121.悩み
「失礼します。それで部長、お話って何ですか?」
部長室に入ってからオレが話を振るや否や、部長は椅子をガタッと鳴らしながらやおら立ち上がった。
うわっ、これは怒られるパターンじゃないのか?
オレはなんか彼女を怒らせるようなことをしたのだろうか?
身に覚えはないけど、謝る準備をしたほうがよさそうだ!
「な、なんか知りませんけどすみま……」
「タツロウ君! 今回のことは、本ッ当に感謝している。この通り、伏して礼を言う!」
な、なんと。
あのオリヴィア部長が、机に手をついて頭を深く下げているのだ。
その横に立っているヘルムートに至っては、上半身をキッチリ45度の角度に折り曲げて最敬礼の姿勢を保っている。
戸惑っているオレに対して部長は感謝の言葉を続ける。
「キミがあの場にいてくれて……傷と怪我だらけになってもアンジェリカたちを守ってくれた。感謝してもしきれないくらいだ」
「あ、頭を上げてくださいよ。そもそもオスヴァルトたちが悪いんだし」
「オスヴァルトについては、アタシはキミに謝らなければいけない。正直に言えば、オスヴァルトのことをナメていた」
「……」
「まさか、部員に内通者を作って、あれ程用意周到に計画して襲撃してくるとは……。心のどこかで、ヤツが襲ってきても簡単に返り討ちにできるとタカを括っていたのだ」
「内通者については、このヘルムートに責任があります、部長。ドミニクの普段の生活や悩みなど、何も把握できていませんでした。そしてただ使い勝手のいい人物とだけ考えて起用し、結果としてタツロウを窮地に追い込んだ。痛恨の極みです」
「……わかりました。部長たちからの感謝と謝罪はオレの中でキッチリ受け止めさせてもらいました」
オレからの返答を受けて、部長はとりあえず着席し、ヘルムートは上半身を直立に戻した。
「本当にありがとう、タツロウ君。いずれ感謝の気持ちを何らかの形にしてキミに示したいと思っている。まずは、その右手人差し指の治療を支援したい」
「それはありがたいんですけど……こんなの、こうやって添え木と包帯してりゃそのうち骨がくっついて治るでしょ?」
「ん? 校医はまだキミに説明していないのか……その指は損傷が酷く、治ったとしても以前のようには動かない可能性が高いそうだ」
「えっ!」
「それについては、アタシの主治医を紹介させてもらいたい。治療だけではなくリハビリにも精通しているから、少しでも元通りになる確率が上がると思う。もちろん診療代はアタシが負担する」
「……正直に言えばショックです。でも嘆いていても仕方がないし、それじゃお言葉に甘えて、お願いします」
バスティアンと戦っている最中はアドレナリンが出ていたからか、そこまでひどい状態だとは思わなかった。
でも、例え以前のようには戻らなくても、ソフィアたちが無事なら指一本くらい安いものさ。
おっと。
それはいいけど、そうなるとダンスパートでの踊りに影響が出るかもしれない。
それも含めて、ここでついでに聞いておこう。
「ところで、ダンスパートの件ですけど。代役のグレタと踊るのなら、一刻も早く稽古を開始しないと間に合わないと思うんですが」
「それなんだが……ダンスパートは全てカットするつもりなんだ。なぜならグレタのダンスの腕前は、とても舞台で見せられるレベルではないからだ」
「えっ! 稽古しても駄目なんですか?」
「うーん、無理だろうねえ、1週間足らずでは。キミが最大限に上手くリードしても駄目だと思う」
「……オレとアンジェリカが踊る筈だった場面を全てですか?」
「いや違う。キミたちだけではなく、ソフィアたちが踊る場面もだ」
「……すいません、何でソフィアたちまで何ですか? 理由がわからなくて理解が追いつかないんですけど」
「うむ、それでは説明しよう。グレタ演じる主役の三女と、ソフィア演じる姉の二女、この姉妹が対決する場面の一つとしてダンスパートが出てくるからだ。ソフィアたちだけが踊っても意味がないからね」
「……わかりました」
「まあ、指だけでなくあちらこちら怪我をしているのだから、ダンスパートのことはもう気にせずに早く身体を治してくれたまえ」
「はい」
「あと一つ、キミに聞きたいことがあるのだが」
「何ですか?」
「錬金術研究会に戻りたいと、今でも思っているのかい?」
「急にそんなこと聞かれても」
「いや、もしかして、今回の事件でキミが演劇部に嫌気が差していないかと心配していてね。それでどうしても戻りたいということであれば、アタシからマグダレナに話しておくよ」
「……」
「アタシは、いやアタシたちはキミにこのまま演劇部に残ってほしい。でもキミの要望はできればかなえたい。それがアタシが示せる感謝の印なんだ」
「しばらく考えさせてください」
「ああ、いつでも返事を待っているよ」
部長室を出て1階に行く途中、オレは考えてみた。
普段からことあるごとに戻りたいと思っていたのに、いざそれが実現しそうになると、何故か躊躇してしまう。
演劇部の環境に慣れたから?
それとも演劇に興味が湧いてきたのか?
或いは演劇部を離れたくない理由でもあるのか?
自分でもよくわからなくなってきた。
「あ、おかえり。どったの? 暗い顔して。部長に何か怒られたの?」
大道具係の作業場に入るとレオナが出迎えてくれた。
「怒られてなんかねーよ。寧ろ感謝されたわ、こないだのオレの活躍を。そりゃもう大絶賛で」
「本当かな〜。それはそうと、今日はあたしの作業を手伝って。その指じゃ重いもの持てないでしょ?」
「了解」
彼女とのこうしたやり取りも、もはやパターン化してきたな。
それだけ日常として定着したってことではあるのだが。
ちなみに今日の作業は、ドミニクが作業途中のものを仕上げるのが中心だった。
そして部活終了の時間。
これももはや定番と化した、ソフィアとレオナと一緒の帰り道だ。
ソフィアは、ひとまずいつもの微笑みの表情に戻っていたので一安心したよ。
不安を完全に払拭できたのかはわからないが、表面上はいつもどおりの受け答えだった。
それはともかく、アンジェリカの元気な声が聞こえてこないのはやはり寂しい。
それはソフィアたちも同じ気持ちのようだ。
アンジェリカには、一日も早く体調が良くなってこの場所に戻ってきてほしいな。
そうして帰り着いた寮の部屋で、オレはどうするべきかずっと悩んだのだった。




