126.発表会前日
いよいよ定期発表会の前日となった。
大道具係の製作作業は昨日でほぼ終わっており、今日は舞台セットや衣装などを予め演劇ホールへ運び込む作業がメインだ。
オレは……部室棟の2階、役者グループの稽古場にいる。
作業をサボってるんじゃないかって?
オレはまだ両腕の怪我、特に右手人差し指が治っておらず、あまり重い荷物は運べない。
だけど軽い物や衣装などは運んだよ。
その上で、最後の稽古に臨む時間を取ってもらっているのだ。
といってもオレ自身が稽古するのは、いまだ足の捻挫が完治していないマティアスの代役として参加するダンスパートのみ。
その稽古が始まるまでは、他の役者が通し稽古をしているところを見学している。
もちろんただボーッと見ているだけではなく、劇中の流れや雰囲気を掴んで、明日の出番に活かさなければならない。
さて、今から丁度、アンジェリカ扮する主役の三女が父親である老王によって国を追放されるシーンが見れる。
それにしてもアンジェリカはやはり可憐だ。
「わしが知らぬと思うてか……表向きはわしと国の為に献身的に働く振りをして、裏ではわしを嘲り、いずれ王位から追放してこの国を好き勝手にせんとする、お前の企みを!」
「そんな……わたしが父上を嘲るなど、何かの誤解です。誰がそのようなことを」
「とぼけるな! お前の2人の姉が真実を教えてくれたのだ。もう少しで危ういところであった……あの2人こそが本当にわしを想ってくれている。さあ、今すぐこの国を出ていくがいい!」
いやいや、騙しているのは姉たちの方だ。
簡単に騙されてねーで気づけよオッサン!
おっと、芝居に本気で反応してしまった。
でも思わず言ってしまいそうになるくらい、1年生ながら老王役に抜擢されたゼップはシブい演技しやがるぜ。
そしてショックを受けている三女に、ハンナ先輩扮する長女とソフィア扮する次女が追い打ちをかける。
「お姉様方。何故このような仕打ちをなさるのですか?」
「知れたこと……お前がわたくしたちを出し抜いて父上に取り入ろうとしたからよ」
「わ、わたしはただ国のために」
「おだまり! お前のそういう良い子ぶったところが、昔から気に入らなかったの」
「そんなつもりは毛頭ありません。ただやるべきことをしてきただけです」
「なんにせよ、お前は私たちに負けたのです。いい気味! あとの余生、追放先でこの言葉をじっくりと噛み締めながら朽ち果てなさい。『姉より優れた妹など存在しない』……オホホホ!」
うわっ、この2人の姉は腹立つなあ!
って、また反応しちまった。
それにしても、先輩もソフィアも普段の姿とギャップがあり過ぎる。
さすが現看板女優とその候補の一人……見事な悪役令嬢っぷりだ。
特にソフィアのセリフ回しは、なんかこうゾクッとしちゃったよ……。
まあそれは置いといて。
もうしばらくしたら、いよいよオレの出番だ。
稽古ではあるが緊張してきた〜。
場面は変わって、追放先で催された仮面舞踏会での、三女とマティアス扮する王子の運命的な出会い。
「どちらのご令嬢かは存じませぬが……なかなかの腕前。面白い、この私が1曲、相手をしてあげましょう」
「なんですか、その上から目線は……無礼な方ですね。いいでしょう、わたしに付いてこれずに恥をかいても知りませんよ?」
かくしてダンスが始まる。
そしてステップを踏みながら舞台袖に入ってくるので、即座にマティアスからアンジェリカの相手を引き継がなければならない。
今日は舞台袖に入ってきた直後の箇所から始める。
「よし! 今、解除する!」
マティアスの合図と共にホールドを解除され、アンジェリカが両手を広げて近づいてくる。
オレも近づいていって……まずは左腕をこうして、右手を彼女の背中に入れながらお互いに組んで……。
「ストーップ! 入れ替わりが遅いよ! やり直し!」
オリヴィア部長からNGを出されてしまった。
くそっ、入れ替わりが始まってから手順を思い出してるようじゃ間に合わねえ。
今度はあらかじめ頭の中でシュミレーションしとかねーと。
さて、マティアスとアンジェリカに協力してもらっての2回目。
今度こそ結果を出してやる。
「解除した!」
マティアスの合図で、アンジェリカが近づいてくる。
まずは最初に、彼女の左腕の下から背中の深くにまで、オレの右手を差し込む。
よし、これでお互いの位置をある程度確定できた。
あとは彼女が左腕をかぶせ気味に組み、反対側はお互いの手を結んで、これでいける!
そこからすぐにステップで舞台に躍り出て、今までの稽古の成果を発揮するだけだ。
そして舞台を縦横無尽に動き回って踊ったあとは、お互いが離れて舞台袖に引き上げる。
これでどうだ!
「よし、オッケー! 明日もこの調子で頼むよー!」
オレはアンジェリカに笑顔を向けた……が、彼女にはスルーされた。
もう既に本気モードで稽古に臨んでるんだな。
彼女の舞台での集中力は凄まじい。
さて、次のオレの出番はしばらく先。
三女が王子の力を借りて祖国に舞い戻り、老王の前で、次女とその彼氏というか王位簒奪を狙う悪役貴族のペアと対峙する場面だ。
つまりソフィアとイェルクのペアが相手というわけだ。
そして両方のペアが同時に舞台上でワルツを踊るという、ちょっとダンスバトル的な状況なのだが……。
問題はこれまで2組が一緒に踊る稽古を1度もしたことがないという点だ。
部長にはもちろん懸念を伝えたんだが……彼女は自信たっぷりにこう答えた。
「キミたちは稽古した通りに踊ればいい。あとのことはあの2人がなんとかしてくれる」
ソフィアとイェルクへの信頼の厚さが凄い。
まあ、そうまで言われたらやるしかないんだけど。
そしてオレは、対峙した2組が会話のやり取りが終わってダンスを始めるシーンから参加する。
「それじゃあ、いつもどおりに踊るよアンジェリカ」
「うん。わたしはタツロウくんのリードを信頼してついていくからね」
そして始まったんだが、やはり2組で踊ると舞台は狭い。
ぶつからないかとヒヤヒヤしながら踊るのだが……向こうから接近してきた!
ヤバい、ぶつかる……と思った瞬間だった。
ソフィアたちは、川の流れが途中の障害物を避けていくかのように、自然な流れでオレたちとぶつからないように離れていく。
そして何事もなかったかのように、途切れることなく踊り続けているのだ。
アイツら背中に目でも付いてるんじゃないか?
そう思うくらいだが、チラッと見える限りでは、ソフィアはあまり周りの状況を気にせずに全力で踊っている。
ということは、イェルクが進路を巧みにコントロールしながらリードしているってことかよ?
なんか、またもや差を見せつけられている。
「タツロウくん?」
おっといかん、アンジェリカが不安そうな表情を見せている。
まずは自分たちの踊りに集中だ!
それを感じ取ったのか、アンジェリカの表情から不安が消えた。
そしてオレたちのダンスとしては、過去最高といってもいい出来でフィニッシュまで持っていったのだ!
「タツロウくん! わたし、最高に気持ちいいワルツが踊れたよ!」
「ああ、オレもだ」
そのまま2人で余韻に浸って心地良い……とはいかなかった。
「ブラボー! 素晴らしい踊りだった!」
部長を始めとして周りで見ていた部員たちが拍手で称賛している。
でもその対象は、明らかにオレたちではなく、ソフィアとイェルクに対してだった。
そして、まだ余韻に浸っている2人……特にソフィアの表情は達成感というか満足感というか、それで一杯という顔をしていた。
所々しか見てないけど、それ程完成度が高いと彼女は手応えがあったのだろう。
なぜならこの前、彼女たちの稽古を見た時の感想をオレからソフィアに話したのだが、改善点として上げた点がちゃんと修正されていたのが見えたのだ。
もちろん改良点はそれだけではないだろうけど。
それでもオレの頭には、『しまった』という言葉がよぎってしまった。
感想なんか言わなければ……いやいや、なんて器の小さいこと考えてんだオレ。
それに言わなかったとしても力量差は明らかじゃないか。
くそっ……わかっちゃいるがモヤモヤしてくる。
「タツロウくん? ごめん、わたしが足を引っ張っちゃったかな?」
しまった……オレはまたアンジェリカを不安にさせてしまった。
そうだ、今のオレのダンスパートナーは彼女なのだ。
ソフィアたちのことを気にし過ぎてどうする?
「いや、アンジェリカは問題ないって。オレの方が、イェルクさんと比べてまだまだだって、そう思っただけさ」
「……イェルクさんとか関係ないよ。わたしはタツロウくんと踊りたいし、最高だと思ってる。それじゃ駄目かな?」
「ありがとう。おかげで吹っ切れた、明日の本番では大丈夫」
オレの返答にアンジェリカは笑って応えてくれた。
オレは、アンジェリカとの過去最高のダンスを明日の観客に見せることを心の中で誓った。
そして、つまらないモヤモヤで苛立ったりしない。
ソフィアに対しても同じ過ちは繰り返さないのだ。
これでオレの出番の稽古は終わった。
あとは明日の本番に臨むだけ。
なお、ダンスバトルでの力量差は部長たちも懸念を持っているようだ。
しかしワザとソフィアたちのダンスのレベルを落とすわけにもいかず、次女と三女の対決はダンス以外にもあるので結局はそのままいくことになった。
見てろ。
明日までに少しでも多くレベルアップして、お世辞抜きで互角の勝負だったと言わせてやる……!




