18.商店街を満喫
3人で街に向かって歩いている間、オレはあまり会話に入らなかった。2人に気を遣う、というか割って入りにくいというのもあるが、『後ろ』が気になって仕方なかったのだ。
自分でも少し忘れかけているが、オレはあくまでも人質としてここに来ているのだ。街中に出るとなれば尾行されてもおかしくない。黙って出ればわからないだろうって? 残念だがそんなことはない。
学校の正門は普段はほとんど閉じられてるし、敷地の周りは高い塀で囲まれているから簡単には外に出られない。正門のすぐ近くにある詰所には門番の奴らが常にいて門や塀を時折見廻っている。
今日は午後から学生の出入りが多いので門は開放されているが、常時門番が立っているので、すぐに寮の管理人に連絡が行く筈だ。
しかし、今のところ尾行されてる様子はない。オレが見破れないだけなのかどうなのか……。
そうだ、いいこと思いついた。丁度住宅街の十字路に差し掛かったので試してみるか。
ダダッとオレは急に全速力で走りだした。十字路はどっちに曲がろうかな……、よし左に決めた!
直角に曲がって左に入ったところで隠れて様子を窺う。マルコとサンドラが慌てて追いかけてくるその後ろに何か動きがないか注意深く見ていたが、全く気配を感じない。どうやら、本当に尾行されてないみたいだ。
世間知らずのドラ息子が逃げ出したところで、すぐに確保できる自信があるんだろう。まあそう思われてる方がオレには都合がいい。この機会に逃走ルートとか確認しておこう。
「ちょっと! いきなり走らないでよ!」
「どうした、こっちに何かあるのか? 先に言ってほしかったな」
2人に追いつかれると文句を言われた。そりゃわけわかんないよな。オレにはやむを得ないことでも、2人には関係ないんだし。
「いや、変な虫を見かけて、驚いて逃げたんだよ。虫苦手なんで」
本当のことを言うわけにはいかず、苦しい言い訳をしてしまった。
「もう〜、虫くらいで情けないわね〜! でも大したことなくて良かった」
「何事かと思ったよ。まあ、誰でも苦手なものはあるよね。さて、街は反対側の方向だから戻ろうか」
こんないい友達を騙すのはイヤな気持ちだけど、ようやく気が晴れた。これで何も気にせず楽しめる。
そんなことを考えている間に、ケイン領の市街地最大の商店街モエマルクトに着いた。少し先に帝国最大と言われるケイン大聖堂が見える、まさに中心地区だ。
着く前から既に通行人は多くなってきていたが、商店街の通りはものすごい人数だ! 人と人がすれ違うのがやっとという密度でゆっくりとしか前に進めない。通り抜けるだけで体力消耗しそうだ。
陸路での来客も多いせいか、商店街の入口付近には馬の休憩施設も完備されてる。コレは要チェックだな。
数多くの商店では、帝国内で採れる野菜や肉に川魚はもちろん豊富に取り揃えられているのだが、柑橘類やぶどうに似た果物、食用油が取れる実、海産物、珍しい鳥など、帝国の外でしか手に入らない物もところ狭しと並んでる。
パン屋も何件もあって様々な形に焼いたパンがどこも飛ぶように売れている。服や雑貨に宝飾品も選り取り見取り、眺めてるだけでも楽しくなる。
こういった商店が数えられないくらい立ち並んで多数の客や商人が行き交ってる。普段来ない者にとってはもうお祭り騒ぎだ。
ウチの帝都も結構賑わってるが、はっきり言って規模も品揃えも人出の数も何倍もあって比べ物にならない。選帝侯の力を見せつけられた感じだ。
浮かれてばかりもいられないので、とにかく3食分のパンとサラダ用の野菜を買い込む。部屋には厨房はないから、洗面所で簡単な調理しかできないので、メニューに選択の余地はない。
マルコの買い込みも似たような物だが、サンドラはお菓子を買ったり、服飾店でウインドウショッピングしたりと純粋に買い物を楽しんでる。サンドラには使用人が一人付いているので食事は用意してくれるそうだ。
男女どっちの寮も2階以上は共用スペースに共用オーブンがあるので、ちょっとした料理や温かい飲み物程度は出来るらしい。ただ火の管理が必要なので、その階毎にそれぞれの住人の使用人たちで調整しながら使用しているようだ。
オレもオーブンを使わせてもらいたいが、別の階の、使用人たちが使ってる設備にいきなり行って調整するのは面倒なので、まずは管理人に相談してからにしよう。
話がそれてしまったので戻そう。オレたちはようやっと買い出しを終えて、カフェに寄って休憩しているところだ。
「タツロウはどこの出身なの?」
えぇ〜、最初の自己紹介で言ったけどな……と思いつつもオレは努めて冷静にサンドラに返答した。
「ドラゴベルク領だよ。帝都があるところ」
「何よ、聞いたらマズかったわけ? そんな面倒そうに答えなくてもいいじゃない」
そんなに顔に出てしまってたのか? オレって自分が思ってるより感情を隠せてないんだな。
「まあまあ落ち着いて、サンドラ。タツロウは自己紹介の時に言ってたから、また聞かれたのが面倒に感じただけだよ」
「そんなの言ってたかな〜、いちいち覚えてないわよ」
オレの出身地ごときで揉めてもしょうがないので、気にしていないと伝えるとやっと落ち着いた。
「帝都に住んでたの? 皇帝陛下がいるところでしょ? ここみたいな商店街とかあるのかしら? 皇帝御一家ってどんな感じの方たちなの? さぞや豪華な宝飾品で着飾ってるんでしょうね」
サンドラが興味津々といった感じで次々聞いてくるが、残念ながら期待を裏切ることになるな……。
「一応、帝都にはいたけどね。まあまあ賑わってはいたけど、ここと比べたら規模は数分の一ってところだよ」
ここまでで、すでにがっかり気味だ。しかし本当だから仕方がない。
「オレん家は貧乏貴族だから陛下と直接会うことはないけど、とても賢明な方だよ。でも領内は裕福じゃないから、全然着飾ってないな。冠とマント以外はオレたちと大差ない」
「え〜、なんかガッカリ。帝国で一番偉いんだから、華やかな生活を想像するじゃない」
すまないね、期待ハズレで。でもいろいろ周りに毟り取られてるからそれで精一杯なんだよ。
「賢明ってホントなの? 俺が聞いた噂じゃ、無能で臣下の大諸侯に頼りっぱなしのくせに、領内では皇帝家がやりたい放題やってるって。でも領内にいたタツロウが言うんだから、立場とかで評判が違う人なのかもね」
誰だよ、そんなウソだらけの噂流したのは。オヤジが酷い言われようで腹が立つ。あ、もしかして選帝侯の奴らが流したのかもな。奴らはオヤジの評判が悪い方が都合がいいから。
ちょっと嫌な話題もあったが色々と喋りまくって楽しかった。もっと話していたいが、門限があるのでそろそろ帰ろう。
部屋に戻ってサッと夕食を用意し、一人で黙々と食べる。さっきまで賑やかで楽しかったので余計に寂しい。
メシも食ったし、さあ早く寝よう。明日は朝から用事がたくさんある。オレは充実した毎日で心地よい気分で眠りについた。このときは週明けにとんでもないことになるとは夢にも思わなかったのだ。




