66.1週間経過
学園祭が終わってから1週間が経過した。
ソフィアとヨハネスの行方は未だに不明だ。
無事なら、少なくともケイン大司教領は既に出てしまっているだろう。
彼女らがどのような移動手段を用いているかはわからないが……。
もし大司教領の外で河川を行き交う船に乗ることができていれば、そろそろソフィアの故郷に到着している頃合いだ。
個人で逃亡する場合には難しいことだが、それなりのバックが付いていて支援を受けていれば、あり得ることである。
「タツロウ、ソフィアとヨハネスはまだ見つからないの?」
クラスの教室でサンドラから捜索状況について聞かれた。
というか、毎日何人も同じことを聞いてくるのだ。
でもオレの回答はいつも同じ内容だ。
「オレはその状況について何もわからないよ。それにもし見つかったなら、先生たちからすぐに発表されるはずだ」
「それはそうなんだけどさ……同じ部活のタツロウにはひょっとしたらって思うじゃない」
「部活仲間なんて関係ねーよ。失踪なんてオレらにはどうすることもできねーじゃん!」
「そんな、冷たい言い方しなくったっていいでしょう!」
「まあまあ、タツロウだって心配で苛立ってるんだよ。それに学園祭でおかしな奴らから襲撃を受けたんだし。そっとしといてあげようよ」
「……そうね、あたしもイライラをタツロウにぶつけちゃってたのかも。ごめんね」
「いいよ、オレも悪かった」
マルコの仲裁で事無きを得たが、オレもいろいろと行き場のない感情で苛々しているのは確かだ。
この1週間の間にもいろいろあったしなあ。
まずは学園祭の2日後、オレは警察から事情聴取を受けた。
ブルーノの手首を骨折させたので、一応は傷害の疑いで話を聴くということだった。
オレは当時の状況を一生懸命に説明した。
いきなり襲撃を受けたこと、ブルーノが危険な凶器を振り回したこと、仲間や客に危害が加えられる恐れがあったこと……。
もちろんオレは正当防衛を認められたよ。
というか、あの状況で認められなかったら一体どうしろってんだってハナシなんだよな。
助けに入ってくれたアンドレアスとマクシミリアンも当然お咎めなしだ。
警察の人は『もちろんわかってるんだけどねぇ、ほら、事件があれば聴取するのがコチラの仕事だからさ』とか言ってたけど、なんか納得いかないなあ。
次に、今回のことでお世話になった人たちへ、あちらこちらお礼を言って回ってきた。
市街地の裏通りで倒れていたオレを学校まで運んでくれた先生方と応急処置をしてくれた校医の先生。
オレが行きそうな場所をマグダレナに伝えてくれたマルコ。
部室襲撃の時に助けに入ってくれたアンドレアスとマクシミリアン。
マクシミリアンは、オレに礼など言われる筋合いは無いとか、相変わらずな反応だったけど。
あと、学校側から錬金術研究会の部員に対して箝口令が敷かれた。
具体的には2つの事柄だ。
一つはソフィアの置き手紙について。
内容以前に、その存在自体を他人に喋るなということだ。
もう一つは、ソフィアと一緒にいた連れの男の存在及び背後関係がありそうなことについて。
こちらは知っているのがオレとマグダレナ、フェルディナントだけなので、他の部員に対しても喋るなと言われた。
そして全校生徒向けには『彼女たちは不良グループの襲撃に驚いて校外に飛び出して行き、そのまま行方不明となっている』という説明がなされている。
これだけ聞くと学校側が酷い隠蔽抱え込み体質だと思うのも仕方がない。
オレもキレかけたが、マグダレナ曰く理由があってこういうことをしているのだとか。
要するに、2人の気が変わって戻ってきても騒ぎにならないようにという配慮なんだと。
まあ、それならオレも反対する理由は無い。
とにかく2人が戻ってきてくれれば何でもいいのだ。
だけど、このやり方には問題があった。
それは……まあとにかく、放課後になったので部室に行くことにする。
部室に近づくと、中から笑い声が微かに聞こえてくる。
そしてドアを開けるとマヌエラが元気な声で呼びかけてきた。
「センパーイ! 何やってたんスか、早く来ないと美味しいお菓子が無くなっちゃいますよー!」
「マジか!? すぐ席に着くからちょっと待っとけ」
「そんなに焦らなくても、まだ有りますから。 マヌエラは床にボロボロとこぼし過ぎ!」
今日はマグダレナが提供してくれるお菓子を心ゆくまで堪能させてもらえる日なのだ。
マグダレナの使用人が焼き立てで持ってきてくれるお菓子はとても美味しくて手が止まらなくなる。
仲間が行方不明の時に不謹慎じゃないかって?
そうかもしれない。
でもこれにはちゃんと理由があるのだ。
部活動は再開されたけど、みんな落ち込んだ状態で重苦しい雰囲気が漂っていたのだ。
ただでさえ事件のことや仲間の失踪でショックを受けているのに、喋ってはいけない秘密を腹に抱えているのだから。
前世で『王様の耳はロバの耳』って話を聞いた時は、床屋のオッサン情けねぇ〜、と思ったオレだけど。
いざ自分が同じように『人に喋るな』と言われるとストレスの溜まり具合がハンパない。
マグダレナが気を利かせて開いてくれたこのお菓子パーティのお陰で、どこかの森の中に行かなくてもなんとかなっている気がする。
もう全員揃っているのかな……いや、フェルディナントがまだ来ていない。
「フェルディナントはどうしたんですか」
「わたくしも知りませんわよ」
「そのうち来るんじゃないの?」
「そんなことよりお茶でも入れましょうか」
表面的には笑い声が出ていても、一皮むけば部室内にはギスギスした空気がまだ残っている。
それだけみんなストレスが鬱積しているのだ。
完全に解消して穏やかな雰囲気に戻るまであと何日かかるのやら。
そんなことを思っていると、ドアが突然開いてフェルディナントが現れた。
「よお、フェルディナント」
挨拶したけど無視されてしまった。
よく見ると苦虫を噛み潰したような顔をしている。
それにいつもはノックをしてから入るのに。
珍しくめちゃくちゃ機嫌が悪そうだ。
フェルディナントは黙ってお菓子をパクパク食べると、意を決したかのような表情でオレとマグダレナに呟いた。
「部活が終わってから、少し残ってもらえますか」
「……まあいいですわよ」
「オレも別に構わんぞ」
「なんすか、自分たちにナイショのお話ッスか?」
マヌエラが無邪気に、というか空気を読まずにツッコんでくる。
ちょっとどうなるかと身構えたが、さすがにここはフェルディナントも丁寧に返した。
「大したことじゃないよ。個人的に2人に相談したいことがあるだけさ」
「ん〜、ならば仕方ないッスねぇ」
何も起こらなくてひと安心だ。
だけど相談って何だよ。
結局はそれが気になって、お菓子をあまり食べられないまま部活の終了時刻となった。
部室内には3人だけが残った状態で重苦しい雰囲気の中、マグダレナが最初に口を開いた。
「それで相談というのは……この3人ということは、ソフィアたちのことかしら? それもあまり良くない内容で」
「さすが鋭いですね。但し、相談というか、実は報告だけなんですけどね」
「おい、もったいぶらずに早く言えよ」
「じゃあ早速。残念ながら、2人の捜索が事実上の打ち切りになりそうだよ」
「なんでだよ! まだ1週間しか経ってないだろうが」
「ぼくにそう言われても困るよ。学校側からそういう話を聞いただけなんだから」
「いや、でもさあ」
「まだ確定した話ではないよ。今のところはそうなる可能性が高いというだけさ」
「まずは話の内容をキッチリと聞きましょう。あとのことはそれから考えるしかありませんわ」
「……わかったよ、それじゃ続きをどうぞ」
「まずはリュストゥングフットボール部関連で動きがあったことが影響している」
「まさか、本当にエメリッヒ以外にも」
「ご推察通り。例のモノが他の部員の部屋からも見つかったそうだよ。これで彼らの部全体への波及は免れそうにない」
「お前の懸念が現実のものになっちまったな」
「できれば外れて欲しかったんだけどね。学校側は既にこの対応で手一杯になりつつあるって話だよ」
「まずは……ってことは、他にもあるということかしら」
「はい。そのもう一つのほうが、もっと厄介かもしれません」
「……もうこれ以上聞くのが怖くなってきた」
「さすがのタツロウもちょっと弱気になってるんだね。でも言っておかないと納得も何もできないだろうし、悪いけど話すよ」
フェルディナントが話し始めるのを止めることはできそうにない。
もっと厄介なことって何だろうか。




