63.逃走ルート
まずは学校の外へ出よう。
今日は学園祭で一般客の出入りが多いから、普段とは違って学校の門は開放されている。
門衛や警備員も立ってはいるが、チェックが厳しいのは入る時だけだ。
足りない物を急遽買い出しに行ったりする生徒もいるので、出るのはさほど難しくはない。
でも外では少しでも目立たないようにと、オレは制服の上着を脱ぎ捨てた。
そして問題なく門の外に出ると、ケイン大聖堂がある中心市街地へと続く道を駆けていく。
「飛行魔法が使えたらなあ」
魔力が尽きているオレはつい呟いてしまった。
やはりどんなに急いで走っても飛行するよりは遅いのだ。
追いつけずに市街地から出られてしまったら、捕まえられる可能性がかなり低下する。
気が焦るが、それを抑え込んでひたすら走る。
◇
フゥー、フゥ……ようやく市街地に辿り着いた。
さて、ここから2人を探すわけだが、状況を頭の中で整理し直そう。
この市街地の中心には大きな河川が横断するように流れている。
普通なら港や船着き場から船に乗って移動するだろう。
しかしこの河川は、ソフィアの故郷である帝国最北端の公国には繋がっていない。
途中で合流する支流の上流側へ行く便に乗り換えれば行けなくはないが、川沿いには通行税徴収のための関所が幾つもあるので意外と逃亡しづらい。
それか、渡し船で北側の向こう岸に渡ってから陸路で移動ということになるけど……。
渡し船はすぐに拾えるとは限らないのだ。
運良くすぐ渡れたとしても、学校側も簡単に予想できる逃走ルートだから安全じゃない。
ヨハネスが飛行魔法を使って2人で逃げるのは……それも無いな。
2人で抱き合って空を移動したら、目立ち過ぎて自分たちから居場所を教えているようなもんだ。
それにヨハネスの体力では、何度も休みながらじゃないと、ケイン大司教領の外にはとても脱出できないだろう。
というわけで、オレはある狭い裏通りに入ってから再び駆け出した。
この通りは市街地を通り抜ける主要な街道の一つヘの近道になるのだ。
途中入り組んでいたり雰囲気の悪い場所もあるが、オレならここを通って逃走する。
そう、オレは以前からイザというときの逃走ルートを研究していて、ここは有力候補の1つなのだ。
イザというとき……それは名ばかり皇帝であるオヤジが選帝候相手に何かやらかした際に、人質のオレが処断される場合のことである。
まあ、それはともかくとしてだな。
街道から市街地の外に出るには城門を通り抜ける必要があり、表通りの半分近い時間でその近くまで行けるこのルートはメリットが大きい。
城門を抜けてしまえば追手が探しにくくなるから、遠回りになってもこの方が逃亡しやすいのだ。
そうしてしばらく狭い道を時々右に左に曲がりながら進んでいくと、最も狭い裏路地を通る箇所にたどり着いた。
ここはヤバそうな奴らに絡まれる可能性もあるが行くしかない。
しかし、その裏路地の入口に3人の男が倒れているのを見つけた。
全員、一撃でやられているみたいだ。
まさかソフィアとヨハネスでやったのか?
そんなことを考えながら裏路地に入っていくと、前方を歩いている2人の人影が見えた。
一人は2メートルはありそうなデカい男で、何か大きい荷物を背負っている。
そしてもう一人は髪の長い女……服装が制服ではないが、ソフィアか?
オレは走りつつ女に呼びかけた。
「待てよ、ソフィアなんだろう!?」
「タ、タツロウ君? まさか追いかけてきたということですか? それに、何故こんな裏道を知っているのですか?」
「ふう、ようやく追いついたぜ。心配しなくてもオレ一人だよ。裏道を知ってるのは、まあオレにもいろいろ事情があるのさ」
ビンゴだった。
振り返り立ち止まった2人に追いつくと、男が背負っているものが何か判明した。
寝袋に顔以外の全身が包まれたヨハネスだった。
男にガッチリと縛り付けられ、眠っているのか反応がない。
「ところで、何なんだよあの置き手紙は? ちゃんとみんなに説明しろよ!」
男が何か言おうとするのを制止して、ソフィアが自分で応答する。
この時のソフィアの表情は、いつもの穏やかさはなく、冷たさを感じさせるものだった。
「もう読んでしまったのですね……貴方はいつも寮に帰る時間になるまでは一切カバンを開けないのに」
「だからオレのカバンに入れたのか。夕方までは学校の外に出たと思わせないように」
「……まあそんなところです。お昼過ぎの、貴方が私のことでクリスとマヌエラに責められていた時に入れておいたのです」
「まさか計算ずくであんな答え方したのか?」
「いえ、あれ自体は咄嗟についた方便です。でもスキを覗っていましたので好機だと」
「まあ、そんなことはどうでもいい。どうして急に遠い故郷に戻るんだよ」
「申し訳ありませんが理由はお話しできません」
「そうか……では質問を変えよう。お前が部室の外に出たあとに襲撃してきた連中って、今回の件に関係しているのか?」
「……一体何のお話でしょうか? そう言えば校舎内でヨハネス君と落ち合った時に、校内が少々騒がしいとは思いましたが」
「本当に知らないんだな」
「はい。校内からの移動が発覚するのを遅らせるのに役立つかもしれないとは思いましたが、私たちは何も関係ありません」
「ふうん、まあそれは本当のようだな。ところで、さっき言った『私たち』って何なのさ」
「それは……私とヨハネス君のことです」
「違うな。お前たちは今日という学園祭の一般開放日に合わせて計画したんだろう、横の男が自然と校内に入れるように」
「……」
「ところでヨハネスは本当にお前と一緒に行くなんて言ってるのか?」
「……はい、勿論です」
「とてもそうは見えないけどな。横にいる男の背中にガッチリ縛られてるのは変じゃないか」
「それは、移動中に落ちては困りますので。ヨハネス君は疲れているのです」
「それだけじゃない。話し声に反応しないのは薬で眠らせてるんじゃないのか? これじゃあ、連れ去りとしか思えねえんだけど」
「……」
「大方、ヨハネスに自分たちの領地ならもっと楽しい生活が送れるとか言って勧誘したんだろうけどさ」
「ヨハネス君は、神学校で特待生として腫れ物扱いされることに悩んでいたのです」
「でも急に行くことになって、ヨハネスが決心つかなかったってところだよな。だが、お前の背後の存在が今日に合わせて逃走の準備してるから中断はありえない」
「背後って、何を仰っているのですか」
「ヨハネスを連れて行く理由なんて、4つの元素全てを持つ希少な人材ということしか考えられない。で、欲しがってるのはお前の出身地を支配する諸侯、つまり公爵なんだろ」
「……当たらずとも遠からずといったところでしょうか。なかなか鋭い勘をお持ちですね、タツロウ君。貴方のことを少々見くびっていました」
「とにかく戻ろうぜ。学校側にはもう知られてるだろうし、言い分があるならみんなの前で堂々と話せよ。もちろんヨハネスの意思も確認しないとな」
「これ以上、邪魔をするのはやめてもらおうか。我々は先を急いでいるのだ」
ソフィアの横にいる大男が話に割り込んできた。
低くドスの効いた声で、体格と相まって威圧感がありまくりだ。
「そうはさせねーって言ったら?」
「……障害を排除するまでだ」
男は片手を突き出すと、いきなり炎をブワッとオレに向かって出してきた。
アチイッ!
小さな炎なのに簡単には消せない。
魔力の練度が相当高いぜコイツ。
続けて炎を出してきたが何度もやられるか。
オレは少し戻った魔力で風圧魔法を出し、フッと息でロウソクの炎を消すように消し飛ばしてやった。
さあ反撃だ! と思った瞬間に男はオレの間合いに入ってきていた。
ヨハネスを背負ってるのに俊敏な動きしやがるぜ。
そして即座に長い足でオレのみぞおちに強烈な横蹴りを入れてきた!
「うぐぅ! ……ゲホゲホッ」
オレは息がまともにできなくなり、その場に倒れ込む。
意識が薄れていく間に、男とソフィアの会話が聞こえてくる。
「このまま、コイツにトドメを刺しましょう。後で余計なことを喋られても困ります」
「いえ、そこまでする必要はありません。それよりも先を急ぎましょう」
「しかし、ソフィアさま……!」
「お願いです。それ以上は……」
ここでオレの意識は落ちてしまった。
そして意識が戻ったのは、学校の保健室にあるベッドの上だった。




