52.部活動を立ち上げる
新学期も既に3週間ちょっと経過した。
時の流れは思いの外早いものだ。
それだけ学校生活が充実しているということかな?
補習を頑張った甲斐があったのか勉強がついていけるようになって、前世も含めて初めて楽しいと思えている。
魔法や剣技の実習も先生たちに基礎ばかりやらされた成果が出始めてきた。
こんなことならもっと早くからマジメに取り組んでいればよかったのだが、環境とか出会いというのも案外バカにできないものだ。
「センパーイ!」
これも出会いといえばそうなるか。
新入生歓迎会で知り合った1年生女子マヌエラはしょっちゅうこちらの教室に出没する。
あまりに多いので、本当は父親の隠し子で妹なんじゃないかとクラスメイトたちに疑われる始末だ。
でもそれはありえんな。
オヤジはどう見ても女にモテそうにないタイプだし、そもそもヨソに愛人どころか側室さえ持てる甲斐性もない。
オレの家は皇帝家ではあるが選帝候たちにいいように毟り取られてカネの余裕はない。
食事なんて貧乏貴族と大して変わらない有様なのだ。
マヌエラは着ぐるみを着てたときは男子と見分けがつかなかったが、校内では髪をポニーテールに纏めた制服姿なのでそれなりに可愛らしい女子に見える。
「タツロウ先輩! 早く行きましょう、時間が勿体ないッス!」
「しょうがねぇな……それじゃ行こうかヨハネス」
オレとヨハネスはマルコを置いて連れ立って教室から出る。
3人が行き着く先は理科実験室だ。
「さあ、昨日の実験の続きを始めましょう! ヨハネス先輩、今日もお手伝いよろしくお願いッス!」
「もちろんいいよ〜、早速やろうか」
「なぁ〜、オレっていらなくない?」
「とんでもない! タツロウ先輩には実験を見守るという大事な役目があるッス」
オレたちがやろうとしているのは錬金術の実験だ。
といっても等価交換するヤツではなく、別の金属や物質から金を作り出そうとする本来の意味での錬金術だ。
「それじゃあコレとソレを炎で溶かしてくださいッス」
「ん〜、こんなもんでいいかな」
マヌエラがフラスコの中に入れた何かの破片たちをヨハネスが魔力で出した炎で瞬く間に溶かして混ぜ合わせていく。
まあいくらやっても金など出来ないのだが。
現代世界からの転生者であるオレにはわかりきってることでもこの世界ではまだ信じられているので仕方がない。
そもそも何でこんなことしてるのかというと。
マヌエラが『錬金術研究会』を作りたいと言い出したからだ。
オレは断るつもりだったのだが、ヨハネスがやたらと興味を示したので成り行きで参加することになったのだ。
放課後の活動を始めて3日目だが、まだ正式な部活動として認められてはいない。
暫定で教室の使用は許可されたが、今月中にあと4人部員を勧誘しなければ取り消されるのだ。
「お前の方で勧誘できた奴はいないのか?」
「スミマセン、誰も興味持ってくれないッス」
「そうか……そういや今更だけど何で錬金術なんかやりたいんだ?」
「ん〜と、ちょっと話が長くなるッスけど……決められてない事をやりたいっていうか」
これまたわかりにくい回答だよな。
取り敢えずは頷くだけにして話を続けさせよう。
「自分の実家、代々続く医者の家系なんスけど、自分が生まれたときから医者になるって決められてて」
「……」
「決められた通りに決められたことをやる人生ってつまらないなって。そんな毎日を送っていたところに錬金術の存在を知ったんです」
「金を作り出す方法が未知の錬金術の方が面白そうってことか」
「まあそれもあるんスけど……最初は校内でやるつもりは無かったんです」
「え〜、じゃあ何が切っ掛けなんだよ」
「それはタツロウ先輩の武勇伝ッス」
「はあ!? どういうことだよ」
「あの痛快な話を聞いて、自分もやりたいようにやらなきゃ後悔するって、そう思わせてくれたッス!」
まあいいけどさ、あんな10倍くらい水増しされた話で決意したなんて何だか申し訳ない気分だ。
「なるほどよくわかった……が部員募集の役には立ちそうにないな。ヨハネスはなんかアテは無いのか?」
「マルコくらいしか思い浮かばないな〜。前のクラスのみんなとは表面的な付き合いしかしてなかった」
やっぱり特待生ってことでクラスメイトと距離感があったんだな……。
仕方ない、他を探そう。
ちなみにマルコは無理なのが確定している。
最近実家からの仕送りが滞りがちということで、学校の許可を得て校内の馬房でしばらくバイトするそうだ。
マルコが無理ということは、恐らくサンドラもマチルデも無理だろう。
ヤニクは……絶対に興味無いだろうな。
翌日もクラス内で声をかけてみたが『考えておく』という体のいい断り文句しか聞けなかった。
どうしようかと思っていたところに選択授業でノアとクリスが教室に入ってきた。
そうだ、ノアなら興味は無くても入部してくれるかもしれない。
「よぉ〜、ノア! 早速だけどちょっと頼みがあるんだけどさ」
「何だい? 僕で出来ることなら協力するよ」
「実はさ、『錬金術研究会』っていう部を立ち上げようとしてるんだけど人数が足りなくて。是非入ってくれないかな」
「う〜ん、別にいいけど……確認だけど、来週はここにいなくても大丈夫?」
えっ、それはマズいな……。
幽霊部員を入れて申請するのを防止するために活動状況を聞かれるのだが、その時不在だと却下されかねない。
「大丈夫じゃないな。でもなんで不在なんだ?」
「実は実家で人手が不足しててさ、2週間ほど手伝いに戻らないといけなくなったんだ」
ノアの実家は地主の成り上がり貴族で元々は自営農家なのだ。
だから忙しいときは手伝いに戻る必要がある。
落胆するオレを気遣ったのか、ノアは代替案を出してくれた。
「クリスはどう? なんか面白そうだから僕は戻ってきてから入部するつもりだけど、一緒に入部する気はないかな?」
「そうだね、入ってみてもいいかも……あ、でも女子はわたし1人なのかな?」
「いや、そもそも部を作りたいって言い出したのが1年生の女子なんで、少なくとも1人はいるよ」
「ふ〜ん、それならいいよ、入っても」
よっしゃ、これで1人ゲットだ。
でもあと3人か、まだまだ完了が遠いな。
「それじゃあ、わたしも知り合いにちょっと声かけてみるよ。その前にその1年生の子と話をさせて」
そういうわけで放課後に理科実験室にクリスを案内したのだが、若干不安はあった。
クリスはどっちかといえば文系だし、理系女子のマヌエラと話が合うだろうか。
しかし心配は杞憂に終わり、クリスから積極的に話しかけて2人は楽しく会話しているのだ。
最初に出会った頃のコミュ障気味だったクリスを思い浮かべるとすごい成長ぶりだと思う。
さて、次の部員を探さないと……と考えながら校内を歩いていたらうっかり爵位持ちたちのクラスがある棟の近くに来てしまった。
下級貴族でも立ち入り禁止にはされていないが、面倒くさいことになるのはゴメンなので引き返そうとすると後ろから声が聞こえた。
「タツロウ、こんなところで会うなんてどうしたの? 何か用事かい?」
フェルディナントの声だ。
なんだ、驚いて損したぜ。
そう思って安心して振り向くとヤツもいたのだ。
「これはこれは、サラマンダーの格好が良くお似合いのタツロウ君じゃあないか! キミの来世は間違いなくトカゲの類いへの転生だろうね、ハッハッハ!」
くそっ、やっぱりイヤミを言われたか。
だからこの辺りに来たくなかったんだよな、マクシミリアンに会いたくなかったから。
「うっせーな、もういいよトカゲでも何でも。今日はそれどころじゃねーんだよ」
オレにあっさりとあしらわれてマクシミリアンはつまらなさそうだが、ホントに余裕無いから。
「なんだか荒れてるね。差し障りが無ければここで話してよ、ぼくに出来ることがあるかもしれないよ」
フェルディナントは優しいな。
アニキと違って素晴らしい人格の弟君だ。
オレはこれまでの状況を説明した。
いや待てよ、この2人を勧誘すればいいんじゃないのか。
この際だから誰でもいいし背に腹は変えられん。
「頼みがあるんだけどさ、2人とも錬金術研究会に入部してくれないかな? 結構面白いんだぜ」
「錬金術? なぜボクがそんな怪しげな部に入らないといけないんだ? キミは相変わらず失敬なヤツだな」
やっぱりマクシミリアンはこういう反応だよな、まあ予想通りだ。
フェルディナントは少し考えたあとに回答をしてくれた。
「入ってみようかな、確かに何が起こるかわからない面白さがありそうだ。いいかな、兄さん」
おぉー、思ったよりもかなり前向きだ。
あとはマクシミリアンが反対しなければいいが。
「……まあ、下級貴族たちと交流する経験を積むのも悪くはない。お前の好きにしたまえ」
「ありがとう兄さん! それじゃ早速入部するよタツロウ」
やった! 子爵家子息の勧誘に成功するなんて、釣りで大物を釣り上げた時よりも嬉しいぜ。
あとは2人か……まあとりあえず部室に戻るか。
部室の理科実験室は下級貴族と爵位持ちそれぞれの棟の間にあるのでフェルディナントを連れて行っても騒ぎにはならないだろう。
部室でフェルディナントを紹介すると、キョトンとした顔のヨハネスとマヌエラとは対照的にクリスは恐縮しまくりだった。
この兄弟との最初の出会い方が良くなかったから仕方がないのだが、気さくなフェルディナントはすぐに3人と打ち解けてくれたので助かった。
取り敢えずホッとしたオレだったが、今度は部室のドアをノックする音が聞こえてきた。
誰だよこんな時に……と思いながらドアを開けると、そこには意外な人物が立っていた。
「……こちらが錬金術研究会の部室で間違いないでしょうか、タツロウ君」
なんとソフィアだった。
驚いたがとにかく返答はしないと。
「確かにそうだけど……一体何の用事があって来たんだ?」
「……何って、入部したいと思って来たんです、私。いけませんか?」
いつも微笑みを崩さないソフィアだが、このときは困惑した表情と言葉でオレを責めた。
「ああ、そうだったのか、それは失礼。でもそれならクラスの教室で言ってくれればよかったのに」
「私、タツロウ君がクラスメイトの皆さんを勧誘しているのが聞こえてきて、誘われるのを待っていたんです。でもお誘いが無く、タイミングを逸したといいますか……」
「えっ!? そんなはずは……でも声掛けが漏れてたみたいで申し訳ない。もちろん入部希望は歓迎さ!」
「……いえ、責めてるわけではないのです。歓迎していただけるなら嬉しいです」
なんで抜けてしまったんだろう。
確かに親しくはないが嫌いなわけでもないし避けたつもりはないのだが。
「じゃあ部室に入って入部届書いてよ。でも何で入ろうと思ったのさ」
「なんとなくといいますか……学園生活をより楽しめそうだと思ったんです」
彼女は教室内で見てる限りではどの教科も優秀、というかソツなくこなす印象だ。
だからちょっと意外な動機なのだが、入ってくれればそこは何でもいい。
部室で彼女を紹介すると最も喜んだのはクリスだった。
転入してきた時もだったが、女子の気を引きつけるオーラでも出ているのだろうか。
ようやくあと1人までこぎ着けたが、そこで停滞してしまい遂にあと3日で期限というところまで追い詰められてしまった。
オレの心配に構わずヨハネスとマヌエラは実験に勤しんでて呑気なものだ。
さすがに諦めかけていたが、クリスが興奮気味に部室に入ってきた。
これはもしや入部希望者が見つかったのか?
「あのっ、皆さん……新しく入部してくださる方を連れて参りました! 紹介させていただきますので、注目をお願いします」
なんなんだよ、部員が見つかって興奮するのはわからんでもないが紹介するのに注目って一体どんなヤツ連れてきたんだ?
そして部室に入ってきたのは1人の女子。
縦ロールが入った髪型の金髪、キツめの目元、煌びやかな刺繍が施された制服姿。
あれはマグダレナじゃないか!
彼女の名はマグダレナ・ヴェッティンベルク。
アウストマルク辺境伯の長女だ。
辺境伯は侯爵とほぼ同格、普段は下級貴族がお目にかかることすらない滅茶苦茶格上の存在だ。
クリスは同郷とはいえ、とんでもないヤツを引っ張ってきたもんだ。
「先輩、誰ですか? あの金髪でド派手な髪型と服装のお姉さんは」
緊張しているオレやフェルディナントの横で怖いもの知らずな発言をするマヌエラ。
そしてマグダレナがこちらにツカツカと近づいてくる。
オレは自分の血の気がサーッと引いていくのがわかったが、マグダレナは冷静な顔でマヌエラに話しかける。
「わたくしの名はマグダレナ・ヴェッティンベルク。アウストマルク辺境伯の長女です。どうぞよろしくお願いしますわ」
「あ、はい。自分は1年生のマヌエラといいます。どうぞよろしくお願いッス!」
ふう、さすが辺境伯の御令嬢。
こんな小娘の発言にいちいちムキになったりしない……と思ったのは一瞬だった。
彼女のこめかみに僅かだが浮かんだ青スジがピクピクと動いているのをオレは目撃してしまったのだ。
ようやく人数は揃ったが波乱の予感しかしない部活動の立ち上げとなった。




