67.公国と王国
「えーと。ソフィアたちの逃走経路の調査が進んでいるんだけど、それについて話していくよ」
フェルディナントはメモを取り出して、聞いたことを思い出しながらという感じで説明し始めた。
「もう全体的な逃走経路が判明したのかよ?」
「いや、ケイン大司教領の隣の領地までしか辿れていない」
「そんなに時間がかかるもんなのか」
「隣は別の諸侯の領地だからね……そんな簡単に調査できないんだよ」
「そうだよな……話の流れを切ってすまん」
「それじゃ続きから。逃走から2日目のことだけど、隣の領地の小さな船着き場で船に乗っているところを目撃したっていう証言が数件あるんだ」
「やっぱり船に乗ったのか。陸路だけじゃ日にちがかかりすぎるもんな」
「それはソフィアたちで間違いないのですか?」
今まで椅子に深く腰を掛けていたマグダレナが身を乗り出すような姿勢で質問を投げかけた。
「はい、男女3人が乗り込んでいたそうです。そのうちの2人はソフィアとヨハネスに特徴が似ていて、2メートルくらいの大男が一緒にいたとか」
「それなら間違いないじゃん」
「で、他には何か情報はないのかしら?」
「その船の中からソフィアたちを出迎えに降りてきたのは3人。そのうち2人が鎧を身に着けていて、フリシュタイン公国の紋章が付いていたということです」
フリシュタイン公国はソフィアの故郷であり、そして彼女たちの後ろ盾であることが明らかになったわけだ。
「そうですか……タツロウが言っていたことを陰謀論と片付けられなくなってきましたわね」
「じゃあやっぱり、そこの公爵家が黒幕ってわけか。すぐにフリシュタイン公国へ直談判に行こうぜ」
「ちょっと、いくらなんでもムチャクチャだ」
「だけど関与がハッキリしたじゃねえか」
「疑いは濃厚になりましたけど、これだけで正面から乗り込むことはできません。というか、わたくしたちでは門前払いされるだけです」
「じゃあ、ケイン大司教に乗り込んでもらおう。自分の領地内の神学校から生徒が連れ去られたんだから当然だよな」
「落ち着いてタツロウ。諸侯同士がいきなり談判するなんてありえないよ……」
「それに、必ずしも公爵家が黒幕とは限りませんわよ」
「うっ……もうわけわかんねーよ」
「とにかく話を最後まで聞いて。あっ、その前に尋ねるけど、タツロウは『ノルマーク王国』のことは知ってる?」
「えーと、帝国の北側で国境を接する国だよな……つまりフリシュタイン公国の北隣。最近国力を急速に増大させていて、周辺に領土を拡大してきている……ハズだ」
オレがまだ自分の領地内に居た頃のこと。
オヤジ、つまり帝国皇帝の議事録を勉強として読まされてた時に度々話題に出ていた王国だ。
帝国北方の脅威になるかもしれないと警戒され始めていたことを覚えている。
「うん、だいたい合ってるよ」
「……そこが何の関係があるのかわからん」
「公爵家との関係がね、問題だったりする」
「公国を統治するゴッチャルプ公爵家って、確か2年前に公爵ご夫妻が相次いで亡くなられていますわ」
「そうですね……それで現在はその一人娘の方が当主を務めています。名前は……『ソフィア』様ですね」
「ええっ!? じゃあ、あのソフィアが公爵家の当主だってことか?」
「いえ、さすがに別人だと思います。ソフィアなんて珍しくもない名前ですから」
「それに当主の方は、伝え聞いた話だと身長は180近くあって体型は……なんていうかグラマーな女性だとか」
「確かに全然違うタイプだな。でも実は影武者とか」
「影武者は顔や背格好が似ている人でないと意味がないでしょう。それにそこまでして当主本人が潜入工作員の真似事をするとは思えませんわ」
ソフィアについてのオレの推測はことごとく否定されてしまった。
まあ普段は穏やかな彼女に当主のイメージは湧かないし。
いや、逃走時の冷たい雰囲気とどっちが本当の彼女なんだろうか。
「オレたちの目の前にいたソフィアって結局は何だったのか」
「正体まではわからないけど……そもそも名前だって偽名かもしれないよ」
「もうこの話はおしまい。続きをお願いしますわ」
「えーと、さっきのノルマーク王国に話を戻します。その王族の一部が、ゴッチャルプ公爵家にとっては外戚に当たるというのが両者の関係なんです」
「外壁が何だって?」
「『がいせき』です。今回の場合はゴッチャルプ公妃、つまり現当主の母親の親戚筋のことですわ」
「その親戚筋があーしろこーしろ煩いってわけか」
「簡単に言えばそんな感じかな。現当主はまだ若くて経験不足だから、母親の親戚、特にお祖父さんや伯父さんが面倒見るって口実で実権を握ることは古来からよくあることさ」
「帝国の一部が外国に乗っ取られかけてるのかよ……まさか王国がヨハネスを攫って来いって命令したのか」
「命令ではないと思うけど、強い要請はあったかもね。王国はさらなる勢力拡大のために人材を熱心に集めているって噂があるし」
「なんてこった。それじゃ一刻も早く王国に乗り込んでブッ潰してやろうぜ!」
「だからムチャクチャだって」
「でも、王国の影がチラついているから手を引きたいのが学校側の本音なのでしょう?」
「身も蓋もない言い方をすればそのとおりです。ただ、ケイン大司教がどう考えるのかはまた別の話です」
「大司教が自ら殴り込みに行くってんならオレもお供するぞ」
「いい加減にそういう考えから離れようよ……その方向じゃなくてさ」
「ヨハネスが暗殺される危険があるってことかしら」
「……他の諸侯や外国に渡すくらいなら、と考えても不思議はありません。このままではメンツ丸潰れですから」
あまりにロクでもない内容の話を聞かされて、オレは激情を抑えることができなかった。
「馬鹿なこと言うな! ヨハネスが殺されてもいいってのか?」
「タツロウ、落ち着きなさい。あくまで可能性の一つに過ぎません」
「ぼくだってどうにかしたいんだよ。でも、自分たちに何ができるというのか……」
「もういい、オレは一人でもフリシュタイン公国に乗り込んでヨハネスを連れ戻してくる!」
「待ちなさい、そんな威勢のいいこと言っても貴方だけでは大司教領を出ることだって難しいです。この件は勢いだけではどうすることもできません」
「じゃあ、このまま手をこまねいて見ていろっていうんですか!」
「タツロウ、今の言い方はさすがに失礼が過ぎるよ」
「構いません。そんなのは別にいいんです……それよりも、わたくしたちにできることは本当にないのか、もっと真剣に考える必要がありますわ」
「できること、ですか。ぼくは……そうですね、どうにかできないか考えてみます」
「タツロウ、1日だけ猶予をちょうだい。わたくしとフェルディナントは何か策を、どうにかできる方法はないか必ず考えてきます」
こうまで言われたら、オレも強硬な態度を取り続けることはできない。
翌日の部活の時間に2人の考えを聞くことにして、オレたち3人は部室をあとにした。
◇
翌日の朝、オレは最悪に近い気分で目覚めた。
正確にはあまり眠れずに寝不足と不快な気持ちで一杯だ。
そしてぼーっとしたまま1日を過ごし、いつの間にか放課後の部活開始時間となった。
あんなこと言ってたけど、どうせ大したことない案か、結局何も思い浮かばなかったってオチだろうなと思いながら部室に向かう。
別に責めているわけではなく、オレたち学生の手に余る話だというのはわかっている。
わかってはいるのだが、どこにもぶつけられない気持ちを抱えてイライラしているのだ。
「うい〜っす」
適当な挨拶をしながらドアを開けると、すでにマグダレナとフェルディナントが席に座って待ち構えていた。
「あれ、他のやつらはまだ来てないの?」
「今日は臨時で活動は休みにするってみんなには伝えてあるんだ」
「えっ、それじゃあオレも来ないほうが良かったんじゃ」
「タツロウには、ぼくたちが立てた計画を聞いてもらわないとね」
計画ねぇ。
訝しむオレに構わず、マグダレナがその計画を一方的に話しだした。
「タツロウ、早速ですが貴方にはココロのスキマを埋める旅に出てもらいます」
「はぁ!?」




