61.仮面の男
逃げ出した仮面の男を追っているが、なかなか追いつけない。
デカい図体してるくせに、なんて足の速さだよ。
しかし絶対に逃がすわけにはいかない。
身体は痛いところだらけだが引き離されまいと必死で喰らいついていく。
だが、天はオレに味方したようだ。
ヤツは校舎の端に追い詰められたのだ。
うっかりしていたのか、ヤツは既に階段を通り過ぎている。
さあ、もう逃げ場はないぞ。
「おい、観念して大人しく捕まれやぁ!」
ヤツに呼びかけたが反応はない。
それどころか廊下の窓を開けて身を乗りだそうとしている。
おいおい、ここは4階だぞ!
だがヤツは躊躇することなく窓から飛び降りた。
マジかよ!
オレは驚いて立ち止まり、すぐに窓に張り付いた。
外を見てどうなったか確かめずにいられなかったのだ。
ああっ、ヤツの身体はストンと落ちていったぞ!?
そのまま地面に激突か?
いや……途中からブレーキが掛かったように速度が落ちていく。
そして問題なく地面に着地したのだ。
風属性の飛行魔法をブレーキ代わりに使ったのか……それにしても危ないやり方だ。
飛行魔法とはいえ、魔法の授業では4階の高さまで上がることはないからだ。
それはともかく、このままでは見失ってしまう。
「オレも窓から降りるしかねえな」
そう独りで呟くと、オレは急いで背中に魔力集中し窓から身を乗り出す。
そして怖いのを紛らわせるために前を向き、トウッ! と叫びながら思い切って飛び降りる!
「待ってろよ、すぐ追いついてやるぜ……ってそれどころか空中に浮かばねえ!」
降りたあとにすぐ浮かぶと思っていたが、それどころか落ち続けているのだ。
背中から魔力放出しているつもりだが身体が怖がってるのか思うようにいかない。
「くそっ、地面が近づいて来る! は、早く浮かんでくれ〜!」
とにかく空中に浮かぶことだけに意識を集中すると、突然ガクンと命綱に引っ張られたかのように止まった。
「ふう、なんとか浮かんだか。ヤツはどこだ……校舎裏に向かってるな」
校舎裏と馬術競技場の間には運動部の部室がいくつか点在している。
中に逃げこまれたら厄介だ、急いで止めないと。
オレはヤツのいる方向へ向いて斜め下へ視線を落とし、身体を伸ばしながら叫んだ。
「いっくぞー!」
俺の身体は滑空飛行のように目標地点に飛んでいく。
地面が近づくにつれてどんどん加速して怖くなってきたが上手く着地できるだろうか?
ヤツの姿がハッキリと確認できるギリギリまで粘る。
そして空中で姿勢を変えて仰向けになり、背中から思いっきり魔力を放出する。
だけどなかなかスピードが落ちない、ちょっとヤバい!
バサァッ!
何かに引っかかった……木の枝に当たったようだ。
バサバサと音を立てながら下に落ちていき、オレは尻を強打した。
「痛い、痛い!」
尻と腰に手を当てて悶絶するオレの目に映ったのは、突然現れた追手に驚き足を止めたヤツの姿だった。
「追いついたぜ、もう観念しやがれ!」
だがヤツはオレを避けつつ再び逃げ始めた。
仕方がない、痛いのを我慢してすぐに立ち上がり追いかける。
それでも校舎の中で追跡した時よりは差が詰まっているのだ。
だいぶ手の届くところまで追い詰めたと手応えを感じながら走っていく。
しかしヤツは部室の建物がある区画に入ってしまった。
学園祭の最中だからか誰もいないようで、静まり返っているところを駆けていくのはちょっと不気味さを覚える。
そんなことを考えていると、ヤツが建物の壁に沿って角を右に曲がって姿が見えなくなった。
見失わないようにと必死で喰らいついて角を曲がろうとしたその時。
目の前から迫る大きな影を目にしたのだ。
咄嗟に横に回避しようとしたが避けきれずに身体を掠めてその影は通り過ぎていった。
「うわぁー!」
オレの身体は衝撃で回転しながら地面を転がっていく。
ズザザァーッと足の裏が地面を擦る音がその場に轟く。
その方向を見ると、仮面の男がショルダータックルの姿勢のままで止まろうとしているところだった。
そしてヤツはこちらを向いてまたタックルの構えで走ってくる。
確かに速い。
だが距離的には十分避けられる。
でも、そう思ったのは束の間のことだった。
ヤツは背中から風の魔力を放出しまるで横っ飛びをするかのようにオレに迫ってきた。
オレは後ろを向きつつ突進を少しでも避けようとしたが、身体の一部が当たっただけで吹っ飛ばされてしまった。
「ぐああっ! 身体の回転が止まらない!」
俺の身体はまたもや転がり続け、建物の壁に当たってようやく止まった。
あの巨体であれだけのスピードのタックル、なんて威力だ。
もし正面からあんなのをまともに受けたらひとたまりもない、アバラの数本は折れるかもしれん。
ヤツは自分の勢いを減速させながらオレの様子を窺っていたが、立ち上がろうとするのを見て反転しタックルの構えをし始めた。
こっちは壁を背にしているのに、あんなタックルで挟み撃ちにされたら確実に病院送りだ。
そしてヤツが走り始めたがどうしようか?
木刀を持っていない今、魔法で反撃するしかない。
「風圧魔法、喰らいやがれ!」
左手からヤツの正面に撃った魔法は、しかし鍛え抜かれた肉体とパワーであっさりと消し飛ばされた。
「無駄だぁ! きさまぁ、これで死ねいッ!」
ついに声を出したな男爵。
正体は確かめられた……あとはこのピンチを凌ぐだけだ。
ヤツが飛行魔法を発動して横っ飛びしてきた。
オレは掌に風圧魔法を目一杯溜めながら、アンダースローで魔法を投げつける!
バシィッ!
「ぬおおっ!? 足が払われて、倒れる!」
ヤツの足はオレの魔法で後ろに弾かれて前のめりに倒れ込んでくる。
うわっ、横に避けないと!
ガシィーン!
ヤツは背中から壁にぶつかった。
その際の振動は辺り一面に広がったと思えるほどのものだった。
フッフッフ、横っ飛びで浮いたヤツの足元を狙う策がハマったぜ。
前世で遊んだ古い格ゲーの必殺技からパク……ヒントを得て遊びで練習していた技が、こんなところで役に立つとはな。
「グウウ……きさま、許さんぞぉ!」
えっ、あの衝撃でも意識がハッキリしてるのかよ。
オレは急いで飛行魔法を発動し、5メートルほど飛び上がる。
そして両手に風圧魔法を溜めると、まだ起き上がりきれていないヤツに向かって魔法を乱れ撃ちだぁ!
「オラオラオラオラァッ!」
何発撃っただろうか、掌から魔法が出なくなるまで続けると砂ぼこりが地面を覆った。
「ハア、ハアー、……やったか!?」
あっ、マズい。
この場面で言ってはいけない言葉をうっかり口走ってしまった。
まあでもあれだけ撃てばタフなヤツでもかなりのダメージを受けているだろう。
……と思ったのはやはり甘かった。
ヤツは頭部を丸太のような腕でガッチリとガードして、身体を可能な限り縮めることで攻撃に耐えたのだ。
服は破れてあちこち傷はあるが決定的なダメージは与えられていない。
「ええい、お返しだあ!」
突然ヤツが風圧魔法で反撃してきた。
ヤバいくらいのデカさだ!
だが、魔法は避けるまでもなくオレにカスリもしなかった。
むしろ下手に避けたほうが当たりそうだな。
出力は凄まじいが、どうやらコントロールは上手くできないらしい。
ああ、だから校舎から脱出する際も飛行せずにそのまま下に降りたんだな。
それはいいが、こんなタフなヤツ、どうやって倒せばいいんだ。
近接肉弾戦ではオレに勝ち目は無いし、魔法だと決定打に欠けるのが悩ましい。
あっ!
しまった、悩んでいるスキにヤツが逃げ出した。
その方向にある建物……あれがヤツらの部室だろうか。
中に入られたら終わりだ、それだけは阻止しないと。
残った魔力を振り絞って飛行魔法で先回りする。
さて、建物の入り口の前に降り立ったがどうしようかな。
「ジャマだっ、どけえええいッ!」
ヤツがタックルの構えをして突撃してくる。
オレは再びアンダースローで魔法を放った。
「同じ技が2度も通用すると思ったかあ!」
魔法はあっさりと飛び越えられ、ヤツはとんでもない速さで走ってくる。
でもいいんだ、役割はしっかりと果たしてくれたからな。
ヤツの横っ飛びタックルを封じるという役割をね。
さて、こうなったらアレをああやってみるか。
上手くいく保証なんてないが、四の五の言ってられなくなった。
オレは最近習得した『つむじ風』の魔法を出す準備を始めた。
所詮はつむじ風なので竜巻を出す上級魔法とは比べるまでもなく威力は低い。
それでもこれに賭けるしかないのだ。
ヤツが近づいて来たところで発動!
「つむじ風とは笑わせる! こんなもの消し飛ばしてくれるわ!」
ヤツが突っ込んできた、これを待ってたのさ!
オレは更につむじ風を重ねる!
2つ合わさって、さっきより確実に大きく風力も上がっている。
「こなくそ、この程度の風で止められるかあ!」
何とか突進の速度を落としたがまだまだ威力が足りない。
更にもう一丁!
「ぬうう! 身動きが取れん!」
動きは止めたが、まだ吹き飛ばせない。
オレは残り全ての魔力を注ぎ込んで最後のつむじ風を繰り出す。
「これで最後だああ!」
渾身のつむじ風を合わせると、高さも大きさも風の強さもとんでもない渦巻く突風となった。
周りのものまで吸い込む強さだ、このままではオレまでエラいことになる。
オレは急いですぐ横の建物のドアノブと手すりを握りしめてしがみついた!
それでも吸い込まれそうになるのを必死でこらえる。
「むううう……うわあああぁぁぁぁ!」
一方、仮面の男はとうとう渦巻きに身体を巻き上げられて空中高く飛ばされた。
そして回転しながら空中に留まったあと、つむじ風が消えると回転は続いたまま一気に落ちてくる。
ダァーンッ!
ヤツの身体は地面に強く叩きつけられた。
仮面が取れて露わになった顔はやはり男爵の男のそれであり、白目を向いて泡を吹き気を失っていた。
「ハァ〜、やっと、終わった……」
オレはもう立っているのも限界でその場にへたれこんでしまった。
「タツロウ〜、無事に生きているのかしら〜?」
オレに呼びかけてくる声はマグダレナか。
フェルディナントと実行委員の連中、そしてアンドレアスを引き連れて駆け足で近づいてくるのが見えた。
「もう、貴方って人は! みんなに心配かけるんじゃありません!」
「す、すみません……でも何とか逃さずに捕らえたかったんで」
「……まあ、無事というか、見たところ大怪我はせずに相手を捕えたのですから、これで勘弁して差し上げますわ」
「そうですか、そりゃ良かった……」
「でも、実はわたくしもこの男にビンタのひとつやふたつ喰らわせてトドメを刺してやりたかったですわ。もうその必要は無さそうですけど」
さすが辺境伯御令嬢、こんなデカブツ相手にも臆さずにオレを助けに駆けつけてくれたのは嬉しいぜ。
「ところでブルーノ一味はどうしたんだ?」
「それなら既に警備員さんたちに引き渡したよ。それより立てるかい?」
フェルディナントは返答しながら肩を貸してくれた。
そしてアンドレアスと2人でオレの両脇を抱えて立ち上げさせてくれたのだ。
「さあ、校舎に戻ったら、タツロウは大人しく治療してもらうこと。それ以外のメンバーは荒らされた部室を片付けて、一刻も早く営業を再開しますわよ!」
えぇ〜、もう店じまいでもいいんじゃないかな……。
でもこの人がやる気に満ちているとこっちまでやる気が出てくるから不思議だ。
トボトボと歩いてみんなで校舎の入口近くまで来ると、クリスがかなり焦った様子でこちらに駆け寄ってきた。
「マグダレナさま、タツロウ! 良かった、戻ってきてくれて」
「『さま』は要らないですわよ……それで、何かありましたか?」
「それが……ソフィアとヨハネスが、部室を出てから相当な時間が経過してるのに戻ってこないんです!」




