49.夏休み
馬術競技大会から数週間が過ぎて今はもう夏休みだ。
学生の大半はそれぞれの実家に戻り休暇を過ごしている。
爵位持ち連中は当然ながら全員戻っている。
ここの寮はかなり設備が整っているとはいえ、やはり実家であれば全て揃っている。
でも親が厳格だとむしろ実家で過ごすのが辛かったりするかもな。
フェルディナントもこっちの方が気が楽なので戻るのは億劫だと言ってたし。
貴族として伝統がある家ほど厳しいというのはよくあることだ。
下級貴族も寮にはほとんど残ってはいない。
正確には女子は全員帰省したが男子の一部のみ残っている。
そして、このオレも居残り組の一人なのだ。
居残りはともかくとして、この状況では海水浴とか水着姿とか、そんなイベントは何ひとつ期待できないのだ!
もうこれだけでテンション下がりまくりだ。
男同士で行けばいいだろうって? 野郎だけで行くくらいなら寮にこもってたほうがマシだ。
オレは本当は帰省する予定だったのだ。
帝国や皇帝位について特に知らせも噂話もないのだがオヤジや領内のことはやはり気にかかる。
そして状況によってはそのまま学校に戻らないということも密かに考えていた。
でも、最近忘れがちとはいえオレはあくまで人質としてこの学校に入ったのだ。
果たしてオレの帰省を認めてもらえるだろうか? という心配はあった。
だから恐る恐る申請を出してみたのだが、アッサリと許可されたので安心していた。
しかし夏休み2日前になって突然許可が取り消されたのだ。
理由は『学力不足のため要補習』だった。
オレは途中で転入してきたので確かに学習はみんなより遅れていた。
でも学年末試験はギリギリ合格点だ。
そもそも落第や素行不良以外の理由で補習が義務づけられることは極めて異例だそうだ。
これはもう、学校側の『絶対に領地に帰さない』という意図を感じざるを得ない。
オレは諦めて寮で夏休みを過ごすことにした。
そして今、寮内の会議室で夏休み中の宿題として大量に出された問題集に取り組んでいる。
「ああ〜、やってもやっても終わらないよ」
「ご苦労ですね、タツロウ君。でもそれだけあれば退屈しなくて済みそうじゃないですか」
話してるのは寮の管理人グーテンベルクだ。
補習中は管理人が様子を見に来てくれるし、宿題のわからない点なども教えてくれるのだ。
「そんな暇つぶしはいらんですよ」
オレは少しイラッとして宿題など不要であると訴えたが反応もなくスルーされてしまった。
仕方ないので話題を切り替えて話を繋ぐ。
誰でもいいから会話をして気分転換したいのだ。
「それにしても管理人さんたちこそ大変じゃないですか、寮に残ってるのは数人なのに休み中も出勤って」
グーテンベルクは諦めの混じった表情で言葉を返してくる。
「まあこれが仕事ですから。それにもし居残りがゼロでも結局は管理が必要なので出勤することになります」
正門の門衛たちもそうだが、施設や設備の管理は人並みに休暇が取れないのが辛いところだ。
そうするとオレでも居たほうが多少は彼らの暇つぶしとなるのかな?
それはそうと、そろそろ昼休憩の時間だ。
オレは夏休み中も食堂で昼めしを食べてる。
但し食堂は休みが明けるまで休業しているので、場所を借りるだけだ。
自分の部屋でも食べられるが、さすがに寂しいのでここで他の居残り組と一緒に食べることにしているのだ。
さて、それじゃ自分で作った昼めしを持って食堂に行くか。
作ったと言っても野菜と卵とベーコンかハムを挟んだだけの簡単なサンドイッチだ。
ほとんど毎日同じメニューだから飽きてくるが複雑な料理は作れないし仕方がない。
そして休み中は昼食と夕食の一日二食だけにしてる。
カネに余裕がないのと、三食作るのが面倒だからだ。
食堂に着くとマルコが待っていたので隣に座りサンドイッチを頬張りながら適当な世間話で時間を潰す。
「マルコ、いつもそれだけじゃ全然足りないんじゃないのか? 日に日にやつれてきてると思うんだけど」
マルコの家は貧乏貴族なので旅費を節約するために帰省しなかったのだ。
それはいいが食費まで切り詰めて一日一食、しかもパン一つと中身の少ないサラダだけというオレよりも酷い内容だ。
これでは休みが明けるまでもたないんじゃないのかと思う。
「大丈夫だよ。部屋では極力動かないでエネルギー消費を抑えてるし、我慢できないときは水をがぶ飲みして凌いでいるから」
いや、それは根本的な解決にはならないと思うんだがな。
でもオレも他人を助ける余裕はない。
せめて毎日こうやって生存確認をしてやろう。
マルコは生気があまり感じられない表情だが話題にされるのが嫌なのか別の話題に切り替えてきた。
「そんなことよりさ、今日は風呂当番の日だけど今から憂鬱なんだよ。俺、段々と作業が辛くなってきてるんだよね」
「そりゃあそうだろう、そんな食事を続けたら力が出なくなるよ」
「そこで頼みがあるんだけど……今日の当番を代わってくれないかな? 今週末には仕送りが貰える予定だから、その後はもう少しマシな食事を取ることができると思うんだ」
「しょうがないなぁ」
オレは代わりに当番を引き受けることにした。
転入してからマルコにはいろいろと世話になってるから、こんな時くらいは助けないと。
ちなみに夏休み中の風呂は3日に1回しか入れない。
普段は出入り業者がやってくれている風呂場の掃除やお湯張りといった作業も居残り組で当番を決めて行っているのだ。
ただ、寮内のオーブンを使うときもだが、火を取り扱う作業を含むので作業前後に管理人への報告が必要だ。
オレは管理人室の前でもう一人の当番が来るのを待つことにした。
5分ほどその場でウロウロしながら待っていると一人の男が階段を降りてきた。
背はオレより高いが体格はひょろひょろとしていてそれほど活発ではない印象だ。
「よお、ヨハネス。お前、今日の当番だろ?」
オレが声をかけると男は少し戸惑いながら返事をしてきた。
「やあ、タツロウ。え〜と、マルコはどこに行ったか知らないかな?」
「マルコなら、今日は体調が悪いって部屋で休んでるよ。で、オレが代わりに当番を引き受けたってわけさ」
「あ〜、そうなんだ。それじゃあ、今日は一緒に当番よろしくお願いします」
この中途半端に丁寧な男の名はヨハネス・ゾンダー。
平民出身の特待生でクラスは違うが学年はオレと同じだ。
これまであまり会話する機会がなかったせいか、それともまだ貴族に遠慮があるのか、なんかよそよそしいところがあってちょっとやりづらい。
いやお前が図々しいだけだろうって? ほっとけ。
オレたちは管理人に許可を貰って作業に取り掛かる。
まずは浴槽と床を洗い流し、その後は片方が薪割り、もう片方が浴槽へ水を入れるという手順だが、今日は比較的楽な作業になるだろう。
なぜならヨハネスは「風」「土」「水」「火」の4つの魔法属性全てを持つ男だからだ。
この世界では基本的に一人一つの属性しかなく、稀に2つ持つ者がいる程度だ。
つまり4つも持っているのは超レアな存在なのだ。
だから諸侯たちはそういった能力持ちの存在について情報が入るといち早く囲い込みにかかる。
そしてこの学校は授業料も寮費も完全免除した特待生としてヨハネスを勧誘したのだ。
話が脱線してしまったので戻そう。
普段は寮内で魔法を使用することは厳禁だが、夏休み中は管理人の許可が出れば使用できる。
今日はヨハネスに浴槽の掃除と水張り、薪に火をつけるのをお任せでオレは床掃除と薪割りをやればいいのだ。
薪を炉に入れるとヨハネスに火をつけるように頼みに行く。
「ヨハネス、準備できたから火をつけるの頼むよ」
「はいはい、今行きますよ〜」
ヨハネスは炉の前に立つと魔力集中もなしにあっさりと炎を出して薪を燃やした。
これで湯が沸けば当番終了だ。
「ありがとよ、ヨハネスのおかげで助かったぜ」
「そうなんですか? それはまあ良かった」
気のいい奴だとは思うのだが、イマイチ何考えてるか掴みにくいので会話が続かない。
でも休みはまだこれから長いのだからコイツとも仲良くしないとな。
程なく湯が沸いたのでオレたちは一番風呂で汗を流した。
せっかくなのでヨハネスと親しくなろうといろいろ話しかけてみる。
「ヨハネスはどこ出身なんだっけ?」
「いやまあ、帝国北西の片田舎、だけど」
「……ふーん、で、親は何してる人なの?」
「父親ですか? えーと、しがない鍛冶屋やってる」
「鍛冶屋とかカッコいいじゃん。しがないとか言いながら実は名剣打ってたりするんじゃないの」
「いや、包丁とかナイフとか生活必需品だけの、本当に大したことない父親だから」
「へえ……」
なんかのらりくらり躱されてるような要領を得ない会話になってしまった。
あんまりプライベートなことを聞かれたくないのだろうか。
まあ無理せず日にちをかけて会話していこう。
そうしたらもっと心を開いてくれるんじゃないかな……。
こうして夏休みの一日が暮れていく。
この変化に乏しい日常があと1ヶ月ばかり続くのだ。
そして休み明けの新学期からは2年に進級する。
進級したらしばらくは落ち着かないだろうが、恐らくクラスメイトはそのまま同じだし、すぐにいつもと変わらない日常に戻るのだろう。
でもオレは心の中では、退屈ながらも安定した学園生活がこれからも続くものだと、このときはそう信じていたのだった。




