32.代表者決定
今日は週明けの登校で、ちょっとダルいな。こんなふうに思ってしまうのも、それだけこの学園生活に慣れたということだろう。でも、教室に入ればやっぱり楽しいのだ。
「おはよう、タツロウ。今日はなんだかダルそうだね」
「おはようマルコ。そうなんだよ、この前食べたスイーツの美味しさが忘れられなくてさ、寝ても覚めてもアタマから離れないんだよな〜」
「ウンウン、確かにあれは美味し過ぎた」
「アンタたち、いつまで食べ終わったスイーツの余韻に浸ってるのよ。もう休息日は終わったんだから、シャキッとしなさい!」
おっしゃることはごもっともだが、この件でサンドラに言われるのは何となく納得がいかない。
そんなこと言ってる間に始業時間となった。アーベル先生が教室に入り、まずは朝の礼拝を捧げる。それが終わると、今日は連絡事項があるとのことで先生の話が続く。
「みなさんご存知の通り、馬術競技大会の日程が迫っています。しかしながら、このクラスは未だに代表者が決まっていません。誰か、我こそはと立候補する者は……」
「ハイ! このアレクサンドラ・リンデンブールが女子代表に立候補します!」
おお、ちゃんとマチルデとの約束通りに立候補したな。どんな手綱さばきを見せてくれるのか、楽しみだ。
「素晴らしい! 自分から積極的に立候補するこの姿勢、みなさんも見習いましょうね。さて、男子の代表者ですが、誰か立候補する者はいませんかね。特に、騎士の皆さん……」
騎士階級のヤツらが多い席をアーベル先生がチラッと一瞥すると、いろんな『出られない』言い訳が並べ立てられた。
「親は騎士だけど、ぼくは馬に乗るのはあまり得意ではないので……」
「お祖父様の遺言で、馬術競技大会には決して出るなと……」
「ウッ! 持病の癪が!」
みんながどうしても出たくないという気持ちだけは伝わりました。
「困りましたねぇ……。そうだ、マルコ、あなたがいいと思う方を、誰か候補者として挙げてもらえませんか?」
先生もいきなり無茶振りするよな。まあ、それだけマルコがクラス内で人望があるということなのだろう。
「え〜と、そうですねぇ。そういえば、タツロウ君は親戚に馬術を一通り習わせてもらったことがあるとか。彼なら代表に相応しいと思います」
うわあ、このヤロウ、なんてこと言いやがる! 思わずマルコを睨むと、ヤツはウインクを返してきやがった。なんかかわいいけど、オレはそんなモノでは誤魔化されないから!
「おお、それは素晴らしい。タツロウ君、ぜひ立候補してみないかい?」
先生も、馬術が出来る学生なら、もうなんでもいいんだな。でも、やっぱりやりたくねぇ。
「さすがはおれたちのタツロウ! 馬術まで出来るなんて憧れるゥ!」
「お前なら出来る! またおれたちにあの時みたいな奇跡を見せてくれよ!」
「タツロウは我らがクラスの希望の星だ!」
え、そうかな〜、そこまで言われたら、なんかその気になっちゃうなあ。
「それでは、男子の代表はタツロウ君が立候補ということで。みなさん、授業の準備を始めましょう」
ハッ?! しまった、クラスのヤツらのおだてにノせられて、うっかり立候補してしまった。もうこれ以上は変に目立ちたくないってのに!
「すまないタツロウ。他に適任者が思い浮かばなかったんだよ」
「決まった以上は、覚悟を決めてやるしかないわ。男女の代表として、お互い頑張りましょう」
マルコとサンドラから、言い訳と叱咤激励が飛んで来た。まあ、もういいよ。この2人もだが、クラスのみんなにも、勉強の遅れを追いつくために世話になってるから、その恩返しと考えれば悪くない。
それに、よく考えたら、この大会は絶対に勝たなければならないものではない。むしろ爵位持ち連中へのかませ要員として負けることを期待されてるのだから、適当なところで終わらせればいいのだ。
でも、初日の馬術審査で全然マトモに出来なかったら、さすがに恥だよな〜。だが、練習したのは随分前のことだ。ブランクがあるから、きちんと馬を操れるか不安しかない。仕方ない、この授業が終わり次第、アーベル先生に聞いてみるか。
そして終了後に速攻でアーベル先生のもとに行き、不安な点について質問したが、先生もよくわからないようだ。
「う〜ん、すみません、ちょっとわからないですねぇ。詳しい先生に直接聞いてもらった方がいいので、明日の始業30分前に、例の部屋に来てもらえますか」
例の……ああ、オレが生徒指導室と勝手に呼んでる部屋のことか。朝早いのは辛いけど、ここはやむをえまい。
◇
翌朝、指定通りの時間に生徒指導室に行くと、アーベル先生と、今まで顔を合わせたことがない、紳士っぽい中年男性が待っていた。昨日言っていた、馬術に詳しい先生だろうか。
「タツロウ君、こちらは、当神学校で馬術を指導しているワグナー先生です。まずは挨拶からお願いしますね」
「ワグナーです。馬術競技大会のことは何でも聞いてもらって構いませんよ」
馬術は爵位持ち家の学生しか履修出来ないので、顔を見たことがないのは当然だった。まあ、質問に答えてもらえればどうでもいいことだ。
「タツロウ・タカツキーです、よろしくお願いします。それでは1つ目の質問。大会までの期間、馬を借りて練習することは出来るのですか?」
「それは可能です。ですが、学校内で飼育している馬ですので、当然そこにはコストがかかっています。馬術を履修している学生からは、授業料とは別途、飼育料を頂戴しています」
「つまり、馬を借りるには料金を支払う必要があると」
「はい、その通りなのですが、恐らくタツロウ君が思っているよりも高額ですよ。ですので、もう一つの方法をお勧めします」
料金がかからない方法があるならありがたい。ウチも決して裕福ではないからね。
「大会までの期間中、毎日早朝と夕方に馬の世話をお手伝いしてもらいます」
う〜ん、何頭いるのか知らないが、結構ハードそうだな……。でも他に選択肢は無さそうだ。
「わかりました。次の質問ですが、練習するときは学校内の練習場を使わせてもらえるのですか?」
「それは構いませんが、使用できるのは午後の授業が終了したあとから夕方までです。それと、先に必ず私から使用許可を取ってください」
そうなのか、それじゃ実際に練習できる時間はあまりないだろうな。さて、重要な質問はあと一つだ。
「あと、大会では予め決められた馬に騎乗することになるのですか?」
「いいえ、大会当日にランダムに決まります。言ってしまえば、どの馬に当たってもすぐに乗りこなせる力量が求められます」
えぇ〜、それはハードル高いよ。馬術の授業を受けてるヤツらは、すでにどの馬にも慣れてるんだろうけど。まあ、これも結局は、爵位持ち連中を勝たせるための手段の一つなんだろう。
あとは2日目のトーナメントのこととかを質問したが、そちらに進む可能性は低いので、あくまで参考程度に聞いただけだ。とにかく、初日の演技が酷いレベルで恥になるようなものでなければ、オレはそれでいいのだ。
早速明日から練習させてもらえることになったので、明日も早出でこの部屋に来ることになった。しばらく忙しい日々になるが、頑張ってみるか。




