51.サラマンダー
新学期開始から1週間余りが経った。
みんながようやく休みボケから脱して授業内容に馴染み始めた頃、オレはそれについて知った。
「新入生歓迎イベントだぁ? そんなの見た覚えがないな、本当にそんな伝統があるのかよ」
「そりゃあタツロウが知ってるわけないよ。というか4月から転入してきたのに知ってる方がおかしい」
そうだった、オレは年度途中から転入してきたんだった。
転入してからの短期間でいろいろなことを体験したせいか、もう1年間くらいここにいるような錯覚を起こしていたのだ。
それはいいがマルコの一本取ってやったぜ的なドヤ顔がちょっと腹が立つ。
「それで、そのイベントっていつも何やってんのさ」
「毎年恒例のイベント、その名も『サラマンダーレース』だよ」
サラマンダーってトカゲみたいな炎のモンスターだっけ?
レースって、そのサラマンダーを競馬みたいに競争させるんだろうか。
まさかこの世界では実在しているのか?
「確かにサラマンダーって名前が付いてる両生類の生物もいるけど、ここで言ってるのは火の精霊と言われている幻獣の方だよ。そんなの実在するわけないのは子供でも知っていることだよね?」
おっと、うっかりした発言で疑いを持たれてしまった。
オレは異世界転生者で10歳になってから記憶を取り戻したから、この世界の常識が曖昧になってたりする。
今更そんなことカミングアウトしても混乱させるだけだから、何とか誤魔化そう。
「いやスマン、まだ休みボケが抜けてないみたいだ」
「そうなのかい? 補習漬けで一番ボケてないと思ってたんだけど、まあそんなこともあるかな」
納得しきれてはいないようだけど、なんとか誤魔化すことができた。
「それじゃあ改めて説明するね。要するにサラマンダーの着ぐるみを着た生徒たちが100メートルの徒競走をやるんだよ」
着ぐるみで徒競走?
わけのわからない話に返事も出来ず固まっているオレに構わず、マルコは説明を続ける。
「各クラス男女2名ずつ、4人の代表を出して開かれるんだけど、あくまで新入生と在校生の親睦を深めるのが目的だよ」
「つまり優勝とかクラス対抗で勝利とかは目指してないってこと?」
「そのとおり。勝ったからってトロフィーや賞品が出るわけじゃあない」
なんだ、つまらん。
そんなの何の興味も沸かないねぇ。
「で、代表の選手だけどタツロウとソフィアは間違いなく選ばれると思うよ」
「はあっ!?」
「だって君たち去年はここにいなかったじゃん。だから初参加として扱われるというわけさ」
そう言われると断るのは難しい。
まあ今回は気楽に臨めそうだし、どうしてもと言うなら仕方がない。
「それに、選手は当日参加する以外の作業は免除されるから却って楽だと思うよ。布で着ぐるみを作るのは選手以外のみんなの役割だからね」
「それなら選手でいいかな……そうだ、もう一人はマルコが出ようぜ」
「えぇっ!? いや俺はちょっと……ヨハネスはやってみる気は無いかな? ウチのクラスに転入したんだし、みんなと馴染むためにもさ」
マルコは後ろの席に座っているヨハネスにいきなり話を振った。
そんなに嫌がらなくてもいいだろ、オレには勧めておいてさ。
マルコのことは親友だとは思っているが、こういうノリの悪さはちょっと残念に思っている。
「そうだな〜、……まあ出てもいいかな」
「それじゃ決まりだね。あとで2人の寸法を測って早速作り始めないとね」
マルコはそう言うと席を立って他のクラスメイトたちのところに行き、もう打ち合わせをし始めた。
まあ、あとのことはマルコに任せておけば問題ないだろう。
オレとヨハネスは当日までのんびりとさせてもらうよ。
◇
あっという間に日は過ぎて、今日は新入生歓迎イベント当日だ。
選手は練習場の更衣室で着ぐるみを着てから会場の馬術競技場まで歩いて移動する。
あそこなら芝が敷いてあるから転倒しても怪我しにくいという理由らしい。
火の精霊サラマンダーは想像上の生き物なのでデザインはクラスによってマチマチだが、レースをする関係上ゴジラみたいな直立2足歩行スタイルになってしまうのは共通している。
ただ、手足が短いので正直言って歩きにくい。
布地は薄くてすぐに破れてしまいそうだが、その割には思ったより暑くて歩くのがダルくなってきた。
「暑い〜、もう早く走ってこの着ぐるみ脱ぎたいよ〜、なあヨハネス」
「そうかな、コレ着てるの結構楽しいけどな〜」
ヨハネスに同意を求めたが軽くあしらわれてしまった。
それはともかく、同じ着ぐるみなのにヒョロヒョロした体格のヨハネスが着ると細長く感じてしまうのはなんか面白い。
「もう〜、だらしない歩き方しないでシャキッとしなさいよね、タツロウ!」
後ろから聞き慣れた声で叱咤された。
振り向くとウチのクラスの女子代表2人、サンドラとソフィアの着ぐるみ姿があった。
「そんなにだらしなくはないだろう、暑くてちょっとヘバッてただけじゃんか」
「そう思ってるのはアンタだけよ、後ろから見るとフラフラ、ヨタヨタしてみっともないったら。ねぇ、ソフィア」
「……そうですね、ちょっとだらしないように見えなくもないです。でも歩く距離が長いので仕方がないかもしれませんね」
喜怒哀楽のはっきりしているサンドラと比べてソフィアはいつも変わらない微笑みの表情で丁寧且つ落ち着いた口調だ。
そういえば彼女が喋るところを近くで見たのは初めてだ。
まあ近づく用事もなかったしそこまで興味があるわけじゃない。
それにしても2人の着ぐるみ姿は対照的だ。
暴れる怪獣といった感じのサンドラと、まさに火の精霊といった凛とした雰囲気のソフィア。
ソフィアが長身ということもあって凸凹コンビの様相を呈しているのだ。
「ちょっとタツロウ! さっきからソフィアの姿をジロジロ見て!」
サンドラに問い詰められたが、そんなにジロジロ見てたかな、オレ。
ここは強く否定しておかないと変な評判が広がりかねない。
「着ぐるみをちょっと眺めてただけだし、そんなにジロジロ見てねーよ!」
「……タツロウ君、悪気は無いんでしょうけどあまり長く女子の姿を見つめないでください。恥ずかしいです……」
ソフィアは微笑みを浮かべたまま咎め立てをせずお願いという形で話してきた。
だけどその話し方に何となく冷たさを感じたオレは思わず詫びの言葉を言ってしまった。
「ああ……なんかゴメンな」
「……いえ、わかっていただければいいんです」
「ソフィアの温厚さに感謝しなさいよね。この件はもうおしまい。それはそうとシャキッと歩きなさい!」
煩いし面倒なので背筋をピンと伸ばして行進みたいな歩き方をしていく。
付き合わされたヨハネスには申し訳ない。
そうして歩いているうちに競技場に到着した。
場内にはすでに着ぐるみたちが集まっているので取り敢えずそこに行けば良さそうだ。
そして観客席にもそこそこ人がいる。
各クラスの応援もいるのだが、明らかに爵位持ち連中もそれなりの人数がいる。
今回のイベントで唯一不満なのは、爵位持ち連中は不参加ということだ。
つまりオレたちが走っているところを高みの見物というわけだ。
奴らは別に社交パーティを歓迎会として催すらしい。
オレは顔を伏せ気味にして場内に入る。
ある特定の人物に見られたくないからだ。
「あの〜、タツロウ先輩ッスよね?」
いきなり後ろから声をかけられたが、先輩ってなんだよ。
振り向くと小柄な着ぐるみ男、いや女子か?
まだあどけない顔だが新入生だろうか。
「誰だよお前。オレは確かにタツロウだけど先輩なんて呼ぶような後輩を持った覚えはねーんだけど」
「スミマセン、憧れのタツロウ先輩の姿を見かけて、つい声をかけてしまったッス!」
「だから何処の男子、いや女子? 何でオレのこと知ってんだよ」
「ああ〜、ヒドい! 自分は女子ッス、見ればわかるでしょ!」
「わからんかったんだから仕方ないだろう……まあそれは悪かった。それでお前は誰なんだ?」
「はい、自分は1年生の平貴族でマヌエラって言います! 先輩のことは、他の知り合いの先輩からいろいろ武勇伝を聞いたッス!」
何だよ武勇伝って、どんな話が出回ってるのか聞くのが怖いよ。
「校内の数々の決闘では必ず木刀でボコボコにして負け知らずだとか、馬術大会では爵位持ち連中を突進だけで全員ぶっ飛ばしたとか、痛快な所業に憧れてしまいます!」
確かに決闘はしたが1回だけだし、馬術大会は苦戦続きで最後は完敗だったのだ。
話に尾ひれが付いてるなんてレベルじゃねーぞ、適当に話盛りやがって全く。
「それじゃあ先輩、今日のレースも活躍を期待してるッス! これで失礼しまーす!」
言いたいことだけ言ってさっさと去っていった。
ちょっとした嵐に巻き込まれたような気分だ。
ホッとしたのも束の間、今度は背中をバシーンと叩かれた衝撃で前に倒れかけてしまった。
「痛ってーな、誰だよ!」
「おお、スマン。お前の姿を見かけて声をかけようとしたんだが、つい力が入った」
振り向くとアンドレアスが着ぐるみ姿で立っていた。
コイツとは馬術大会で対戦したが運動能力が高くて大苦戦をさせられた。
「お前が出ると聞いてな、この前の借りを返したくて出場したんだ。今日はお互い全力を尽くそう」
気楽に臨むつもりだったのにそんな暑苦しいこと言われてもな……だが挑まれて逃げるわけにもいくまい。
「いいぜ、望むところだ!」
「それじゃあ、スタートラインでまた会おう」
さて、ボチボチとスタートライン付近に行っておくか。
出走順はもう決まっていて、先にヨハネスが走り、オレとアンドレアスはその次だ。
ここでオレはつい油断をして顔を上げてしまい、観客席のある人物と目が合ってしまった。
その人物、マクシミリアンはオレの着ぐるみ姿を見ると左手を口元に当ててクスクスと笑い始めやがった!
クソッ、一番見られたくないヤツにモロに見られてしまった。
当面は会うたびにコレをネタにしてイヤミを言われるに違いない、先が思いやられる。
そうこうしているうちにレースが始まり、ヨハネスが走っていく。
いつもはマイペースだが仮にも特待生、どんな走りを見せてくれるのかと期待したが。
ドタドタと不格好な走り方で途中2度転んでしまい、圧倒的最下位に終わった。
どうやら身体能力は並以下のようだ。
でも逆に言えば魔力だけで特待生になれたわけだからその凄さがわかる。
さて次はオレたちの番だ。
スタートラインに着いて、ヨーイスタート!
歩きにくい着ぐるみだが、走るのはもっとツラい!
前に足を出しにくくてつんのめりそうだ。
しかしアンドレアスはそれを物ともせずにトップを爆走する。
やっぱコイツとんでもねぇな。
特に体幹が凄く、走りが全然ブレないのだ。
でも俺も負けじと食らいついていく。
もうゴール直前、何とか2位でついていってたがそれが限界だった。
どうにか耐えていたが足がもつれて転倒してしまったのだ。
無念、結局オレも後ろから2番目で終わった。
「途中まではいい勝負だったが惜しかったな。これで1勝1敗、次で決着をつけよう」
次ってもうこういうイベントには出たくないんだけどな……オレは苦笑いで一応は了承した。
そういやマヌエラも見てただろうか。
無様に転倒して敗れた姿で幻滅させちゃったかな。
その方がまとわりつかれないでいいかもな。
「先輩、スゴかったッス! あんなアスリートみたいな相手に余裕で追いついて、最後はワザと転倒して笑いまで取るなんて……ずっとついていくッス!」
何でそんなに都合よく解釈するんだよ、本当にオレに憧れてて周りが見えないのか、それともからかい半分なのか。
詮索するのも面倒なのでそのままにしておくことにした。
まあ、後輩に慕われるというのも気分は悪くはないしね。
取り敢えず新学期最初のイベントは無事終了したのであった。




