120.不安
週末の定期発表会は主演女優を交代して上演すると、オリヴィア部長から突然発表された。
それを聞かされた部員たちからは、当然のように大きなどよめきが起きている。
もちろんオレにとってもショッキングな話で、何がなんだかわからない。
「ソフィアとレオナは、この話を知ってたのか?」
「……いえ、私も今初めて聞きました」
「あたしも全然。ハンナ先輩は?」
「私も全く聞いてないわ〜。確かにアンジェちゃんは入院中だけど……まだ退院の目処が立たないのかしら?」
周りにいる部員たちもオレたちと同じく寝耳に水状態のようだ。
しかしここで、アンジェリカの相手役であるマティアスが声を上げた。
「部長! 相手役のおれですら何も聞かされてなかったんすけど。どういうことか説明してもらえねーと、納得いかないんすけど!?」
「すまないマティアス。実はついさっき、アタシとヘルムート、それとイェルクの3人だけで相談して決めたことなんだ」
「だから、どうしてなんすか!」
「先に、今の状況について説明させてくれ。まず、先週末に起きた事件だが、巻き込まれた部員の中にアンジェリカが含まれていたんだ」
「それくらいは、おれたちも一応は知ってますよ」
「その際にアンジェリカは強い精神的ショックを受けたのだ。すぐに病院へ入院することになって、今日もまだ退院できていない」
「いつ退院できるかわからない、ってことですか?」
「実は今日の午後に面会に行ってきた。事件直後よりは話もできるようになっていて回復傾向にあるのは間違いない。だが、お医者様の見込みでは今週中に退院できるかも微妙だそうだ」
「病院はどこなのか教えて下さいよ! おれも面会して彼女に直接確かめたいんすけど」
「それはダメだ。まだ感情が不安定だから、むやみに面会に行くと回復が遅れることになりかねない」
マティアスは粘ったが、結論は何も変わらなかった。
オレも何か言おうかと思ったが、やめた。
現場でアンジェリカがどれだけショックを受けたかを間近で見ていた者としては、無理してでも出演してくれとはとても言えない。
それはソフィアたちも同じ気持ちのようだ。
しかし代役はどうするんだ?
主演女優の代わりがすぐ務められるもんなんだろうか?
オリヴィア部長は次にそのことについて言及した。
「ところで、主演女優の代役なんだが……1年生のグレタに務めてもらう。本人には先程伝えてある」
グレタって確か、ハンナ先輩から『期待の若手』と紹介された1年生女子だ。
またも部屋中にどよめきが響き渡る。
まあ、誰が代役となっても起きただろうけど、1年生となると余計にそうなる。
そのグレタを見ると……みんなから浴びせられる視線に恐縮しまくって、気の毒なくらいだ。
「なあソフィア、グレタにアンジェリカの代役なんて務まるのか?」
「……あくまで『代わりに役を務める』というだけで言えば、可能です」
「何だよ、その奥歯にものが挟まったような言い方は」
「詳しく説明しますね。グレタは今回脇役で出演予定なのですが……お芝居の勉強も兼ねる意味合いで、万が一に備えて主役のセリフと演技についても指導を受けていました」
「あー、そういうことか。でもアンジェリカと同等に演じるのは難しいって言いたいわけだな」
「……グレタには失礼な言い方になるのですが、そのとおりです。特に存在感は遠く及びません」
うーん、こればっかりはどうしようもない。
役者としての力量差を1週間弱で埋めるのは並大抵なことではないだろう。
そういえば、ダンスパートはどうするのだろうか?
今からグレタと稽古しなければいけないのなら、一刻の猶予もないんだけど。
しかしオレの心配事には言及はなく、あとは事件の概要が説明された。
といっても過激な部分……例えばドミニクが刺された場面や、オスヴァルト一味のゲスな言動、オレが廃人にされかけたことなどはオブラートに包んだ表現で配慮されていたけど。
一通りの説明が終わったところで解散となった。
みんなの雰囲気としては……グレタには申し訳ないが、不安の方が勝っている、というのが正直なところだ。
それはともかく、オレも出席したからにはやるべきことをやらなくてはならない。
というわけで1階の大道具係の作業場に行こうとしたのだが、ヘルムートがオレを捕まえるように話しかけてきた。
「タツロウ、ちょっと待ってくれ。オリヴィア部長からお前に話がある。悪いが、このあと部長室に寄ってくれないか?」
何の用事で、と聞こうとしたオレに構わず、ヘルムートはさっさと行ってしまった。
なんか知らんが、呼び出された以上は行かねえと。
その様子を見ていたソフィアは、何故か不安そうな表情でオレを見ていた。
「どうしたんだよ。何か不安なことでもあるのか?」
「……この前の事件があってから、貴方が急に私の前から姿を消すような不安に襲われることがありまして。今がまさにそうなのです」
いや、ただの呼び出しでそんな大げさな。
そう返そうとしてオレはふと思った。
ソフィアも、アンジェリカ程ではないにしても、やっぱりあの事件で精神的ショックを受けたのではないかと。
ここは、できるだけ不安を解消する言葉を返すように心掛けよう。
「大丈夫、オレは急にいなくなったりしない。そうする理由もないし」
「……わかりました。ではまた後ほど」
うーん、解消できたのかどうか怪しいな。
というのも彼女は最後、寂しそうな目をしながら向こうへ行ってしまったからだ。
しかしそればかり気にしてもいられない。
ゆっくりと部長室に歩いていく。
そしてドアの前で少し緊張しつつ、何を言われるのかと身構えながらノックして中に入った。




