33.練習仲間が現れた
2日連続で早出なのでちょっと眠いが、これからしばらくはこれが続くのだ。慣れていかないと余計に疲れるだけだから、気持ちを入れてやっていこう。
昨日に続いて生徒指導室に入ると、ワグナー先生だけではなく、女子も一人立っていた。
「おはよう、タツロウ君。今朝は厩舎の場所を案内するのと、厩務員の方々への紹介だけとなります。今日の夕方から作業をお願いしますね。それと、こちらは君と同じく、馬術の練習を希望しているクリスティーネさんだ」
「初めまして、タツロウさん。わたし、クリスティーネ・ベルリナと申します。タツロウさんと同じ1年生で、聖職者クラス所属です。どうぞ、よろしくお願いします」
なんと、聖職者クラスの女子代表ですか。髪は長めのボブカット、でいいのかな? 髪が肩に触れるかどうかの長さなので。頬の上部と鼻に薄いそばかすとメガネが特徴で、素朴な印象だ。
「タツロウでいいよ、クリスティーネさん。こちらこそよろしく」
「あ、はい。それでは、タ……タツロウ。わたしもクリスでいいです」
日頃、自己主張強めの女子たちと接しているせいか、こういう控え目な女子との会話は新鮮だ。だから何だと言われても、それだけのこととしか言えないけど。
「挨拶が済んだところで、早速行きましょうか。場所は校舎の奥、少し距離があります」
先生に促されてオレたちは厩舎に向かう。普段来ることがない校舎裏からしばらく歩くと、そこには立派な競技場が見えてきた。
幅は60メートル以上はあるだろうか。奥行きはもっとあるな、100メートルちょっとくらい。障害物のハードルみたいなやつが置かれてたりするので、障害馬術用の施設だな。
それによく見ると、更に奥にも競技場があるが、そちらは障害物はなく、奥行は60メートル程度だ。あちらは馬場馬術用っぽい。
「練習はこちらで行ってください。午後の授業終了後に、あそこにあるクラブハウスで、まず私に声をかけてくださいね」
あそこ……ああ、2つの競技場の間にある建物のことだな。2階建てだが敷地面積が広く、中の部屋数はかなり多そうだ。
そこから更に歩くと、ようやく厩舎が見えてきた。これも広くて大きいが、何頭くらいいるのだろうか。入口付近に作業服を着た初老の男がこちらを向いて立っている。
「さあ、着きましたよ。お二人には今日の夕方からここで作業をしていただきます。こちらは当厩舎の作業責任者であるエンケさん」
「エンケです。この厩舎内での行動や作業については、ワシの指示に従ってもらいますので、そのおつもりで」
仕事に厳しそうな、職人気質の人みたいだな。あえて逆らっても、なんの得にもならないので、もちろん従って作業するよ。
オレとクリスがエンケさんに挨拶し終わると、厩舎と作業内容について簡単な説明を受けた。
「ここの厩舎には30頭の馬が飼育されとります。それぞれに馬房を与えとりますが、毎日掃除が必要なもんで、主にそれの手伝いをやってもらうつもりです。力仕事がほとんどですんで、そこは覚悟しておいてください」
やっぱり掃除の手伝いか。それはそうだよな、厩務員の経験ないやつに馬と直接触れる世話はさせられないよな。
「作業服と帽子、手袋に長靴はここで余ってるやつを貸しますが、一応汚れてもいい服装で来てください」
「わかりました。今日からよろしくお願いします」
「よ……よろしく、お願いします」
2人ともエンケさんに返答してから、他の厩務員にも挨拶して回った。みなさん丁寧に挨拶を返してもらえて、なんとなく安心できた。その後に先生と一緒に厩舎を離れ、帰り道でクラブハウスへ入る際の注意点を説明された。
「クラブハウス内を歩く際は、見苦しくない服装でお願いします。まあ、いろいろと失礼がないようにね。制服が無難かな。あと乗馬する際は、教員室内にある更衣室で着替えてから、直接外に出てもらいます」
失礼って、爵位持ち連中に対してってことか。なんかそこまで気を遣う必要はないと思うけど。でも奴らも下級貴族にナメられるわけにはいかんだろうし、しゃあねぇな。
それより、クラブハウスでドラゴベルク領出身の爵位持ちに会ったら、お前の正体がバレるんじゃないのかって? 恐らくその心配はない。
最初に学校側から、オレに正体を偽るように言ってきたということは、爵位持ちの中にウチの領内出身者はいないということだ。でないと意味のない話になる。それに、オレの記憶が正しければ、ウチの直臣たちにはオレと同世代の子供はいなかったはずだ。
それはともかく、説明の後は先生とも分かれて、クリスと2人で校舎に向かっている。こういう時、何を話しかければいいのかな……そうやって迷ってるうちに、クリスの方から話しかけてきた。
「タツロウ……は、今まで馬術を習ったことあるの? あ、もしかして騎士さん?」
「いや、オレの家は平貴族だよ。馬術はちょっと習ってたことがあったんだけど、ブランクがあって自信がないから、大会までに練習しておきたいんだ」
クリスは、オレの返答にあまりリアクションを出すことなく、そうなんだ、という感じの表情のみ返してくれた。あまり喜怒哀楽を表に出さないタイプなのかな。
「そういうクリスはどうなの?」
「わたしは……わたしの家は、お祖父様がいた頃はまだ男爵家だったんだけど、没落しちゃって、今は平貴族なの。だから、私が小さい時にちょっとだけ馬に乗ったことはあるんだけど、だいぶ忘れちゃってる」
「えぇ〜、それなのに立候補しちゃったの?」
「それなんだけど、以前クラスメイトの1人にだけ、さっきのこと話しちゃったの。それなのに、なぜかクラスの女子みんなから、馬に乗った経験があるからって推薦されちゃって、断りきれなくて……」
要するに、代表を押し付けられてしまったということか。オレも半分そんな感じだから、気持ちはわかるんだけどね。
「まあ、オレも半分押し付けられたようなものだし、全然自信ないよ。だけど、やるしかないなら、お互い一生懸命に練習して、クラスメイトのヤツらを見返そうよ」
言ったあとに、上から目線の発言だったかなと、とても失敗した気持ちになった。嫌われちゃったかな?
「そう……そうですよね。ごめんなさい、初対面なのに愚痴ばかり言ってしまって。わたし、頑張ってみます」
どうやら嫌われてはなさそうだ。まあでも、やる気になってくれたのなら、言って損はなかったかな。
話しているうちに、校舎に到着してしまった。午後の授業終了後に校舎の入口で待ち合わせすることを約束し、オレたちはそれぞれ自分の教室へと向かって行った。




