123.牽制
「なあタツロウっち。今度の週末、一緒に街に繰り出そうぜ?」
「街のカワイイ女子たちを引っ掛けまくって、夕方までケーキ屋とカフェ巡りっちゅうのはどないや? 題して『春のスイーツ祭り』や!」
今日の授業を終えて一息ついていたオレに、2人の男が週末のナンパを誘いかけてきた。
オレとは別のクラスの生徒で名前はヤニクと、関西弁ぽい訛りで喋っているのがアドリアン。
関係としては、友人であり遊び仲間でもあり、そういう感じの付き合いなのだ。
コイツらはいわゆるヤンチャなグループに属している奴らで、一緒にいる時は賑やかで楽しい。
それはいいが今週末はそれどころじゃねえ。
「前にも言わなかったか? 今週末は演劇部の定期発表会があるって。だからムリ」
「そう言われたら、そんなこと言うとったな。残念やなぁ」
「タツロウっち、演劇部に入ってから付き合い悪くね?」
「入ってみたら思ってたよりずっと忙しいんだよな、これが。演劇大会が終わるまでは難しいかも」
「ええ〜、マジかよ。タツロウっちがいないと盛り上がりが今ひとつなんだけどなぁ〜」
「まあ、来られんもんはしゃあない。けどワイらが引っ掛けた女子の数を見て、後で羨ましくなっても知らんで〜!」
「羨ましくなんかならねーよ! オレには……」
オレはセリフの途中で思わず絶句した。
なぜなら、ヤニクたちの背後にある人物が接近していたからだ。
「ふ〜ん、なんか面白そーじゃん、『春のスイーツ祭り』って。ウチも混ぜてくんなーい?」
こだわりのギャルファッションに身を包んだヤニクの彼女、ギーゼラだ!
こいつはヤバい予感しかしない。
オレはとばっちりを受けないようにできるだけ身を潜める。
「ギ、ギーゼラ。もちろんおれっちは最初からお前も誘うつもりだったに決まってんだろ〜」
「へぇ〜、その割には『街でカワイイ女子を引っ掛けまくる』って言ってるのが聞こえたんだけど。なあアドリアン?」
「そ、それは……彼女がおらへん可哀想なタツロウ君に、引っ掛けまくるためのアドバイスをしてただけですやん」
うわっ、アドリアンのヤロー!
よりにもよって言い訳のダシにオレを使いやがって!
「ねえタツロウ、コイツの言ってることってマジなわけ?」
ひえっ、こっちに矛先が向いてきた。
アドリアンの策に乗せられるのはシャクだが、ここは事態を丸く収めねばなるまい。
「まあ、そんなアドバイスをされたな、余計なお節介で。オレは今週末は部活で忙しいって断ってんのによー」
「あっそ。そんならいいよ、答えてくれてありがとう。それじゃあヤニク、早速週末の予定を立てようか。もちろんウチと一緒に」
ヤニクは顔を引きつらせながら頷いている。
アドリアンはギーゼラに見えないようにオレに向かって両手を合わせて頭を下げるポーズをとった。
とりあえず危機は脱したが……コイツらには貸しにしておいて、いずれスイーツでも奢ってもらうとしよう。
「タツロウ! あたしもここにいるよ。気づいてた?」
レオナか。
そういえば彼女もヤニクたちと同じクラスだった。
ギーゼラの後ろにいて意識に入ってなかったというのが本当のところだが、どうしよう。
まあでも、彼女にはそのまま事実を伝えても問題あるまい。
「悪い、気づいてなかった」
「あはは……まあいいよ別に。それより部活、一緒に行こうか?」
「そうだな、それじゃ行きますか」
オレが席から立ち上がり、レオナがこっちへ来ようとしたところでギーゼラが彼女にボソッと話しかけた。
「レオナ、今日こそは頑張んなよ」
「……うん、そうだね」
頑張るって部活のことだろうか。
でもそれなら『今日こそは』っておかしいよな。
まあいいか、どうせオレには関係のないことなんだろう。
そして彼女が横に並んだところで歩き出す。
だけどなんだか窮屈な気が……。
横を見ると、いつもより距離を詰めて並んでいるレオナの姿が。
そんなに狭い通路でもないのに、もう少し間隔開けてほしいんだけどなあ。
でもなんか言い出せないうちに教室のドアを開けて廊下に出ると、前から少し驚いたような声が聞こえてきた。
「タツロウ君……それにレオナ」
前から歩いてきたソフィアだった。
「ついさっき教室でレオナと会ってさ。これから部室棟に行くんだけど、ソフィアも一緒に行くか?」
「……そうですね、私も貴方を迎えに来たので。丁度いいタイミングでしたね」
ソフィアはいつもの微笑みに戻って了承してくれた。
……しかしだ。
微笑みに戻る前に一瞬、鋭い目つきというか、何かを牽制するかのような視線をこっちに向けてきた。
ただそれはオレにというよりも、レオナへ向けてのものだったのだ。
そしてレオナは逆に視線をそらしてぶつかり合いを避けたように感じた。
どうしたんだろう……ケンカでもしたのか?
実際、歩き出しても2人の会話がいつもより少ないと感じる。
でも女子たちの人間関係はオレにとっては魑魅魍魎の世界なので、事情もわからないのに余計な口出しをするのは控えよう。
それはともかく、このままの雰囲気では息が詰まりそうなので、何か話題を振って少しでも和らげたい。
「ソフィア。今朝言ってた、アンジェリカへのメッセージの件だけど」
「……はい、まずは役者グループ内でメッセージを集めていこうかと。大道具係の作業場には稽古の休憩時間に説明と協力を呼びかけに行く予定です」
「わかった。ところで、メッセージってどういう内容を書けばいいのか、何か決めてるのか?」
「いえ、特に決まり事はありませんが……アンジェが元気になるような、そんな感じの呼びかけをしてもらえればいいかと」
「呼びかけねぇ……レオナは何か質問はないのか?」
「え? ああ、そうだねぇ。メッセージって、ちょっと長くなってもいいのかな? あたし、短く纏めるとかどうも苦手で」
「そうですね……色紙に全員分を書いていただくつもりなので、申し訳ないのですが一言、二言くらいでお願いしたいです」
「あはは、やっぱりそうだよね……わかった、頑張って纏めるよ」
「すみませんがよろしくお願いします。ところで、実は相談があるのですが……タツロウ君」
「どうしたのさ」
「メッセージなんですが……その、ドミニク君にも送ることを提案しようか、迷っているのです」
ソフィアからの思わぬ相談に、オレとレオナは顔を見合わせ、どちらもギョッとした表情になっていた。
ドミニクはこの前の事件で、こともあろうにオスヴァルト側についてオレたちを裏切ったのだ。
でも奴らに利用されただけで、オスヴァルトに脇腹を刺されて殺されかけ、今は入院中だ。
どうしようかな……騙されていた面もあるし、完全な悪ではないとはいえ、みんながどう思うか。
いや、ここは恐らく、オレがどう思うかを彼女は聞きたいのだろう。
オレなりの考えを話そう。
「オレ個人で言えば、構わない。それとこれとは別として、あくまで回復を願う程度のメッセージにするなら」
「……なるほど、そういう意見もあるのですね」
「逆にソフィアはどうなんだよ? アイツの裏切りで酷い目にあったうちの一人じゃないか」
「私は、何とも思っていないと言えば嘘になりますが……やはり、彼は何も知らずに騙されて利用されていた側面が大きいですし。これまで一緒に頑張ってきた部活仲間でもありますから」
「あのさ、あたしも言っていいかな? あたし、今でも信じられないんだ。ドミニクがあんなことしたなんて」
「……」
「アイツが去年演劇部に入ってきた時、演劇のことを何も知らないズブの素人でさ。でもやる気だけはあったから、あたしが面倒みてやっと最近仕事を一人前にこなせるようになって」
「そうだったのか」
「だからさ、あたしにとっては出来の悪い弟みたいなもんで、酷いことされたのに見捨てられそうにない。できれば反省させた上でチャンスをあげてほしい」
「……わかりました。まずは部長とヘルムートさんに相談してみますね。お二人の思いも伝えておきます」
「頼むよ。ってか、面倒なこといつも任せちゃってすまない」
「ふふっ、問題ありませんよタツロウ君。今回も任せちゃってください」
「ありがとうソフィア。あたし、こんなに素晴らしい友だちに出会えたことが嬉し過ぎる」
「こちらこそ」
皮肉な話ではあるが、裏切った部員のことで本音をぶつけ合って、ソフィアとレオナの緊張も和らいだと思う。
それじゃあ、2人へ送るメッセージを考えておきますか。




