38.高さ勝負
障害競技の練習を始めてからもう数日経った。
週末までは結局ヴィルヘルムに連日シゴかれ……もとい特訓してもらい、おかげでコースをひと通り回れるようになった。
あとはより早くスマートに出来るように磨いていくだけだ。予定より早く進められたことには感謝しかない。
ただ、オレの正体を知っていたらここまで面倒みてくれたかと考えると複雑な心境だ。
クリスもマグダレナの指導で垂直障害は問題ないくらいになったが、オクサー障害はほとんど毎回バーを引っ掛けてしまう状況だ。
垂直とかオクサーって何だよって?
垂直障害は一組だけの支柱とバーの障害、つまり普通にハードルとしてイメージされるヤツだ。
オクサー障害は二組のハードルを並べたものでバーとバーの間に少し幅もあるので高さだけでなく幅も十分に跳ぶ必要がある。
他にも障害はあるがオクサーが跳べればあとはなんとかなるだろうから、これがクリスの最優先課題だ。
そして今日は週明けで練習再開だ。ヴィルヘルムもマグダレナもいないので指導役はいないが、これまで修得した範囲で練習するならと先生から許可をもらえたのだ。
オレは早速コンビネーションの練習から入った。これは要するに連続してハードルを跳んでいくという障害だ。
最初がうまく跳べないと後のもうまく歩幅が合わせられないので特に集中力が必要だ。まず一つ目、そして次、また次……今回はリズムよく跳ぶことができた。
それから単発のハードルを挟んでこのコースの終盤に設けられてる障害に臨むことにする。
まずはバンケット、つまり小さな丘のような場所で少し急な坂を登っていく。これだけでも馬には結構な負担だがここからが大変だ。
頂上の少し平坦なところで柵を越える。柵の高さは低いのだが固定されているので引っ掛けると人も馬も転倒する危険があり、ここでも気を抜けない。
そのあとは下り坂を降りるのだが、ここでスピードを出し過ぎると坂のすぐ下にある障害を越えにくくなるので馬のコントロールが難しい。
そして降りた先にまた柵があるのだがこれも要注意の障害だ。なぜなら柵の向こうに水濠が設けられてるのだ。
柵を越えると幅3メートル以上はある水濠に馬の脚が取られる。深さは人の足首より少し上くらいだが着地で滑らないように気を使うし馬も体力を消耗する。
ここの馬は訓練されてるのでたぶん大丈夫だが、馬によっては水濠に入ることを嫌がるので意外と難易度は高い。
水濠を越えるとまた少し坂を登り、最後に垂直を一つ越えればようやくゴールだ……がこれが最後の難関でもある。
ここの競技場のバーは基本的に高くても130センチで設定されてるが、ここだけ140センチなのだ。馬が体力を使ったあとにこれは地味にツラい。
もちろん飛び越えられなくてもバーが落ちるだけなのだが、やはり最後の障害をキレイに越えるのとそうでないのでは審査の印象も変わってくるし、なかなかいやらしい設計だと思う。
とりあえず最後までフィニッシュは出来たが、時間がかかったし最後はバーを落としてしまったので出来としてはイマイチだ。
馬も疲れてるので下馬してしばらく休憩するか。それで気を抜いてるところに聞いたことがあるが聞きたくない声が聞こえてきた。
「やあタツロウ君、練習をガンバっているじゃないか。でも見たところキミの実力はまだまだボクに遠く及ばないようだけどね」
出たなイヤミ子爵! とにかく一言話す度に何かイヤミを言わずにいられないのかオメェーはよぉ!
「やあ久しぶりだねタツロウ君、また会えてぼくは嬉しいよ」
弟のフェルディナントだけならいつでも歓迎なんだけどな、兄のマクシミリアンとは正直あまり顔を合わせたくない。
「なんだよ、そっちも練習かよ? 競技場は広いしそっちの練習を邪魔する気はないからイチイチ絡んでこなくてもいいだろ?」
「ボクも別に絡む気はないよ。練習はそちらと重ならないように調整するしね。だけどあそこまで出来るとは意外だったのでね、マトモに垂直も越えられないと思ってたのに」
コイツどこまでオレたちをナメてんだよ。とにかく話す度に腹が立ってしょうがない。
「お前と違って親切な先輩にご指導していただいたんだよ、先週に。まあ無くてもオレは出来てたけどな」
いきなり馬に吹っ飛ばされたというのはナイショにしておこう。でないとイヤミを散々聞かされるだけだ。
「え、誰なのその先輩って。ぼくが先週見かけたのって確かあの方たちだけどまさか……」
「そのまさかだよフェルディナント。ヴィルヘルム先輩とマグダレナ先輩だ」
「……キミたちが、あの人たちに相手してもらえるなんてね……面白い。見せてもらおうか、そのご指導の成果とやらを」
なんだかどこかで聞いたセリフ回しだな。まあキザなヤツが言うセリフなんてどこの世界でも同じようなものなんだろう。
「それでどうやって見せるんだよ。また勝負するのか?」
「そうだな、こういうのはどうだろう? 垂直で相手より高く跳べたほうが勝ちというのは」
「いいぜ。それで今回は何を賭けるんだ?」
「ボクがもし敗れることがあれば大会への出場を辞退する」
うわっ、いきなり思い切った賭けだな。余程自信があるのかそれともハッタリなのか。
「いいだろう、オレだって負けたら辞退するよ」
「キミはいいよ別に。どうせボクが勝つに決まってる」
「ふざけるな、片方だけ賭ける勝負なんてあるものか!」
「まあ好きにしたまえ。で、内容だがこのゴール前の上り坂からスタートして最後の垂直を跳ぶ勝負としよう。最初は140センチからでいいかい?」
実はまだ140センチは完全に越えたことはないのだが、今回はその手前からショートして行くのでなんとかなるかもしれない。
「それじゃオレから行かせてもらう」
馬に跨り坂の下まで歩いて行く。徐々にスピードを上げてから坂を登っていく。なかなかいい感じで垂直のところに行けそうだ。
いよいよ垂直が目の前だ。今回は完全に越えるぞ、そらっ!
「すごいよタツロウ君、一発でバーに引っ掛けずに越えちゃった!」
垂直の横で見ていたフェルディナントが叫んだ。社交辞令もあるだろうけど初めて越えられた喜びもあって素直に嬉しいぜ。
さて、マクシミリアンはどうするかな。同じのを跳ぶのか、はたまた小刻みにバーを上げてくるのか。どちらにしろオレが一発で越えたことでプレッシャーがかかるはずだ。
「フェルディナント、バーを160に上げてくれ! ソレを一発で越えられなければボクの敗北で構わない」
さすがにフェルディナントも『えっ、本当に?』といいたげな表情でマクシミリアンの方を見たが、訂正は無かった。
それにしてもいきなり20センチも上げるのかよ、正気とは思えない。160センチは帝国でも上級者レベルの大会で適用される高さのはず。
もしかしたらオレがビビって降参するのが狙いだろうか、それならあてが外れたな。ヤツの無様な負けっぷりをじっくり眺めるとしよう。
しかしフェルディナントは粛々とバーを160センチまで上げ、そしてマクシミリアンは躊躇なく馬を駆け出した。
坂を一気に駆け登って流れるような動作で馬を跳ばせ、十分な余裕をもってバーを越えていく!
「兄さんすごい! いつの間にこんな高さを跳べるように!」
フェルディナントの賛辞が場内に響く。完璧とも言える跳躍、まさに人馬一体でヤツは160センチをクリアしてしまったのだ。
「まあまあ上出来だな。キミはどうする? ここで降参するなら賭けは無かったことにしてあげるよ」
「うっせーな、オレだって跳んでやるよ!」
啖呵を切ったものの、跳べる自信なんて全くない。でもやるしかないんだ。
見かねたクリスが思いとどまるように言ってきたが、オレは振り切るように馬に跨り再度坂を駆け登っていく。
もうすぐ垂直だ。果たしてオレに跳べるだろうか。いや、気合いをMAXに入れればなんとかなるさ!
しかし馬のほうがオレの自信のなさを感じ取ったのか、バーの手前で突如横を向いてしまい急停止したのだ。オレはバーの向こう側へ吹っ飛ばされてしまった!
「イ、イテテテ……」
「ハッハッハ、キミにはそうやって地を這う姿がお似合いさ。これでわかっただろう、キミとボクとの実力差が」
クソッ、悔しいが今回は何も言い返すことができない。
「心配しなくても賭けは無かったことにするよ。この実力差じゃあそもそも賭けにならないからね」
オレは俯いたままで黙って聞いてる。
「まあ大会に出場しても恥はかかない程度には上達しているから安心したまえ。あとは予選突破出来るように精々頑張りたまえ、ハッハッハ!」
「タツロウ君、そんなに落ち込むことはないよ。校内で140センチ跳べれば十分すごいことなんだからさ、胸を張っていいとぼくは思うよ」
イーガルブルク兄弟は言うだけ言って向こうへ行ってしまった。
「タツロウ、わたしもフェルディナントさんの言うとおりだと思うよ。だから辞退するなんて言わないで。せっかくここまで一緒に頑張ったんだから」
クリスの慰めのおかげで少しは冷静さを取り戻せた。本当に悔しいが今の実力差はイヤというほど痛感した。
大会まであまり日にちは無いが、とにかくできる練習を積み重ねていこう。大会でちっとはヤツを見返してやるためにな。




