68.計画と出発
ココロのスキマを埋める旅?
何なんだよ、途中で怪しい人物でも出てきそうなその旅は。
わけがわからんこと言いやがって。
そう思いながらも何て言い返せばいいか戸惑っているところにマグダレナが更に畳み掛ける。
「タツロウは先日の部室襲撃から起きた一連の出来事で、心身共に大変傷つきました」
「それは、まあそうだけど」
「そこでわたくしのかかりつけ医に診察させたところ、『急性ストレス障害』であるとの診断書が出ました」
「えっ? 何の事ですか?」
「出たのです」
「は……はあ」
マグダレナは強い口調で事実であると言い切り、オレは混乱しながら同意の返事をしてしまった。
「ということで、タツロウは我がアウストマルク領内にて静養させることになりました」
「な、何だって!?」
見かねたフェルディナントが苦笑しながらオレに声をかける。
「……詳細は、ぼくから説明するよ」
「頼む」
そう呟きながらふとマグダレナの方を見ると、必死で笑いを堪えている姿が目についた。
コンニャロー、オレが驚く様子を楽しんでやがったな。
「さっきのアウストマルク領内に行ってもらう話は本当さ。明日の朝に早速旅立ってもらうから」
「いや、でもオレ診察なんて受けてねーし」
「そこはまあ、これ以上は言わせないでよ」
「うう……で、ヨハネス救出とはどう関係あるんだ」
「アウストマルク領の北側にはブランケンブルク領が接しているんだ」
「それぐらいは知ってるっての」
「そしてブランケンブルク領の北西側には、一部分だけどフリシュタイン公国領と接している場所がある」
「そこを辿って公国領内に入れるってわけか!」
「正確には潜入することになるけどね。ぼくたちが正面から行ったところで通してはもらえないだろうから」
「名付けて『裏口入国作戦』ですわ〜!」
何を誇らしげに叫んでるんだ、この人は。
そのまんまなダサいネーミングなのに……。
少なくとも名付けに関してはマグダレナにセンスがないのがわかった。
「でもその前に、ブランケンブルク領内にはどうやって入るのさ」
「そこは心配無用です。タツロウにはわたくしの密書を届ける遣いの役割をやってもらいますから」
「届けるって誰にです?」
「貴方もよく知ってるあの男にです」
ヴィルヘルムのことだな。
彼はこの前に神学校を卒業したOBで、ブランケンブルク領を支配するオーエンツォレアン家の嫡男だ。
オレが出場した馬術大会では決勝の対戦相手として対峙したこともある。
結果? 完敗だったよ。
「あの男に頼み事をするのはシャクに障るのだけれど……背に腹は変えられませんわ」
マグダレナとヴィルヘルムは仲が悪いのだ。
隣合わせの領地ということは諸侯にとって勢力拡大のライバルでもあるわけだ。
なのでその子弟たちの仲が悪いというのは珍しいことではない。
「ブランケンブルク領内まではわかりました。それで、フリシュタイン公国領に潜入できたらあとはどうすればいいんですか?」
「それは……お任せしますわ」
「えっ、何ですって?」
「タツロウの方でなんとかしてちょうだい。そしてソフィアとヨハネス2人を連れ帰ってくるのです」
えぇーーーーっ!
まさかのノープランで丸投げっすか!
そして厳しいノルマだけはキチンと言い渡すとは!
驚愕のあまり固まっているオレに、フェルディナントが申し訳なさそうに話しかける。
「公国内の状況は不明なことが多くてね。だからこちらで策を考えたところで無駄になる可能性が高いんだ」
「それにしたってさあ」
オレがまだ不満を持っているのを感じたのか、マグダレナがフォローを入れてきた。
「ブランケンブルク領とフリシュタイン公国の商取引は割と活発だと聞いています」
「はあ」
「ですからあの男への密書には、そのルートや拠点を上手く利用させてもらえるように依頼しておきます」
「まあ……それならなんとかなるかも」
どうせこれ以外の方法など無いに等しい。
現地に入ってからその場でどうにかするしかなさそうだ。
あれっ、今気づいたがノルマの内容がおかしいだろ。
「ソフィアを連れて帰る必要なんて無いでしょう」
「いえ、2人共です。帰ってきたら一日かけて懇々と説教してやらないと、わたくしの気が済みませんの」
「そこは可能だったらでいいからさ、タツロウ」
「わかったよ」
少し興奮気味のマグダレナの希望をどこまで叶えられるかはわからない。
状況によるけどヨハネスの方を優先度高くして対処することになるだろう。
ここでフェルディナントがとても真剣な表情である注意事項を話しだした。
「気をつけるべきこととしては……暗殺者の存在には注意してほしい」
「昨日言ってたな。ケイン大司教がヨハネス暗殺のために送り込む刺客ってことか」
「恐らくはそこまでなさらないとは思うんだけど……絶対に無いとも言い切れない」
「もし、それと疑わしい人物に出会ったら無理はしないこと。タツロウの生命の安全が最優先ですわ」
無理をしないかどうかは……その時次第だな。
そうだ、一応確認しておきたいことがある。
「ところで今更聞くのもあれなんだが、オレが向こうに到着する前にノルマーク王国へ身柄が引き渡されたりはしないのか?」
「わたくしは、連れてきてすぐに引き渡すことは無いと考えます。外戚の影響力はあるにしても属国ではないのですから」
「ぼくも同じ意見だね。引き渡しの条件を詰めるのにしばらくかかるだろうから、明日すぐ旅立てば十分間に合うんじゃないかな」
なるほどねえ。
それじゃあ旅立ちの準備を始めるか。
「明日の朝、生徒たちの登校が始まる前に正門付近に来てちょうだい」
「そこからどう行けばいいんですか」
「わたくしが手配した馬車に乗って河川沿いの船着き場に行ってもらいます。そこからはしばらく船旅となりますのでそのつもりで」
「了解」
「貴方の、いえ部員全員の心にポッカリと空いた隙間を埋めてくれる成果を期待しています」
「……承知しました」
必ず成し遂げるとか頑張るとかいった言葉はあえて言わないことにした。
オレがやるべきことはもうわかっているからだ。
◇
今、オレは河川を行き交う客船に乗って移動している。
そしてオレの座席の横にはマクシミリアンがいる。
「全く、何故このボクがキミなんかと一緒に旅をしないといけないのか」
「それはこっちのセリフだっての」
てっきり一人旅だと思っていたのだが、出発の朝になってマクシミリアンが同行することを告げられたのだ。
何故かといえば、学校側がオレ一人での移動に難色を示したからだ。
この反応は想定外だったようで、何か心当たりはないのかとマグダレナに質問されてしまった。
もちろん心当たりは大いにある。
でもオヤジが名ばかり皇帝で人質としてここにいるから、なんて言えるわけない。
オレはトボケ切って誤魔化すしかなかった。
話を戻すが、状況を打開するためにフェルディナントが兄貴であるマクシミリアンに必死に頼んでくれたらしい。
元々用事で一時的に帰省する予定だったらしいが、急遽予定を早めてもらったのだとか。
「ところでキミは病気で静養しにいくと聞いたが、どう見てもピンピンしてるじゃないか。本当に具合が悪いのか疑問だね」
ゲッ、疑われてしまっている。
ここはどうにか芝居して乗り切ろう。
「急性ストレス障害だから表面的にはそう見えるだけさ……ウッ、この前の記憶が蘇って頭痛とめまいが!」
「そうなのか、疑って悪かった。まあボクが付いているのだから大船に乗ったつもりで安心したまえ」
もっと疑われるかと思ったが案外すぐ信じてくれて、なんだか申し訳ない気分だ。
もうこういう芝居は2度とやりたくない。
それからしばらくは静かに時間が流れるままに過ごした。
……いや、単にマクシミリアンと何を話したらいいのかわからないだけなのだ。
さすがに気まずい空気になってきたので、とにかく話題がないか頭を捻って絞り出す。
「そういえば、学園祭の時に不良グループのザコ敵どもをバッタバッタと投げ飛ばしてたよな。何かの格闘術でも習っているのか?」
「ああ、アレか。ウチのイーガルブルク家に代々伝わる一子相伝の格闘術なのさ」
一子相伝……どこかの格闘マンガみたいな設定じゃないか。
「ということはフェルディナントは使えないってわけか」
「いや、アイツも習得はしている。腕前はボクにはまだまだ及ばないがね」
「えーっ、それじゃあ将来は伝承者を争って兄弟で血みどろになりながら闘ったり、敗れた方は拳を封じられるんじゃないのか」
「……キミが言っていることはサッパリわからないな」
「違うのかよ」
「キミが言うところの伝承者は、ウチの家督を継いだ者が自動的にそうなるのさ。それに成れなかったからといってペナルティなど存在しない」
「なんだ、それなら安心だ」
「まあ敢えて言えば、継がなかった方は子孫には教えないというのがルールだね。でも実際には分家が亜流を作りまくっているから効力は無い」
「一子相伝というのはもう形骸化しちゃってるんだな」
「そんなところさ。だからキミにも少しくらいなら技を教えても構わない。そうだ、暇潰しに稽古をつけてやろうじゃないか」
「いや遠慮しとく……イテテテ!」
それから旅の合間に何度も稽古をつけられた。
いや……あれはそういう口実でオレを痛めつけて楽しんでたに違いない。
くそっ、そのうちに借りを返すから覚えてやがれ。
こんな感じでヤツとはいろいろ話したり、時にはケンカしながらも、ようやくアウストマルク領への入口となる城門に辿り着いた。
ここまでスムーズに来れたのは、偶然にもイーガルブルク家の所領が隣接しているからである。
「ボクはもう行くよ。やれやれ、もうキミの面倒を見なくて済むかと思うとせいせいするね、ハッハッハ!」
「うっせー。でもメッチャ助かったぜ」
マクシミリアンは返事をせずにこちらを振り返ることもなく行ってしまった。
さて、オレも急ぐとするか。




