48.トーナメント(男子)その5
さて決勝戦に勝ち上がったのはいいものの、どうやって試合を組み立てるか、どこから勝機を見出すかが全然思い浮かんでこない。
実のところモチベーションが上がってこないのだ。マクシミリアンに勝つことが目標だったのでその後のことは何も考えていなかった。
それに相手のヴィルヘルムはマクシミリアン以上の難敵だ。
速くて威力があるのに隙がほとんどない槍攻撃だけでも脅威だがそれをフェイントとして使える技量の高さは厄介とかいうレベルじゃない。
準決勝みたいに相手の攻撃の威力を逸してみればいいんじゃないかって?
マクシミリアンはスタートダッシュはとんでもなく速いが突進中の速度はほぼ一定なのでなんとかタイミングを計ることができた。
でもヴィルヘルムはスロースタートで後からかなり加速してくるので間合いもタイミングも計りにくいのだ。
同じことをやってもほんの少しの狂いで逸しきれずに押し込まれる上に鎧を着た身体を持ち上げるのは今の体力的にもキツい。
何かいい手はないか、どうにも考えがまとまらないのだ。
休憩時間がそろそろ終わるので悩みながらも準備に取り掛かっているとフェルディナントが話しかけてきた。
「タツロウ君、準決勝の勝利おめでとう。見事な戦いぶりだったよ」
「ありがとうよ。でもお前には悪い結果になってしまったな」
「勝負は時の運、どちらに転んでもおかしくなかったし仕方ないことだよ」
「やっぱり兄が負けたのはまだ信じられないって顔してるな」
「はは、そりゃあね。でもぼくらは事実は認めてるよ。決勝は頑張ってね」
ここでフェルディナントの後ろからマクシミリアンが出てきた。その表情にはまだ悔しさは残っているが事実は受け止めているようで落ち着いて言葉を投げかけてきた。
「マグレでも何でも、キミはボクに勝ったんだ。決勝戦でブザマな戦いを見せたら承知しないからな」
「わかっているさ。さっきみたいに必死に食らいついていくつもりだ」
「……もっと自信を持ちたまえ」
それだけ言うと後ろを向いて離れていった。
「兄さんは素直じゃないから。あれでもキミを応援してるんだよ」
「そうなのか。まあその期待に応えられるように頑張るよ」
オレは馬に跨りながらそう言って競技場内に向かった。これで簡単に負けるわけにはいかなくなったがやれるだけはやってみよう。
場内に入ってもオレへの声援はほとんどなく変に静かで嫌な雰囲気だ。もうここまできたら気持ちの半分は悪役気分でないとやってられない。
突然ワーッと大歓声が沸き起こる。ヴィルヘルムが入場したのだ。
話し声も聞こえづらい状況の中、落ち着き払って突撃開始位置に向かっていく様子は貫禄十分で静かな圧力を感じる。
オレはさしずめ横綱に挑む平幕力士ってところだろう。でもだからこそ体裁を気にせずに戦い方を選ぶこともできるのだ。
どちらも位置に着くと決勝開始が宣言され対戦者の名前が呼びあげられた。
まだ歓声が鳴り止まないが構えて待つ。徐々に声が収まってくると反対に緊張感が膨らんできて自分の心臓の音がよく聞こえる。
そうして緊張が最高潮に達しようとしたところで開始の合図が鳴った。
オレはスタートダッシュがイマイチだった。上手くリズムを取れないまま突進していくのはマズいのだが身体が重く感じるのだ。
ヴィルヘルムは今まで通りのスロースタートで徐々に加速してくる。近づくごとに迫力が増してくるので怖いが怯まず進んでいく。
そろそろ間合いに入るかな……というところでヴィルヘルムの槍先が飛んでくるかのような突きが放たれた。
くそ、突いてくる瞬間を全然見切れずタイミングが掴めない。ここはガードに徹するしかないな。
オレの盾がガシーンと大きな金属音を響かせて攻撃を受け止める。強い衝撃を受けて身体が大きくよろめき落とされそうだ。
こうなったらやるしかない、オレは木刀を思い切り振った! がヴィルヘルムの盾に掠っただけでほぼ空振りだ。
しかしそれで向こうからの押し込みが止まり、そのまますれ違ったのでなんとか堪えきって端までたどり着くことができた。
ふう、ヴィルヘルムの慎重さに助けられたな。ここまでのオレの戦いぶりで何か仕掛けてくるかもしれないと思わせることができているようだ。
だがこれでわかったのは、やはり様子を見ながら戦えるような相手ではないということだ。
2回目の突撃で勝負をかけるしかあるまい。オレは頭の中で準備しつつ構えてスタートした。
今度はうまくスタートダッシュできた。相手のリズムが掴みづらいのでこちらのリズムで仕掛けて主導権を握るのだ。
まだ間合いには入っていないが仕掛けていく。木刀の剣先に魔力を集中し左斜め前に振り抜く……が当然空振りだ。
魔法はまだ放っていないが、向こうがこの状況でも構わず攻撃してくるか見定める。それによりこちらが次の行動を選択するのだ。
ヴィルヘルムが槍を突いてきた! オレは予め刃先を上に返していた木刀を振り上げた。
槍を跳ね上げてやった! と思ったら空振りだった。こちらの動きを読まれてフェイントを入れられてしまった。
万事休す……いやこれでオレの仕掛けは完了だ。さっき木刀を振り下ろした際にさりげなく風を纏わせておいたのだから。
ヴィルヘルムの前方に乱気流が発生してさすがに面食らってる。向こうの攻撃が止まり突進も緩くなってチャンスが訪れたのだ!
オレは全力で攻撃しにいった。盾の真ん中にクリーンヒットさせてやる!
だが捉えきれずガシンと盾の端の方に当てただけに終わった。一瞬だけ怯んだヴィルヘルムだがすぐに再加速してすれ違いになってしまったのだ。
どんな状況でも冷静さを失わず判断が早い。これがヴィルヘルムの強さの本当の理由なのだろう。
さて3回目の突撃だが、オレは奥の手を出し魔法も使ってしまった。正直打つ手がないのだが悟られないようにしないと。
さっきの攻撃をヴィルヘルムがどう考えているかを読まなければ、でないと勝機は開けない。
そして突撃を開始したオレは今回もスタートから飛ばしていく。
ヴィルヘルムは相変わらずのスロースタートだ。揺さぶりをかけることができたのか判断しづらいがそれでも仕掛けていくしかない。
オレは木刀を最初から左に振って刃先を上に返しておいた。もうこれで勝負するしかない。
ヴィルヘルムの突き! ……いやフェイントだ、これは読みどおりだ。
次が勝負、今度は突きを入れてくる。
ヴィルヘルムの右手が動くのを見て思い切り木刀を振り上げて槍を弾き返した!
……いや空振りだ。まさかの連続フェイントだった。愕然とするオレの盾を今度こそ突き入れた槍先で押し込んでくる。
2度のフェイントの後とあって威力はそれほどでもないが、それに抵抗する気力がもう無かったオレはあっという間に落馬してしまった。
「そこまで、勝負あり! 優勝はヴィルヘルム・オーエンツォレアン!」
大歓声が場内に響き渡る。遂にヴィルヘルムが前人未到の大会3連覇を成し遂げたことへの盛大な祝福だ。
そして下級貴族の優勝を許すなどというイレギュラーが起きなかったことを安堵する声も聞こえてくる。
優勝が目標ではなかったのになんか悔しいな。ちょっと視界が滲んできた。
「良い戦いぶりだった。お前は私にとって最後の試合に相応しい相手であった。この試合のことはずっと私の記憶に残るものとなるだろう」
ヴィルヘルムが声をかけてきた。そうか、もうこのあとは卒業してしまうからな。
「いやいや完敗でした。結局魔法を使わせることもできなかったんですから」
これはオレの率直な感想だ。実際に戦ってみて大きな差を感じざるを得なかった。
「そうか。それにしてもお前の家が下級貴族というのは惜しいことだ。お前の領地の諸侯……帝国皇帝は人を見る目が無いのだろう」
すみませんが、オレのオヤジをディスるのはやめてもらえませんかね? でもこの場では苦笑いでやり過ごすとしよう。
優勝したヴィルヘルムへのトロフィー授与など一連の式典が終わると大会の閉会が理事から宣言され、ようやく幕を閉じた。
「まったく、キミには失望したよ。ほんの少しでも期待してしまったボク自身のバカさ加減に腹が立つ」
クラブハウスに引き上げる途中でマクシミリアンが唐突に文句をつけてきた。
「仕方ないだろう、ヴィルヘルムは何枚も上手だったんだ。お前が戦っても同じ結果だったよ」
「マグレで勝ったクセにまだ調子に乗っているようだね。来年は完全に叩きのめしてキミに自分の分際を思い知らせる必要があるようだ」
「面白い。返り討ちにしてやるぜ」
オレは思わず来年の対戦を約束してしまった。ヤツがしつこいからだけどな、フェルディナントのやれやれという表情がすべてを物語っている。
そして寮への帰り道でクリスから祝いの言葉をもらった。練習仲間からの言葉はとても嬉しいものだ。
「マクシミリアンに勝つなんておめでとうだけじゃ足りないくらいだね。絶対に無理だと思ってた」
「え〜、それはちょっとヒドいなあ。まあいいけどね、応援ありがとう」
「わたしもこの大会を通していろんなものを得ることができたと思う。それはタツロウのおかげだよ」
「いや、オレは大して何もしてないよ」
「ううん、タツロウと練習したり一緒に過ごしてるうちに自信がついてきたし積極的に行動できるようになってきたの。とても感謝してる」
「はは、それは良かった」
「それで相談なんだけど……わたし、自分がずっと持っている想いを思い切って打ち明けようと思うのだけれど……わたしに出来るかな?」
おおーっ、コ、コレはもしかしてオレに対する遠回しの『アレ』ですかね?
まあ、3週間近く一緒に練習して頼りにしてたら自然とそういう気持ちになっても不思議じゃないよな。
前世から通算しても人生初めてのイベントが遂にやってきたのだ。いやこういうときこそ冷静に振る舞うべきだ、まずは相談の返答をしないとな。
「そうだな、今のクリスなら大丈夫さ。思い切ってその想いを相手にぶつけてみたらきっと上手くいくよ」
「ありがとう、やっぱりタツロウに相談してよかった。これで覚悟が決まったからすぐにやってみるよ」
すぐにだと!? いやまだオレの心の準備が……、ええい、どんと来いや受け止めてやるぜ!
「それじゃあ言うね」
「わたしは思い切って『同じクラスのノア君』に告白する!」
……へ? ノアに……だって?
「ここに入学したばかりの頃、友だちもいなくて右往左往してたわたしにノア君はいろいろ話しかけてくれて親切にしてくれたの」
ふーん……。
「ノア君は誰にでも優しいからなんだろうけど、それ以来彼のことが気になっちゃって。それに素朴で誠実な性格がわたしの好みなの」
「ハ……ハハハ、そうだったのか。クリスとノアならお似合いだと思うよ。なんならオレからノアに声かけてみようか?」
「本当? タツロウにはお世話になりっぱなしで足を向けて寝られないよ」
「オレたち練習仲間じゃないか、気にしなくていいよ」
ああ、もちろんこの相談はこういう話だとオレは最初からわかっていたさ、当然だろ。
かくしてオレの仲介でクリスはノアに想いを告白し、まずは『友だちとして』お付き合いすることになったのだった。良かったよかった。
オレは大会での疲労が余程溜まっていたのか、週末の2日間はずっと寮の部屋にこもってベッドの上で塞ぎ込んでしまったのだった。




