39.大会直前
マクシミリアンに負けてから3日経過した。
馬術競技大会の開催日はいよいよ今週末の前日、つまり明後日に迫ってきた。
2日間に渡って開催される大会だが、初日は下級貴族への技能審査で事実上の予選扱いだ。
2日目の『トーナメント』は2人ずつの組み合わせで突撃し合い相手を突き落とした方が勝ち上がって優勝を争う。
そして今日が練習できる最終日だ。明日は馬をみんな休息させるそうだ。
というわけでオレとクリスは最後の仕上げや課題のクリアのために練習に励んでいる。
「クリスはまだ越えられない障害はあるの?」
「あるよ……バンケットの坂を降りたあとの柵、それに最後の垂直障害」
「最後のはまあ仕方ないけど、もう一つは何が原因なのさ? 柵はそんなに高くないから跳び越えるだけなら大丈夫だと思うけど」
「坂を降りてきてスピードがついた状態だと怖くて踏み切るタイミングが掴めないの。それに柵の向こうは水濠だし」
「水濠に落下するのが怖いってこと?」
「それも確かに怖いけど、わたしのせいでお馬さんが怪我でもしたらと思ったら跳ぶのが怖い」
なるほどね、あそこの柵は固定されてるから馬が脚を引っ掛けると馬も転倒の危険があるのが気になるということだな。
「ここの馬たちはよく訓練されてるしこのコースには慣れてるから騎手がよほど変なことしなければ問題なく越えられるよ」
「う〜ん、そうなんだけど……」
不安なのはわかるんだけどこのままだとかえって危ないなあ。ここは少し厳しく言うことにしよう。
「慎重なのはいいことだけど、騎手が怖がっちゃうと馬が余計に不安になっちゃうよ。むしろ馬はあれぐらいの障害はちゃんと跳んでくれると信じるべきかもね」
「……タツロウの言うとおりだと思う。ありがとう、なんだか勇気が湧いてきた気がする」
「それじゃオレが先に跳んで見せるからそれを見て跳ぶタイミングを掴んでくれよ」
オレは馬に跨りバンケットの登り坂からコースに入る。そして彼女の見ている前で颯爽と柵を跳び水濠を越えていった。
「どう、柵越えいけそう?」
「うん、タイミングはわかった。あとはわたしの場合もう少し坂を降りるスピードを落とせたらいいんだけど」
「予選通過とか考えずに完走が目標なら、下り坂に差し掛かる前にスピードを落としておけば勢いを抑えられると思う」
「ありがとうタツロウ。その通りにやってみるよ」
クリスも馬に乗ってバンケットを登っていき、下り坂手前で速度を落としてから降りていく。
思った通りに勢いを抑えられてる。あとは柵を越えるだけ……うまく越えた!
そのまま水濠も越えればゴールまであと少し……と思ってたらクリスはバランスを崩し落馬してしまった!
助けに行かないと。オレは急いでクリスに近づいていく。
「大丈夫か、クリス!」
「アイタタ……うん、大丈夫、ちょっと落ちちゃっただけ。それよりお馬さんは?」
ケガはなさそうで良かった。自分より馬の心配をするのはまあクリスらしくもある。
馬はどこだと探そうとするとその馬がクリスのところへ心配そうな様子で戻ってきていた。
コイツ、確か俺が乗っててふっ飛ばされたときは知らん顔してたくせに、馬は人によって態度変えるんだな。
自分で立ち上がって馬の首筋を撫でにいくクリスを見ると、もう大丈夫だろうと思う。とりあえず完走はなんとかいけそうだ。
あとはオレ自身のことだが、初日の馬術競技には爵位持ち連中は参加しないので、マクシミリアンにリベンジを果たすには2日目のトーナメントで勝ち上がる必要がある。
といっても馬で突撃し合う競技なんてやったことないしどうしたものか悩んでるのだ。
使用できる武器とか魔法について何もわからなかったのでいろいろ聞いてまわってやっとルールを把握することができた。
まず武器だが殺傷能力が無いものであれば先を丸くした槍でも木刀でも何でも構わない。
魔法も殺傷能力が無いものを1試合に付き1回使用できる。
で、試合のやり方だが大雑把に言えば互いに突進してすれ違いざまに相手の盾に攻撃して馬から落とせば勝ちだ。ただし魔法で直接相手を落とすのは反則だ。
まずは武器を何にするかだよな……と言ってもオレは槍とか使ったことないし事実上は木刀一択だ。でも明らかにリーチで不利だしなあ。
となると魔法の使い所が重要だ。
そうだ、落とされそうになったら飛行魔法使えばいいじゃん。風属性最高! と思ったが確認するとそれは一発退場の反則行為だった。
まあそりゃそうだよな、あくまで馬術大会だもんな……。どの魔法をどういう場面で使うか知恵を懸命に絞り出すとしよう。
逆に相手に魔法を使われた場合の対応も考えないといけない。もっと前から考えとけばよかった……のだがこれまで大会で勝ち上がること自体考えてなかったし。
まあ泣き言ばかり言ってても進まないのでやれるだけのことをするだけさ。
さて、そろそろ練習時間が終了だ。馬を返却して最後の馬房掃除だ。キツかったがこれで終わると思うと寂しく感じる。
それならこれからも掃除だけ志願すればいいだろうって? それは丁重にお断りします。
掃除も終えてオレはクリスと話しながら寮へ戻る道を歩いている。このささやかな楽しみもこれでもう終わりなんだな。
「タツロウは大会で優勝を目指すの? 練習を始めた頃に比べると目つきも意気込みもだいぶ変わったなと思う」
「いやそこまでは考えてないよ、ヴィルヘルムには勝てると思えない。オレの望みはマクシミリアンにやり返すことだけさ」
「そう、かなり厳しいと思うけど頑張ってね。練習仲間としてわたし精一杯応援するよ」
「はは、手厳しいな。でもその予想を裏切ってやるから」
「それは楽しみ。ぜひ裏切ってほしいな」
「クリスはやっぱり完走が目標なのかい?」
「そうだね、ここまで出来るようになっただけでも十分だからそれ以上を望むのはやめておく」
「それでいいんじゃないの。クリスはここまで頑張ったと思うよ、初めて会った頃に比べると自信も出てきて表情も明るくなったしね」
「それはちょっと恥ずかしいです……あ、女子寮に着いちゃった。それじゃあ大会の会場で会いましょう」
クリスが行ってしまったあと、オレは一人で男子寮までトボトボと歩いて戻ったのだった。




