125.復活
今日はもう週の半ば、早いものだ。
週末の定期発表会までもう残り僅か。
大道具係の作業もピークを迎え、とても忙しくなるだろう。
そして今は放課後、部室棟へ向かう途中なのだが……。
「今日の作業でさ、あの箇所をこうしたら作業効率が上がるとあたしは思うんだけど、タツロウはどう思う?」
「それでいけるんじゃない? 部室棟に着いたら早速試してみよーぜ、レオナ」
「……その話も大切だとは思うのですが、少し聞いてもらえますか? ダンスパートが無くなった分、私のセリフと動きが他の方よりも多く追加されて、さすがに参っています」
「それは確かに大変だな。でもソフィアならできると期待されてるってことじゃないか? 前回の発表会でもソフィアは序盤からセリフは多かったけど、まだ余裕が感じられたし」
「……そうでしょうか? 自分では一杯一杯だったと思っていますが」
「オレがお世辞を言えないことはソフィアもよく知ってるだろう?」
「……なんだか貴方に上手く乗せられている気もしますが、気分としては悪くないです。今日の稽古で頑張ってみますね」
「タツロウ、あたしの話も続きがあるんだけど」
「あらあら。これは思ってたよりも早いタイミングで面白くなってきたじゃない〜、うふふ」
何も面白くねーよ!
レオナがいつになく接近して喋りかけてきて、そうするとソフィアまで接近して話しかけてくる。
そしてまたレオナが……の繰り返しだ。
おかげで歩くのがどんどん窮屈になって仕方がないのだ。
その上ハンナ先輩は面白がってるだけで助け舟も出してくれないし。
コイツら、実は共謀してオレをイジメて楽しんでるんじゃないのか?
イジメ反対!
とオレが言っても説得力が無いか……。
だからこの状況を早く終わらせるべく、オレは頑張って歩き続けたのだが。
前をトボトボと俯いて歩いている小柄な女子……あれはアンジェリカの代役で主演女優を務める1年生グレタじゃないか。
元気なさそうだが体調でも悪いのだろうか。
「おーい、グレタ! どうしたんだよ、元気なさそうだけど」
「あっ、タツロウ先輩。それに皆さん、おはようございます。実は、今日の稽古が不安なのです」
「あらあら。この子、確かに昨日の稽古ではオリヴィアさんから厳しい演技指導を受けていたけど……それに参っちゃったのかしら?」
「いえ、そうではなくて……指導していただいた通りに演技できない自分が情けなくて、悔しくて……」
「……最初から上手くはできないものですよ、グレタ。今日は私も増えたセリフを頑張って覚えますから、貴女も頑張ってみましょう」
「はい。やってみます、ソフィア先輩」
ソフィアが上手くなだめて、グレタはやる気を取り戻したようだ。
そして女子たちの関心がグレタの方に向いたので、オレはようやく一息つけたのだ。
◇
「すまないタツロウ。すぐに2階に来てくれるか?」
1階の作業場で忙しくしていたオレのところにヘルムートが少し慌てた様子でやってきた。
なんだろうか。
ダンスパートは無くなったのだから、基本的に2階に用は無いはずだけど。
ヘルムートに連れられて稽古場のドアから中へ入っていく。
「あっ! タツロウくん!!」
「ア、アンジェリカ! まだ入院しているんじゃなかったのか?」
ビックリした!
まさかここにいるなんて思いもしなかったから。
「これからアタシが、今の状況とこれからについて説明するから。タツロウ君もよく聞いておいて」
戸惑っているオレに声をかけたオリヴィア部長は、この場でざわついている役者たち全員に聞こえるように大きめの声で説明を始めた。
「えーと、まずはみんな気になっているであろうアンジェリカのことから。昨日書いてもらったメッセージ、午後から病院に面会に行った際に彼女に見せたんだ」
いつの間にかざわつきが収まり、みんな部長の説明に聞き入っている。
それだけアンジェリカはこの演劇部にとって大きな存在ということなんだろう。
「そうしたら、みるみるうちに元気が出てきて、読み終わる頃には『今すぐに部室棟に行って稽古したい』って言い出しちゃってね」
ここでみんなから言葉にならない感嘆の声が出て少しざわめいた。
部長は一息だけ入れてから説明を再開する。
「それでお医者様と相談した結果、本人のやる気が出ているうちにみんなと一緒に稽古して刺激がある方が回復が早まるだろうって。それで思い切って連れてきた」
「じゃあ、主演女優とダンスパートを元に戻すってことですよね!?」
「慌てるな、話は最後まで聞けマティアス。元に戻すには、最低限これを見極めたいっていうことがあってね」
部長はオレに視線を向けておもむろに言った。
「タツロウ君と今ここでダンスを踊ってもらい、舞台で使えるレベルを維持できているかを確認したい」
ええ〜! まさかのご指名かよ!
しかもこの場の役者たち全員が注視してる中で……プレッシャーが半端ねえ。
「タツロウ君、こっちにおいで!」
部長に呼ばれておずおずと前に出ていく。
途中でソフィアと目があったが、その視線は何となく『アンジェを頼みます』と言っているように感じた。
まあオレの勘違いかもしれんが、期待されちゃあ応えないわけにもいくまい。
アンジェリカと部長が待つ場所にたどり着くと、今度は部長がオレの耳元でボソッと呟いてきた。
「頼んだぞタツロウ君。でも、彼女の具合が良くないと感じたらその場で止めてもらって構わない」
オレは黙ってコクンと頷き、アンジェリカの傍に行く。
「久しぶりアンジェリカ。タンゴのホールドの組み方は覚えているかい?」
「タツロウくん……わたし、会いたくて仕方がなかった。だって、タツロウくんがわたしを復活させてくれたんだよ?」
「……もしかして、オレが書いたメッセージを見たから?」
「うん。もちろんみんなのメッセージも嬉しかったんだけど……タツロウくんがわたしと踊るのを待ってくれてるって思ったら、もういても立ってもいられなくなったの」
「わかった。じゃあ今から存分に踊ろうぜ」
話しながら組んでいたホールドが決まったところで、部長が開始を予告してきた。
「準備はいいかーい? それじゃあ、いくよー!」
部長の手拍子に合わせて動き出す……と、出だしで2人共躓きかけてしまった。
数日とはいえブランクがあり、お互い病み上がりといっていい身体の状態だ。
リズムにイマイチ乗れなかったが、アンジェリカの一言で流れが変わった。
「わたし、必ず舞台でタツロウくんと踊るの!」
彼女の強い決意の言葉に、ふわっとしていたオレの集中力が高まってきたのだ。
彼女の動きを身体で感じて、それに合わせたリードをしていく。
そして最高に乗ってきたところでフィニッシュ!
さて、部長の判定は……。
「うん、OKだ! 最初は少し躓いたが、途中からどんどん良くなってきた。これなら舞台で十分に使える」
よっしゃ!
オレとアンジェリカは顔を見合わせて、お互い満面の笑みとなった。
「それじゃあ、今ここで発表する。週末の定期発表会、主演女優をアンジェリカに戻して、内容も元通りダンスパート有りでいく。何度も方針転換して申し訳ないが、みんなよろしく頼む」
部長の発表と共に役者たちはみんな歓喜の声を上げた。
やはり元通りのキャストと展開の方がみんなも納得がいくのだろう。
そしてアンジェリカは、オレの左腕に抱きついて喜びを爆発させた。
「タツロウくん、やったね! これでわたしたち一緒に舞台に立てるんだよ!」
「うん。それもこれも、アンジェリカがオレを信頼してリードを任せてくれたからだよ」
「ゴホンゴホン。あー、喜び合うのはいいが、程々にな」
部長からちょっとした牽制が入った。
まあでも頭ごなしに不文律で押さえつけられていた時よりは、ソフトな対応に変わったといっていい。
ソフィアも近づいてきてアンジェリカの復帰を祝う。
「アンジェ、復帰おめでとう。でも、彼は左腕も怪我していてまだ治っていないので、そろそろ放してあげてくださいね?」
「ありがとう、ソフィア。でもタツロウくん、そんなに痛かった?」
「いや、まあ問題ないから気にしなくていいよ」
「本当? それならもう少しだけこのままでいさせて?」
それからもうしばらくはアンジェリカに抱きつかれていたが、それで左腕に痛みが出るとかはなかった。
あえていえば、踊っている間にちょっと首をひねったかな?
まあ、そのあたりのことはいいんだけど。
アンジェリカがオレから離れるまでの間、ソフィアとの間に何となく緊張感が漂っているように感じたが気のせいだろうか?
「復帰おめでとうございます、アンジェリカ先輩」
次の祝いの挨拶はグレタか。
そうだ、代役とはいえ主演女優を掴んでいた彼女こそわだかまりはないのだろうか?
「……ごめんねグレタ。代役引き受けてくれたって聞いたけど、わたしのせいで元に戻っちゃって」
「大丈夫です。正直言ってプレッシャーに押し潰されそうだったので。それより、先輩の演技を間近で見て勉強したいです!」
「うん。わたし、最高の演技をするからね!」
幸いにもわだかまりは残らなかったようだ。
オレもダンスパートを絶対に成功させるぞ!




