41.馬術審査
小休憩が終わり、馬術審査が始まった。
他人の演技を眺めているほどの余裕は無いが目についてしまう場面まで無理に目を背けるのもアレなので素直に見ることにしよう。
最初に出てきたやつは騎士階級のようだが……ステップをまともに踏めてないな。そんな状況でも障害に進んだが、最初の垂直障害でいきなり尻を鞍で突き上げられて吹っ飛んでしまった。
オレも練習で同じことやらかしたから笑えないが、練度不足ならオレたちのように練習すればよかったのに。
騎士階級でも乗馬が得意じゃないやつが代表を押し付けられたか、あるいはブランクがあってもぶっつけ本番でいけると慢心してたのか。
何にせよ、この大会のルールでは落馬はその時点で失格となるのであいつは脱落決定だ。
あ〜、やっぱ見なけりゃ良かったな。落ちるところを見て自分も変なイメージが残ってしまいそうだ。
あとは目を瞑って余計なこと考えないようにしよう。音も声も聞こえてくるが自分の演技を頭の中でイメージして集中力を高める。
よし、だいぶいい感じに集中できるようになった。もう少しで出番が来るしそろそろ準備するか。
そう思って立ち上がったところで客席から歓声が聞こえてきた。競技場側へ振り返ると、そこには軽やかに障害を越えていく男と馬の姿があったのだ。
順調に一つもバーを落とさずに進んでいき、バンケットも水濠も難なく突破してあとは最後の140センチ垂直だけだ。
坂を登り終えるとすぐに跳び上がる準備に入って自然な流れで跳び越えていった。バーの少し上だったが揺らすこともなくそのままゴールだ。
客席の歓声がなかなか終わらない見事な演技だった。いったい誰なんだ? 近くにマチルデがいるから聞いてみよう。
「マチルデ、さっき演技したヤツは誰なのか知ってる? すごかったよな」
「彼でしたら、私のクラスの男子代表のアンドレアス・ハーゼですわ。クラス内の騎士階級でも1、2を争う実力者ですのよ」
どおりで……。騎士階級が誰もやる気無かったウチのクラスとはエラい違いだ。
「そういえば、以前彼からタツロウのことを聞かれたことがありましたわ。私はマルコ以外の殿方には興味ありませんので何も答えてないけど」
そうですか、とりあえずありがとうとは言ったがなんか釈然としないな。
しかしアイツが何でオレのこと聞いてるんだ? もしかしてオレの隠れファンとか……いやそれはないな。何にせよ不気味な予感しかしない。
それよりも準備を始めないと。上位4人の中に入らなければリベンジもクソもないのだ。
そして準備万端、出番が回ってきた。いざ出陣! いやこの場合は違うかな。まあなんでもいいや、気合いが入れられればな!
「タツロウ、練習通りにすればきっといけるから頑張れ!」
「同じクラスの代表として敗退は許さないんだからね!」
出掛けにクリスとサンドラから声をかけてもらって気合いMAXで臨める。今なら失敗なんて起こる気がしない。
合図と共にスタート! まずは各ステップを踏んでいく。リズムに乗っていい出来だ。
そのままの勢いで障害に入っていき、垂直、オクサー、コンビネーションと次々に飛び越える。練習でもこんなにスムーズにいけたことはないくらい順調にこなしていけてる。
そして坂の上り下りに水濠も勢いを落とすことなく突破出来た。タイムは恐らく自己ベストを更新出来そうだ!
残すは最後の難関、140センチ垂直障害だ。キレイに決まれば高い得点も期待できる。今まで成功したのは一回だけだが今日は絶対いける。
直前の坂を登り馬の勢いを保ったまま最後の跳躍! よっしゃ飛び越えたぞ!
『ガッ』
おっと、大きくないがバーに当たった音が聞こえてきた。気になるがまずはゴール!
急いで振り向くとバーは揺れていたが何とか落ちずに持ちこたえていた。
ふう、危なかった! オレはほぼノーミスで演技を終えた。あとは結果を待つのみだ。
馬を返却して用を足してから戻ると、最後の代表が演技を終えるところだった。コイツもあまりミスせず演技終了……4人に入れる自信はあるが結果を聞くまではやはり落ち着かない。
しばらくするとワグナー先生が台の上に登った。いよいよ成績発表の時間だ。
まずは4位から……呼ばれなかった。4位滑り込みを想定していたオレは一気に不安になった。ヤバい、大丈夫かな。
続いて3位発表……頼む、呼ばれてくれ……!
「3位 タツロウ・タカツキー」
よしキタ!! こんなに嬉しかったことはないと思えるくらいにオレは喜びの感情を出してしまった。
想定以上の結果はもちろん嬉しいが、やはりリベンジできる機会を手にした喜びが大きかったのだ。待ってろよマクシミリアン。
そして同時に観客席からは大きなどよめきが起きていた。ノーマークの平貴族が3位という想定外の事態にある意味当然の反応だがこれはこれで心地よく感じるのだ。
但しウチのクラスの連中までどよめいていたことについてはオレは決して忘れないだろう。
ところで1位は誰なんだろうか。やっぱりあいつか。
「1位は、アンドレアス・ハーゼ!」
観客席から大きな歓声が上がった。まあ、誰もが納得いく演技内容だったし当然だな。
でも明日のトーナメントは競技の種類が違うし、今日の結果がそのまま通じるとは限らない。アイツに当たることがあればもちろん全力で勝ちにいくまでだ。
これで男子は終了となり、しばし休憩の後に女子の競技が始まる。クリスは必要以上に緊張とかしてないか、ちょっと声をかけてみるかな。
「クリス、調子はどう? ちょっと緊張してるように見えるんだけどさ」
「あ……タ、タツロウ、予選通過、お、おめでとう。すごく、いい演技だったよ」
駄目だ、心配した通りになってる。何とか緊張を解かないと練習の成果が発揮できないぞ。
「ありがとう。これもクリスが仲間として一緒に練習してくれたおかげだ。だからクリスも普通にやれば完走なんて訳無いよ」
「そうかな……そうだよね、一生懸命やったんだから大丈夫だよね、ハハハ」
まあちょっとはマシになったかな。あとは自分で頑張ってもらうしかない。オレにできるのはせいぜい演技を見守るくらいだ。
「やったじゃないタツロウ! 3位で予選通過だなんてたいしたものよ!」
サンドラに後ろから声をかけられたと同時に背中をバシッと思い切り叩かれた。祝福してくれるのは嬉しいけどもうちょっと手加減しろよな。
「ありがとう。今度はサンドラの番だ、キッチリ予選突破しろよ」
「はぁ〜!? あたしは1位通過狙ってるのよ、突破するのは当然の話」
なんだかよくわからんがすごい自信だな。あとで演技を見るのが楽しみだ。
そんなこと言ってる間に女子の演技が始まっていた。知り合いの中ではマチルデの出番が最初で、もう間もなくだ。
そのマチルデだが馬術の腕前はどの程度なんだろう。普段はそういう話は絶対しないから今だに謎なんだよな。
その演技内容は……ゆったり動いてるようでステップも障害もソツなくこなしていく優雅さを感じるものだった。
タイムは最速ではないが当然のようにノーミスでフィニッシュ。高い乗馬テクニックの持ち主だと思う。
しばらくして今度はサンドラだ。マチルデとは対照的に躍動感ある演技が持ち味で、タイムはここまでで最速だ。
ただバーは落下は無いが掠って揺れることが2回あり、テクニックはマチルデの方が上手だと思う。
さらに何人かが演技して、ようやくクリスの出番が来た。馬に乗って出番待ちの彼女を見ると、緊張はだいぶ解けたはずだが今イチ浮かない顔つきだ。
ふと観客席の方を見ると、ノアのいる聖職者クラスと思しきグループがあまり盛り上がってない。
ノアと何人かの男子は応援する準備が出来てるが、それ以外の、特に女子はみんな談笑してたり本を読んでたりとか応援する様子が見られない。
どうやらクラスメイトの応援が期待できないのが原因らしいな。上手くいくかわからないがもう一度声をかけるか。
「クリス、クラスメイトたちにキミがどれだけ出来るようになったか見てもらおうよ。もともと完走が目標なんだし、今の時点で一番いい演技をすればいいじゃない」
「……そうだね、お陰で吹っ切れたよ。ありがとう、タツロウ!」
ようやく演技に集中できてる顔つきになったな。馬はクリスと一番仲の良いヤツだしこれで大丈夫だろう。
そしてクリスの出番となった。競技場に出てまずはステップを踏んでいく。どことなくぎこちなさはあるが間違えずにこなせた。
次に障害へと入っていく。タイムは遅いが確実にこなしていき、垂直はノーミス、オクサーとコンビネーションで一本ずつバーを落としたが演技自体に問題はない。
あとは後半の障害を残すのみ。バンケットの登り降りは無難にこなし、ここで苦手の水濠だが、ここもバランスを崩すことなく越えていった。
そこから一気に坂を駆け上がり最後の垂直を飛び越える……残念、バーは引っ掛けて落としたが惜しかった。そのまま無事ゴールにたどり着くことができた。
やったなクリス、完走達成だ! 練習を始めた頃を思い返すとよくここまで頑張ったよ。
ここでまた観客席の聖職者クラスグループを見てみると、男子はだいぶ盛り上がっていた。
女子の方は……予想していたであろう結果と違うせいか大半が茫然としている。でも中には拍手をして健闘を称えている女子も少数ながらいるようだ。
どうなるかはわからないが、これまでよりはクリスとクラスメイトの関係はいい方向に向かうんじゃないかな。もちろんあとはクリス次第だが。
最後の女子の演技が終わり、いよいよ成績発表だ。一応女子全員の演技を見せてもらったけど、サンドラとマチルデの実力は上位レベルだと思う。
4位、3位と呼ばれていきあとは上位2名を残すのみ。もしかして2人でワンツーフィニッシュだろうか?
「2位は……該当者なしです」
シャイナー先生の発表に観客席からどよめきが起こった。2位がいないってどういうことだよ。
「1位は点数が同じ2人で分け合ってもらいます。該当者は……アレクサンドラ・リンデンブール及びマチルデ・シュヴァルツベルクの2名です」
そういうことか、驚いたなもう。つまり2人の決着はトーナメントでの結果に持ち越しとなったわけだ。
オレは2人に予選突破を祝福したがどちらも突破は当然のことで単独1位を取れなかったことを悔しがっていた。オレからしたら贅沢な不満だが2人の事情もあるししょうがないか。
クリスには無事完走おめでとうと声をかけておいた。その時の笑顔はこれまでで一番嬉しそうなものだった。
ここでまたワグナー先生が台に登ったが馬術審査の閉幕挨拶かな……と思ったが違うことだった。
「それでは、これより爵位家ご子息方にて馬術演技を披露していただきます。皆様御声援の程よろしくお願いいたします」
観客席から歓声と拍手が沸き起こった。いつの間にか貴族風衣装の観客が増えて満員近くなってる。
ああ〜、そういうことか。結局オレたちの演技は前座に過ぎなかったってことだ。大会初日は爵位持ちたちのエキシビジョンの方がメインイベントというわけだ。
まず一番手として出てきたのはマクシミリアンだ。相変わらずのキレのある動きで演技をこなしていき、最後の垂直も余裕でクリアーだ。
悔しいがさすがの演技内容だった。結局馬術競技ではオレはヤツに勝てないままになってしまった。
次はマグダレナの登場だ。こちらは一転して華麗な演技で観客を魅了する見事なものだった。特にステップは馬と一体となってまるでバレエを踊っているかのようだった。
最後はヴィルヘルムが出てきたか、真打ち登場って感じだな。
と、ここで引き上げてきたマグダレナとヴィルヘルムがすれ違いになったが、マグダレナは思いっ切り顔をプイと背けたのだ。対してヴィルヘルムは顔を伏せ気味にして目を逸らしてる。
コイツら公衆の面前でもこんなことするくらい仲悪いんだな。
ヴィルヘルムは帝国北東の大諸侯オーエンツォレアン家嫡男でマグダレナは同じく有力諸侯のヴェッティンベルク家長女だ。
クリスから利いた話ではヴェッティンベルク家は男子に恵まれず、このままであれば三姉妹の長女であるマグダレナが跡継ぎになるそうだ。
マグダレナならそこいらの男子よりよっぽど上手く領地経営出来そうだが、領地が隣り合わせの両家が代替わりした途端に戦争でも起こしそうな雰囲気だな。
国境付近の有力諸侯が争えば周辺の異民族に付け入るスキを与えかねない。仲良くしてほしいが今のオレに何かできることは……残念ながら思い浮かばないな。
余計なこと考えてるうちにヴィルヘルムの演技が始まっていた。力強くて規律ある演技は別格としか言いようがない。
観客も演技中は静かにしていたが終了とともに割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こったのだ。
こうして大会初日は幕を閉じた。寮に帰ったオレは疲れて眠いのを我慢して明日のトーナメントで取るべき戦略と戦術を必死で考えたのだった。




