14.初日終了
寮に帰ってきたので、すぐ風呂に入りたい……のはヤマヤマだが、先にやっておくべきことがある。
運動着を洗濯することだ。でないと次の実習で使えない。今のオレには何着も用意する余裕はない。
大半の学生は使用人が付いているので、洗濯は使用人がやってくれるのだが、いなければ自分でやるしかない。
マルコも本人が言ってる通りの貧乏貴族で使用人が付いていないので同じ状況だ。なので洗い場に案内してもらうことになった。
運動着を持って玄関横の階段を上がり2階の踊り場に来るとマルコが待っていた。
「それじゃ行こうか」
と言いながら廊下側に反転して歩きだすマルコの後について行き、食堂へ通じる階段を下りていく。
「水回りの施設は、大体1階にあるんだ。洗い場と井戸は食堂の更に奥だよ」
なるほどね。つまりあちこち行かなくても、大抵の用事は1階で済ませられるわけだ。
1階に着いて食堂の横を通って行く。なんか、昼食で来たときに見た食堂の大きさより距離が長く感じる。こりゃ相当疲れてるんだな。
「この中だよ。井戸もあるから、水はそこで汲めばいい」
食堂を通り過ぎたところに中庭が設けられていて、そこに井戸がいくつか見える。
洗い場は……中庭に降りる出入口側に、横長長方形の流し場があり、たくさんの洗い桶と洗濯板、それと洗剤代わりの灰汁が置いてある。
オレたちは井戸から水を汲んできて運動着をゴシゴシ洗った。流し場は腰くらいの高さの台になってるのでしゃがまなくていいが、それでも中腰姿勢になるのでなかなかの重労働だ。
さて、なんとか洗い終わったけど、どこに干せばいいのかな。
「干場かい? それはね、屋上にあるんだよ」
げっ、屋上まで階段を上がらないといけないのか。さっさと歩き出すマルコに仕方なくついて行くが、2階から上は初めてなのでちょっと緊張する。
3階に上がろうとしたところで、マルコは廊下を玄関側に向かって行く。屋上に上がるんじゃないのかよ?
「屋上に行けるのは、玄関側の階段だけなんだ」
そうなのか、なんか知らんけど、ややこしい構造だなぁ。
「あ、先に言っとくけど、3階はまあいいとして、それより上を通るときは注意が必要だよ」
何があるんだと思いつつ4階まで上がると、階段と廊下の間に頑丈な門扉が設置されていた。
「この寮は、親の身分毎に住む階が分けられてるんだよ。2階は爵位のない貴族と平民。3階は騎士。4階からは男爵、子爵、伯爵と続いて、最上階は侯爵と公爵、とね。俺はもちろん2階だよ。ちなみにヒューゴは3階だから騎士だね」
アイツの話題はもういいよ。それはともかく、この世界は階級社会だから、まだ学生でも別れて住むようにするのは仕方ないんだろうな。
「4階から先は、こうやって他の身分の者が入れないようにされているんだ。こっちの階段はこのまま屋上まで上がれるけど、食堂側の階段は4階に行く手前のところに門扉が設けられてるから、3階から上に上がれないのさ」
解説を聞きながら階段を上がっていくと、階段の終着地点にドアが現れた。やっとか、8階の高さまで上がるのはしんどかった。太腿がパンパンだ。
マルコが取っ手を捻ってドアを開けると、そこはもう屋上だ。目の前にはたくさんの干し場があり、なかなかすごい光景だ。
「干す場所は一応自由だけど、慣例的に手前は上級身分が使うことになってるんだよ。だから俺たちは端っこに干さないといけない」
そう言ってマルコはどんどん端っこへ歩き出す。もう脚が限界だが何とかついて行き、干し台にロープをかけ、やっとのことで干し終えた。
「タツロウ、そろそろ風呂に入ろうか。一度自分の部屋に戻って、食堂前で集合しよう」
今度はあの階段を下まで降りないといけないのか。いやそれだけじゃない、明日の朝に服を回収しにまた上り降りしないといけないんだ! 考えただけでゾッとする。マルコはよく平気な顔をしてられるな。
風属性なんだから飛行魔法を使えばいいだろうって? 寮内では魔法は使用禁止だ。使えたとしても、今のオレの実力じゃ、階段伝いに高さを低く維持したまま8階まで一定の速度で上っていくのは難しいし、却って疲れるのがオチだ。外から一気に8階まで上昇するのも無理だし。
着替えを持って食堂前でマルコと合流し、またもや食堂横を奥に進む。目的が一緒なのか、同じ方向へ向かうやつらで廊下は混雑してきた。
中庭を通り過ぎた先、ようやく風呂場へ到着だ。この世界はほとんどの物が中世ヨーロッパっぽいのに、なぜか風呂場は日本の銭湯そっくりだ。
まずは入り口に暖簾が掛けてあって入り口は引き戸だ。中にはいると共同の脱衣場があり、そして更に奥のガラスの引き戸を開けると、大きな浴槽と多数の体の流し場が設置されている。
いやー、やっぱり元日本人としては、風呂に浸かると気持ちいいし疲れも吹き飛ぶ。もちろん、先に全身を洗い流してから入ってるよ。
「この風呂場は、4階と5階の連中も使ってるから、そこだけ注意が必要かな。大抵は、俺たちより先に入ってるから鉢合わせすることはないけど、たまに遅れて入ることもあるから。その時は、中央の浴槽は奴らに譲らないといけない」
マルコから注意事項を教えられた。つまり男爵と子爵の子弟か。でも入ってきたのなんてわかるのか?
「そのうち、顔を覚えるよ。それに奴らは使用人と一緒に入ってくるから何となくわかる」
一応形式的な身分としては一番上になるオレが言うのも何だが、なんだか面倒だな。学生の時くらいはもっと自由にやればいいのに。
ところで、伯爵から上はどうしてるんだろう。下の身分と一緒は嫌とか言って風呂に入らずに着たきり雀じゃあるまいな!
「そこから上には、専用の浴室が設置されてるらしいよ。特に7階は、部屋ごとにあるって噂だよ」
それは凄いな。何がって、そんな上の階まで風呂に必要な水を汲み上げてるってことだから。まさか人力か? いやさすがに手押しポンプとか使ってるんだろうけど、そんな上まで汲み上げるのは可能なんだろうか。いや、まあオレには関係ないしどうでもいいか。
風呂から上がって服を着てから、隣のレストルームでしばし横になってマルコと他愛ない話で盛り上がった。ここへ来てから初めて快適に過ごせて少しは気が晴れた。
そうこうしてるうちに、いよいよディナータイムだ。今日は何だろうな、楽しみだ。
食堂に入ると、昼食時とは明らかに違和感を感じた。奥行きが大幅に広がっており、そこには多数の丸いテーブルが置いてある。
そうか、オレが奥の壁だと思ってたのはパーティションだったのか。今はそれを取っ払ったんだな。オレが驚いてる様子を見てマルコが説明してくれる。
「夕食時は、一応全員が食堂で食事を取る慣わしなんだよ。4階以上の連中は、朝食と昼食は自前で用意したものを食べるけど、夕食はあの奥のテーブルに座るのさ」
その手前は、多数が座れる長方形テーブルが複数並んでいる。つまりこれは騎士以下の身分用ということだ。
「でも、実際には6階と7階の奴らは、夕食も自分の部屋で食事を取るから滅多に来ないよ。顔を見たければ、気まぐれに来るときを逃さないようにするしかないね」
悪いけど、どうでもいいよ。そんなの気にしてる余裕もないし。
さて、オレたちはセルフサービスなので受け渡し口に並んだ。渡してくれるのは、昼と違ってオバちゃんたちでなく、メイド姿のお姉さんたちだ。
奥のテーブル席にはそのメイドさんたちが運んでいく。メニューはオレたちより品数も多くて豪華だ。毎日食事時に格差を見せつけられるわけだ。
でもとにかく腹が減りすぎてたオレは、気にせず夢中で夕食を平らげた。それになんといっても美味すぎる。オレはこれで満足だ。
しかし、しばらく前は『オレが皇帝を継いだら毎日豪勢な食事にしてやる』とか思ってたのに、自分でも不思議なくらいの心境の変化だ。そんなこと言ってられない状況がそうさせたのだろうか。
マルコと明日朝の待ち合わせを約束して部屋に戻ると、すぐに眠ってしまった。明日は今日よりましになるように頑張ろう。




