36.舐めプしやがって
「それで、その簡単な勝負とやらは何するってんだよ?」
「キミもスラロームの練習くらいやったことはあるだろう。それで勝負するのさ」
なんか拍子抜けするくらい簡単なやつだな。しかしそれだけに基本的な技術の差がモロに影響してしまう。
「だから言っただろう、キミでも出来るって。まさかとは思うが出来ないとは言うまいね?」
「もちろん出来るに決まってる。つまりスラロームでより速くゴールしたほうが勝ちってわけだな」
「その通り。キミの頭でもこれくらいはわかったようだね」
ホントいちいちムカつく野郎だ。コイツの脳ミソは全部イヤミで出来てるんじゃないのか?
「すまないがフェルディナント、コーンの用意と審判を頼めるかな。まあ審判など不要なくらいに差がつくだろうけどね」
「ちょっと待てよ、審判が弟じゃそっちが圧倒的に有利じゃないか!」
「タツロウ君、ぼくは誓って公平に審判するよ、たとえ片方が兄さんでも」
フェルディナントはそう言うが、やはり信じきれない。その思いが顔に出てたのか、マクシミリアンが提案を出してきた。
「そうだな、それではキミに5秒のハンデをやろう。それでも負けたら審判が誰か以前の問題だろう?」
「いいだろう。あとでハンデ取り消しとか泣き言言うなよ」
ムカつくがここは勝つことが重要だ。舐めプしたことを後悔させてやるぜ。
◇
「準備できたよ2人とも。勝負を始めてもいいかな?」
「ボクはいつでも問題ない」
「オレもいいぜ」
スタートラインに着いてから頑張ってくれよと思いを込めながら馬の首筋を撫で、そして乗った。
馬もそれに応えて気合いがみなぎってる気がする。勘違いかもしれないがそれぐらい集中してるのだ。
「よし、それじゃ用意……スタート!」
フェルディナントの合図とともに駆け出してスラロームで進んでいく。これまでやった中で一番スムーズに出来てると思うくらいに調子がいい。
そうしてるうちにもうすぐ5秒経過だ。思ってたより多くの差をつけることが出来たし今ごろマクシミリアンは後悔してるだろうな。
「5秒経ったな。ボクも出るぞ!」
ヤツの声が聞こえてから後ろをチラ見すると、すごい速さでドンドンこちらとの差を詰めてくる。スラロームはまさにヌルヌル動くという表現がピッタリだ。
「そらそら、もうすぐ追いついてしまうぞ。やっぱり勝負にすらならないようだね」
ヤバい、本当にあっさり追い抜かれそうだ。こちらもスピードを上げたいが、どうしても外側への膨らみを抑えきれない。どうしたら……。
いやここは落ち着いて地元で習ってた時のことを思い出そう。確かスラロームのポイントとして言われてたのは……。
まずは上体の姿勢を真っ直ぐに保つこと。
次に曲がる内側の腰を少し前に出す感じで脚をやや前に出して馬の腹を圧迫し曲がる指示を出す。
脚の動きと同時に曲がる外側の手綱を緩めて内側は動かさない。
そしてこれらをやってみると、自然と内側に体重が乗って曲がりが鋭くうねりも減速もかなり減少した。
タイミングよく続けてやるのは大変だが、何とか最後まで頑張るぞ。
「もういい加減諦めたまえ、もはや実力の差は歴然だ! (ん、さっきまでよりも差が縮まりにくくなってるな。少々本気を出すか)」
マクシミリアンがまた挑発してきたが構わず突き進む。明らかに差が詰まる速度が遅くなってるのに諦められるかってんだ。
もう少し、もう少し頑張れば先にゴールだ。ヤツも急いで追いついて来たがギリギリかわせそうだ。
フィニッシュ! ほぼ追いつかれかけたが鼻先でかわせたかな。
「フェルディナント! どちらが先にゴールしたんだ?」
ヤツが弟に確認を入れる。公平に審判すると言っていたがどうなんだろうか。
「う〜ん、ぼくの肉眼では同時にゴールしたようにしか見えなかったな。つまり、兄さんとタツロウ君は引き分けだね」
いやいや、オレのほうが鼻先だけ先にゴールしただろう! と言いかけたが、ハンデをもらってる側としては文句言いにくいので結局は堪えることにした。
「フッ、まあいい。途中まではどう見てもド素人の動きだったが、後半はなかなか良い動きだったよ。マグレだろうけど」
「マグレじゃねぇよ、実力だよ実力! 最初は調子でなかっただけだ!」
「言い訳がましいヤツだなキミは。それはそうとボクはキミのレベルの低さについつい油断してしまったよ。なんだか拍子抜けしたから今日はもういいよ、キミたちにこの場を譲ろう」
クソッ、やっぱり舐めプしてやがったのか。おまけに最後までイヤミばっか言いやがってホントムカつく野郎だ。だがここはガマンだ。
「その代わり明日の練習時間の後半はボクたちが使わせてもらうよ。まあ、キミたちも大会までに恥をかかなくても済むくらいには練習しておきたまえ」
オレは馬から降りてその首筋をポンポンと軽く叩いてやった。結果としてはこちらの望み通りとなったのでそのお礼としてだ。
「それじゃぼくたちは失礼するよ。あ、ところでキミはあのタツロウ君だろ、決闘裁判に出場していたのを見たよ。また明日会えるのを楽しみにしてるね」
子爵家のヤツらにもあのことが知れ渡ってたのか。本当はあまり目立ちたくないんだけどなあ、上手く行かないもんだ。
「ごめんなさい、結局タツロウに尻拭いさせちゃった」
「そんなことないよ、あのキザ野郎にムカついたオレがケンカ買ってしまっただけだ。それより練習を再開しよう、時間がもったいない」
オレとクリスは時間いっぱい練習に励み、馬房掃除を手伝って目まぐるしい一日を終えた。そしてちょっとはヤル気が出てきたよ。優勝はともかくあのキザ野郎だけは絶対に倒してやる!
◇
「兄さん、あの結果は本当に油断しただけだったの? ぼくにはそうは見えなかったけどね」
「うるさいな、あんな男の話題はやめろ。ボクが本気を出せばどうということはない相手だ」
(タツロウ・タカツキーか……名前は覚えておこう。次に勝負するときは実力の差を思い知らせてやる……)




