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名ばかり皇帝の跡継ぎに転生させられたけど、オレはこのまま終わるつもりはない  作者: ウエス 端
馬術競技大会編

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37.辺境伯

 あのイヤミ男との勝負から1週間が過ぎた。


 週末と休息日は練習出來ないので決して早いペースではないが、オレもクリスもだいぶ感覚を取り戻してきた。


 オレはそろそろ障害競技の練習に移りたいんだけどな。先生たちに相談してみるか。


「ワグナー先生、障害競技の練習をやりたいので芝の競技場の使用許可をもらいたいのですが」


「そうだね……タツロウ君はどれくらいやったことあるのかな?」


「一応ひと通りはあります」


「ハードルを飛び越えるのは全然問題無いですか?」


「いや、そこまでの自信はないです。だから練習したいので」


「そうだね〜、それじゃ今日練習することを許可しましょう。丁度芝の競技場で練習する学生がいますので、気にかけてもらえるよう話しておきましょう」


「それってもしかしてイーガルブルク子爵家の息子ですか?」


「いえ違います。身分としてはもっと上ですが、面倒見の良い人物ですよ」


 上ということは伯爵家の子息か。でもアイツじゃなければ別に構わないよ。


「ところでクリス、あなたはどうなの? どれくらい障害競技の経験あるのかしら」


「わたしは、その、障害競技は全然やったことないです、シャイナー先生」


「それはちょっとマズイわね。じゃあこちらは気にかけるというか面倒見てもらえるように頼んでおきましょう。私たちは原則として馬術の授業を選択している学生にしか指導できない契約なのよ」


 先生に指導してもらえないのか〜。つまり練習してる学生に指導してもらうわけだが、今日は女子もいるということか。どんな人なのかちょっと興味あるな。


 オレたちは着替えて馬を受け取りに行き、そして初めて障害競技用の競技場に入った。芝の柔らかい踏み心地が気持ちいい。


「ねえタツロウ、ハードルを飛び越えるのとか怖くないの?」


「最初はやっぱり怖いよ。でも段階的に練習すれば大丈夫だよ。あとは自信持って乗ることだね」


 話してるうちに別の入口から数人の男のグループが入ってきた。


 その中心を歩く男は……なんか見たことあるな。そうだ、練習初日にクラブハウスの通路ですれ違ったグループの先頭を歩いていたヤツだ。


 グループはこちらに気づくと方向を変えてこちらに向かってきた。とりあえず馬に乗らずに来るのを待つ。


「君か、ここで練習をしたいというのは。顔はこの前見かけたが、まずは所属と名前を教えてもらおうかな」


 近くで改めて見ると、直線的で力強い眉毛にキリッとした目元で全体的に凛々しい印象だ。


「アーベル先生の教室所属の1年、タツロウ・タカツキーです」


「私はヴィルヘルム・オーエンツォレアン。3年だ。私も大会に出場するのでよろしくな」


 オーエンツォレアン家……思い出した、帝国の北東方面に領地を持つ大諸侯じゃないか。そしてその称号と爵位は『ブランケンブルク辺境伯』だ。


 辺境伯というと片田舎に閑職を割り当てられた貧乏貴族のように思う人もいるだろう。そういうオレもそう思ってたしね。


 そのイメージ通りの場合もあるが、ここで言う『辺境』とは片田舎ではなく異民族や国家と国境を接した戦いの最前線、係争の地だ。


 帝国からそんな領地を割り当てられる貴族とは武力に秀でた前線司令官、つまりバリバリの武闘派なのだ。


 そして時代が過ぎるとそういった貴族は諸侯化して『辺境伯』という新たな爵位を名乗るようになった。ちなみに順位は通常の伯爵より格上で侯爵とほぼ同等。


 そしてこのブランケンブルク辺境伯のもう一つの称号は『選帝侯』だ。


 まさかこんなところで選帝侯の子息と関わりになるとはな。オレの正体はバレないと思うが言動は慎重にしないと。


「どうしたのだ? 急に黙り込んで」


「あ、その、上級生かつ上位の爵位家の人を目の前にして緊張してしまって」


「そのようなこと、学校内であまり気にせずとも良い。必要な礼儀さえ出来ていればな」


 さすが選帝侯の子息と言うべきか、細かいことは気にせず器の大きさを感じさせる。何処かのイヤミ子爵とはえらい違いだ。


 ただ、本当に気にしないのは無理そうだけど。なぜなら後ろの取り巻き連中が苦々しげな表情でこちらを睨んでるからだ。


「では最初にどの程度の実力か私に見せてもらおうか。あそこにある低く設定したハードルを超えてみせてくれ」


 ヴィルヘルムの話し方はかなりぶっきらぼうなものだ。オーエンツォレアン家は質実剛健の家風と聞くがその評判通りといったところか。


「そのような相手にヴィルヘルム様がお手を煩わせることはありません」


「私が適当に指導しておきますのでどうぞこちらへ」


 やっぱり取り巻きの横やりが入ったか。まあフォローしてもらえるなら何でもいいよ。


「この件は私が先生より直接依頼を受けたのだ。自分で責任を持って行う。お前たちはひとまず下がって良い」


 エラそうにするどころか結構義理堅い男だな。思ってたよりも楽しい練習になるかもしれない。


「わかりました。ブランクはありますがあれくらいなら大丈夫です」


 オレは馬に跨り目標のハードルまで回り込んでいく。え〜と超え方は、飛ぶ前に鐙を踏んで前傾姿勢気味で立ち、腰を浮かせてハードルの先に目線を置く、で良かったかな。


 よしジャンプ! うまくハードルを越えたぞ……と思ったところで尻に衝撃があり突き上げられて前方へ大きく跳ね飛ばされてしまった!


「キャー!」


 クリスの悲鳴が聞こえる中、俺の身体は地面に叩きつけられた。クソ、イテテテ……。


「立ち上がったあとの姿勢が悪かったのが原因だ。背が曲がり腰が十分に浮いておらず、鞍の後部に跳ね上げられたのだ」


 そうか、やっぱり忘れてることがあったんだな。的確で端的な指摘はありがたい。


「ちょっと、そこどいてくださるかしら? 邪魔なんですけど」


 突如として女性の声がヴィルヘルムのグループ後方から聞こえてきた。どけってまさかヴィルヘルムに言ってるのか?


「お前か。練習するのなら他に空いてる場所はあるだろう」


「わたくしはそこのお嬢さんに用があるの」


 クリスに用事ってことは、先生から頼まれた学生ってことか。しかし何者だこの女性は?


「わ、わたしがクリスティーネ・ベルリナです。今日は御指導のほどよろしくお願いいたします」


「わたくしはマグダレナ・ヴェッティンベルク。アウストマルク辺境伯の長女です」


 また辺境伯かよ! どおりでヴィルヘルムにタメ口聞けるわけだ、同格だもんな。


 で、アウストマルクは確か帝国の東側でブランケンブルクと隣り合わせだったはず。だからコイツら仲が悪いんだな。


 ちなみにマグダレナは金髪で少し縦ロールが入った髪型にキツめの目元とパッと見で優しそうには見えないがクリスの指導役にはどうだろうか。


「マグダレナさま……?」


「堅苦しい挨拶はもういいわ、クリス。さあ、早く向こうに行って練習しましょう」


 さっさと向こうの取り巻き連中のいる場所に連れて行ってしまった。オレには心の中で応援するしか出来ないが頑張れクリス。


 そしてオレはヴィルヘルムたちの練習に参加する形でハードルの跳び方を何度も練習した。


 馬にふっ飛ばされたり厳しい指摘を受けたりしてヘコみそうにもなったが、練習が終わる頃には飛ぶだけならほとんど成功するまでになったのだ。


「タツロウ、今日は頑張ったな。この調子で上達すれば大会で私を脅かす存在になれるかもしれんぞ」


 さすがにそれは無理かな……。なんせヴィルヘルムは大会2連覇して今年は史上初の3連覇を狙ってるそうだ。


「いえいえ、まだまだです。次に練習参加するときはよろしくお願いします」


「また来いよな、おれたち待ってるぞ」


 なんだか学校の部活で威厳あるキャプテンに鍛えてもらったような感覚だ。そしていつの間にか仲間の一員になったかのように取り巻き連中とも意気投合してしまった。


 ヴィルヘルムは間違いなく持って生まれたカリスマがある。ああいう男が人の上に立ってまとめることができる人間なんだろうな。オレはちょっと複雑な感情を抱いてしまった。


 さて、あとは馬房掃除の手伝いに行こう。クリスと待ち合わせて馬房に向かう途中でお互いの状況を報告し合う。


「マグダレナさま……早くまた会いたいです」


「そんなに素晴らしい女性だったのかい?」


「もちろん素晴らしい方だけど……それだけでなく、実はわたしアウストマルク辺境領出身なの」


「同郷だとはね。じゃあ前から知ってたの?」


「ううん、わたしはお名前を知ってただけ。だけどお祖父様のことを覚えていてくださって、それで話が盛り上がってしまって」


 そういえば先代までは男爵位持ってたけど今は落ちぶれたとか言ってたな。でもこんなところで出会うなんて運命的とも言える。


「丁寧にご指導していただいて、少しだけど確実に上達したって思えるの。もう、マグダレナさまのために頑張ろうって気になっちゃう」


 もう完全に心酔モードだな。まあそれはクリス自身のことであってオレがどうこういう筋合いはない。


 とにかくこれで障害競技の練習に目処が立った。選帝侯と関わりができたことはやはり気にはなるが、今は大会で予選を突破してあのヤロウに勝つことにだけ集中しよう。

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