54.伝統ある名門クラブ
「なあ、何か良いアイディア無いかなー?」
寮で夕食をマルコとヤニクと一緒に食べていたオレは、学園祭で我が錬金術研究会に客を呼び込む方法を相談した。
もちろん自分でいろいろ考えたのだがこれといったものが全然思い浮かばなかったのだ。
「そうだね……女子部員たちに何か可愛い服を着てもらって呼び込みやってもらうとかはどうかな?」
「それはオレも考えたんだ。で、それとなく女子たちに提案したんだが即却下された」
ちなみに相談したのはクリスとソフィアだ。
この前思いついたメイド服を提案したが、クリスからは怒られソフィアには蔑むような視線を浴びせられた。
マグダレナに言わなくて良かった……どんなことになっていたか考えるだけで恐ろしい。
「う〜ん、もしかしてタツロウが思っている『可愛い服』をそのまま言ったんじゃないの? 服装については先に女子の意見を聞いてから提案すれば違う結果だったかもよ」
「なるほどなあ、そのとおりかも。他にいい案がなかったら再度考えてみるわ」
「それよりも大道芸やった方が呼び込めるんじゃねえの? なんならおれっちが取っておきの芸を披露してやるよ」
「それ、お前がやりたいだけだろ〜?」
ヤニクは貴族なのに大道芸人になりたいという希望を持っており、オレと賭けをやるときにもちょっとした技を見せてくれるのだ。
三男坊で家を継ぐ可能性はほとんど無いからってのもあるだろうけど、心底そういうことが好きだからというのは伝わってくる。
「ところでヨハネスはどうしたの? 風呂場にもいなかったし」
「最近はマヌエラとソフィアと3人で実験に没頭してるんだよ。それで校舎が施錠される時間ギリギリまで残ってる」
「ソフィアもなんだ。意外だね、そんなにのめり込むタイプには見えないけど」
「それはオレも思ったんだが、3人で今日はこれ、明日はあれを実験してみようって楽しそうに喋ってるよ」
見た目の印象と本人の行動は必ずしも一致するとは限らないものだ。
と偉そうに言ってるオレも違和感はあったけど、どうこう言う権利があるわけでなし。
それにソフィアが残っているお蔭でオレは最後まで付き合わされずに寮に戻れているのだ。
あとの2人だけ部室に残すのはちょっと不安というか心配なので。
結局良い集客案は出なかったがまだ日にちがあるし、またみんなと相談してみよう。
それよりも今オレは別のことで忙しいのだ。
翌日の放課後、オレとクリス、それと後から入部してくれたノアの3人で図書室の本を漁っている。
「あーもう、どれだけ調べればいいのか先が見えなくて辛え!」
「まあまあ、タツロウの気持ちもわかるけど重要なことだからね。頑張って出来る限り調べつくそうよ」
「わたしはこういう作業も結構好きなんだけどな。でも関係ないことまでうっかり読んじゃって時間が足りないよ」
2人に慰められながらやっているのは、過去の錬金術の実験に関する文献から危険な組み合わせを洗い出すことだ。
いつも実験前にはマヌエラが必ず調べてからやるし、部室に消火砂も用意しているので今のところ問題は出ていないが、それでもやっておくに越したことはない。
人目に触れる学園祭当日は極力危険がないようにしなければならない。
爆発なんて起こしたら廃部どころの騒ぎじゃなくなるのだ。
しかしまあ、結構昔からあるんだな、錬金術って。
それだけ人間の金に対する欲望がすごいものだということだけはよく理解できた。
こんなこと言ってるオレも、前世の知識がなかったらのめり込んでるかもしれんけど。
やっぱりカネがあるに越したことはないのだよ。
命より重いとか言ってた漫画のキャラもいたしな。
それが現実の人間社会ってもんだ、わっはっは!
現実逃避の脳内独り言はこれくらいにしておこう。
真面目に調べないといつまで経っても終わらないのだ。
意を決して本を集中して読み込んでいく。
そしてようやく作業がそれなりに進みだしたのだが、中断せざるをえない事態が発生してしまった。
「……タツロウ君、お忙しいところすみませんがちょっと部室に来てもらえますか?」
ソフィアが息を切らしながらオレたちのところに駆け込んできた。
普段は何事にも動じる様子を見せない彼女が焦っているということは、結構な緊急事態なのかもしれない。
反射的に動きかけたオレだが、机の上に本を広げっぱなしなので出るのを躊躇してしまった。
「タツロウ、片付けは僕たちでやっておくからすぐに行って!」
ノアが気を利かせて後押ししてくれたので、ソフィアと一緒に急いで部室に駆け戻る。
「一体何が起きてるんだよ? 実験で爆発したとかなのか?」
「いえ、そういうわけでは……理由はよくわからないんですけど、錬金術研究会の活動が気に入らないって言う人たちが部室に入ってきたのです」
何だそりゃあ?
文句言われるほど派手な活動はしてないのにわけわかんねーな。
部室に到着してドアを開けると、手前に上半身ガッチリで大柄な男が2人いた。
一人は180センチ以上あるな……それよりも頭半分くらい高いもう一人は190センチ以上ありそうだ。
そして奥にいるヨハネスは2人の方を向いて対峙しており、さらに奥でマヌエラが怯えていた。
「い、いい加減にしてよ! これ以上変な言い掛かりで実験の邪魔をするなら……!」
いきり立ったヨハネスはいきなり右手の5本の指先全てに魔力を集めだした。
4つの元素全部の魔法を一度に出すつもりだ。
さすがにこれはマズい、それこそ教室が吹き飛びかねない!
「やめろヨハネス、それはやり過ぎだ! 取り敢えず落ち着けって!」
オレはヨハネスに猛ダッシュで駆け寄り、必死で右腕と上半身を抑え込んだ。
呼びかけに応じたのかはわからんが、魔力はなんとか収めてくれた。
でも興奮状態はまだ続いていて抑えるのをやめる訳にはいかない。
「コイツ、『木刀のタツロウ』ですよ」
デカい方の男がもう片方にそう囁いた。
口調からすると2人には上下関係があるようだ。
それにしても、いつの間にかそんな通り名つけられてたんだな、オレ。
いやそれどころじゃない。
上位者らしい男の方がオレたちに言い掛かりをつけてきたのだ。
「きさまたち、我々をいきなり攻撃しようとしただろう? やはりこんな怪しげな部にいるのはおかしな連中だということだ」
「何言ってやがる! お前らのほうが先に言い掛かりつけてきたって聞いてるぞ! それにオレは何もしとらんだろうが!」
「きさまぁ、下級貴族の分際で! 誰に向かってそんな口の聞き方をしているのか!」
もう一人が居丈高な物言いをしてきたがそんなの知らねーよ。
「だったらなんだってんだよ? そもそもお前らナニモンだぁ?」
「やれやれ、校内で我々のことがわからないヤツがいるとは……伝統あるリュストゥングフットボール部に所属している我らを」
「そんなの知ってるかどうかなんて関係ねーよ! お前らの目的は何だ、さっさと言え!」
「目的? そんなものは決まっている。きさまらが立ち上げた部がこの神学校に相応しいものかどうか、伝統ある我が部にて審査してやろうというのだ」
「一体何の権限があってそんなこと言ってんだ? てめえらこそ大きなお世話じゃねえか! ウチの部はキチンと承認されてんだよ、帰れ!」
「そうはいかんなあ。きさまが押さえつけているその男、我らに魔法攻撃を仕掛けようとしたのだぞ。下級貴族が上位貴族に弓を引けばどうなるか、身をもって知るべきだよなあ」
デカい方の男が話に割り込んで指を鳴らしながらこちらに近寄ってくるが、オレはヨハネスを抑えるだけで精いっぱいだ。
かといってヨハネスを自由にしたらそれこそとんでもないことになりそうだ。
くそ、どうしたら……。
「待って。僕の仲間たちに何するつもりなの?」
駆けつけてきたノアがオレと男の間に割り込み、両腕を広げて男の行く手を阻んだ。
助けてくれようとする気持ちはありがたいが、小柄なノアが190センチ以上で筋骨隆々の相手と対峙するのは危険だ。
いいからここは下がってくれ!
「なんだチビ、それでどうするつもりなんだ?」
「……誰が質問に対して質問で返していいって言った? いいから僕の質問にさっさと答えろよ!」
男はせせら笑いながら挑発したが、ノアは髪の毛を逆立たせ、迫力あるというか怖いくらいの負のオーラを放ちながら言い放った。
思わぬ反応に気圧されたのか男は立ち止まって黙ってしまった。
その様子を見たもう一人の男がもはやここまでと見切りをつける。
「今日はこのくらいにしておいてやる。だが、こんな暴力的な部員がいるような部は早急に取り潰すべきであろうな」
捨て台詞を残して2人は立ち去った。
ようやく興奮が収まったヨハネスから手を放してノアに声をかける。
「助かったよノア! 凄い迫力でオレも怖いくらいだった」
「はあ〜、怖かった! さっきは何とかしなきゃって必死だっただけだよ」
いつもの温厚で明るいノアに戻った。
さっきは負のオーラなんて言ったが、たぶん迫力ありすぎてオレが勘違いしただけなんだろう。
ところでマヌエラはどうなっているんだ?
奥を見ると、ソフィアがいつの間にかマヌエラのところに行って黙って抱きしめていた。
「わーん、とても怖かったです〜!」
マヌエラは顔をソフィアの胸に埋めてわんわん泣き続けていた。
よっぽど怖かったんだろうな。
それにしてもソフィアって結構胸が大きいな……いつもは着痩せしているのかわからなかった。
あっと、こんな時に不謹慎なこと考えてスンマセン。
「みんな大丈夫かい? 騒ぎがあったって聞いたんだけど何があったのか説明してくれる?」
フェルディナントが部室に来てくれた。
これでまあ何とか落ち着くことが出来そうだ。
そしてオレたちは一連の出来事を報告した。
「そうか……うーん、気にはしてたんだけどまさか直接こっちにやってくるなんて予想してなかった」
フェルディナントはやっぱりなというのと予想の斜め上いかれたという両方の気持ちが入り混じった複雑な表情だった。
「何か心当たりがあるのかよ? この際だから包み隠さずオレたちにも説明してくれよ」
「そうだね。じゃあ順を追って説明しよう。まずはリュストゥングフットボール部についてだけど」
リュストゥングフットボールっていうのは、この世界というか帝国内で貴族、特に爵位持ち連中の子弟に人気のある『紳士のスポーツ』だ。
簡単に言えば、対戦する2チームがフィールド上に陣形を敷き、相手陣地のゴールを目指すゲームだ。
楕円形のボールをパス・持って運ぶ・蹴るのいずれかで自陣を前に進め、ゴールまで行けば得点が入る。
でもボディコンタクトが激しいので、鎧の如くヘルメットとプロテクターを装備する必要がある。
オレが元いた世界だとアメリカンフットボールが一番近いイメージになるかな。
「かつては帝国内の全国大会で何度も優勝した名門中の名門クラブなんだけどね」
「ということは今は違うのか」
「最近は部員たちの規律が緩みがちで成績も振るわないし、表沙汰にはなってないけど時々不祥事を起こしてるんだよ」
「それはわかったけど、ウチにはなんの関係もないじゃん」
「ウチの部が承認されたときに各部の予算配分が見直されたんだ。で、ウチに割り当てられた分を他から削るわけだけど」
「その対象が奴らの部ってわけか」
「その通り。全額じゃないけど割合としては一番大きい削減額なんだ。最近の体たらくに活を入れる意味も込めてそうしたって聞いたよ」
「それじゃあ逆恨みじゃないですか!」
「クリスの言う通りなんだけどね。でも先にぼくとかマグダレナの方に文句を言ってくると思ってたんだけど……読みが甘かった」
「それで今日のことはどうするんだよ。泣き寝入りとかじゃないだろうな?」
「もちろん抗議するよ。さっき来たのは誰か分かるかな?」
ソフィアに聞くと、デカい方の男は男爵としかわからないがもう一人はよく覚えていた。
「ベラロプシュ子爵家のオトマール、と名乗っていました」
「えぇー、副主将直々のお出ましだったんだね……」
そんな名門クラブの副主将ならもっと威厳のあるヤツでないとなれないと思うが、どう見ても振る舞いは雑魚っぽいものだった。
それが奴らの現状を表しているってことなんだろう。
それはともかくとして、この件はもうフェルディナントにお任せしよう。
これ以上関わってもロクなことはない。
今日の部活動はこれで切り上げることになった。
マヌエラのアフターケアはクリスとソフィアに任せて、オレはヨハネスのケアをすることにした。
幸い、マルコとヤニクが夕食を共にして盛り上げてくれたので、ヨハネスも気を取り直してくれた。
寮の食堂付近で奴ら2人をちょっと見かけたが無視無視、当然ヨハネスには黙ってやり過ごした。
まあ、明日からは気を取り直して学園祭の準備に取り組もう。
奴らと関わり合いになることも、もうあるまい。




