馬車じゃないんですか?」
「お急ぎの旅と聞いておりますので。馬車では時間がかかるため、馬を乗り継いで行くほうがよろしいかと」
そうだ、急いでいたのだった。
開放感で気が緩んでいたのかもしれないな。
こうしてオレは馬でアウストマルク領の都へ向かうことになった。
道案内として役人のうち一人に馬で同行してもらったのだが、仕事とはいえ大変だな。
2日間乗り続けていると尻が痛くなってくるし、脚の、特に太腿の筋肉が張ってきて大変だった。
もうそろそろ限界だと思い始めたところで、向こうに大きな街が見えてきた。
「ようやくです。もう少しで到着ですよ」
「はぁ〜、長かった〜」
「我らがアウストマルクの都へようこそ!」
街へ入る城門まで案内してもらったところで役人は帰っていった。
彼にはちゃんと残業代とか手当が出るんだろうか。
他人事ながらちょっと気になるぜ。
「ここから領主様の居城までは、馬車にてご案内します」
衛兵により馬車が用意されている場所に案内された。
車体には豪華な装飾が施されている。
中もキレイでその上振動がサスペンションで抑えられており、乗り心地も最高だ。
これに比べたらウチのオヤジの馬車は貧相で乗り心地が悪く、乗り続けていると気分が悪くなってくる。
そして見えてきた居城の大きさと豪華さはここを支配する辺境伯の力を見せつけるのに十分だ。
やっと到着か……といっても最終目的地ではなく経由地なんだけれど。
そして待っていたかのように、到着直後に執事の人が出迎えてくれた。
「お待ちしておりましたタツロウ殿。私はこちらの執事であり使用人の長を任されておりますアーノルドと申します」
「あ、それはどうも」
「本日ですが、旦那様と奥様は不在ですので私がタツロウ殿のお世話を任されております。まずは客室へご案内いたします」
案内された部屋は、一人ではもて余す広さで落ち着いた雰囲気の高級ホテルみたいなところで、申し訳ないくらいだ。
「今日はもう夕方ですので、こちらにご宿泊してください。食事も用意しております。何かご用命がございましたら、何なりとお申し付けください」
執事の人は終始紳士的な態度で案内を終えると静かに部屋をあとにした。
何だか、本来の目的を忘れて本当に旅をしているかのような錯覚に陥りそうになる。
この領地内でのマグダレナはお姫様なのだと改めて実感させられた。
その客人となればぞんざいには扱えない。
ここはそのもてなしに甘えさせてもらおう。
公国に潜入したあとはマトモに帰れるかもわからないのだから。
さて、荷物を置いてのんびりするか……と思っていたところにドアをコンコンとノックする音がした。
執事の人が何か言い忘れたのだろうか。
どうぞ、と入る許可を出しながら荷物の整理を始めると背後からドアを開ける音が聞こえた。
「こんばんわ〜。貴方がマグダレナお姉様のお客様、タツロウさんですか?」
お、女の子の声!
驚いて振り向くと、そこにはシンプルながらも華やかな衣装を身に纏い、髪に若干の縦ロールを入れた2人の女子が立っていた。
「は、はい。そうですけど……」
「まあ! お会いできて嬉しいですわ。わたくしはこの家の次女でお姉様とは2歳違いのクニグンデです。こちらは末っ子のカタリーナ」
「よろしくお見知りおきを」
マグダレナの妹たちか!
そういえば3姉妹と聞いた記憶があるな。
揃って美人の姉妹とは眺めているだけでも眼福ものだぜ。
2人はにこやかな表情でこちらにゆっくりと近づいてくる。
「それにしてもタツロウさん、精悍な顔立ちでとってもワイルドな雰囲気がいたしますわ……」
「そうですわね、お姉様。わたくしたちの周りには、真面目なのは良いですが面白さにかける殿方ばかりですもの」
2人は猫を撫でるような声を出しながらオレの身体の横にくっついてくる。
そして顔や腕、胸の当たりにそっと触れてきたのだ。
「そ、そうかな〜。オレなんてどこにでもいるフツーの男子学生だと思うけど」
「それは、自分に対する過小評価が過ぎますわ。現にわたくしたちをこれ程までに魅了しているくせに」
「それにとても頼りがいがありそう。タツロウさんのことを『お兄ちゃん』って呼んでもいいですか?」
2人から上目遣いでこんなこと言われたオレは、もういろいろと堪らなくなってしまった。
「も、も、もちろんさ! それにそんなに魅力が出てるなんて、オレって罪な男だなあ、わっはっはっ!」
「ぷっ……くすくす」
ん!?
なんだか2人から笑いを堪える感じの声が聞こえたような。
「ふふっ……お姉様、もうこの辺にしときませんこと?」
「そうですね……うふふふ!」
ど、どうしたんだ?
一体何が起きているというのか?
「ふふふ……ごめんなさい。マグダレナお姉様のお客様というから、どんな殿方なのか興味が抑えられなくて」
「でも、思っていたよりもずっとウブな方でしたので……これ以上はやめておきますわ」
「なっ……」
「今日の夕食はウチのシェフが腕によりをかけた料理を出すそうですので、ゆっくり楽しんでくださいね」
「それじゃあね、おにいちゃん!」
2人は呆然と立ち尽くすオレをそのままにして部屋を出ていった。
年下女子2人に弄ばれてしまった……!
さすがはマグダレナの妹たち、したたかというか何というか。
もう何か言い返す気力も起きないので、料理をご馳走になってさっさと寝よう。
◇
「それではタツロウ殿、お気をつけて。みなさんあとは頼みましたよ!」
「我々が必ず無事に送り届けます」
「よろしくお願いします。アーノルドさん、お世話になりました」
「先方にはすでに話を通してあります。お手数ですが、遣いのお役目をお願いいたします」
翌朝、朝食の後すぐにオレは出発した。
今回も馬に乗っての移動なので大変だが、グズグズしているとヨハネスの身柄をノルマーク王国に引き渡されかねない。
でもありがたいことにこの領内の騎士団から精鋭の3人を護衛につけてもらった。
ブランケンブルク領への通り道には治安の良くない地域もあるが、山賊みたいな輩が出現した時も3人があっさりと片付けてしまった。
厳しく訓練された騎士の戦い方を間近で見れたのは参考になったぜ。
そうして3日かけて移動して行き、オレはヴィルヘルムの居城にようやく辿り着いたのだ。




