118.目覚め
目が覚めた。
ここはどこで、今は何時だ?
場所は……学校の保健室のベッドっぽい。
外はまだ真っ暗ではないようだが。
「やっと起きましたわね、タツロウ!」
「うわっ!」
「なんですの……まるで幽霊でも見たかのようなその反応は」
「だ、だって何でマグダレナさんが! というかこの状況にデジャブ感があるんですけど」
「デジャブも何も、学園祭の時にもこうやって、倒れた貴方を翌朝までわたくしが見ていたではありませんか」
「……ああ、そうでした」
「それよりも、興奮しないで落ち着きなさい。貴方は何度も脳震盪を起こしたのですよ、昨日。できる限り安静にしておかねばなりません」
そうだった。
アンジェリカを執拗に狙ったオスヴァルトと、それに雇われたであろうバスティアンたちを相手に戦ったのだ。
奴らをブチのめしたはいいが、あれからどうなったんだろう。
オレの顔にそんな気持ちが出ていたのか、マグダレナに先手を打たれてしまった。
「わたくしは、もう行きますから。一旦寮に戻って支度を済ませたあと、授業に出席しなくてはなりませんので。校医には貴方が眠りから目を覚ましたと伝えておきます」
「は、はあ」
「ここまでの状況は、ソフィアたちから追々説明がなされるでしょう。貴方は少なくとも2日間の安静が必要ですから、今はゆっくり休みなさい。いいですね」
「わかりました」
「あと一つ。昨日わたくしが見たソフィアは、今まで見たことがない程に取り乱していました。いい加減、彼女に心配をかけないように気をつけなさい」
マグダレナはバタンとドアを閉める音を残して行ってしまった。
そうか、また余計な心配をかけてしまったか。
そうはいっても、バスティアンとはギリギリの勝負だったしなぁ。
まあ、もっと強くなって余裕で勝てればいいんだけど。
そういえば折れた右人差し指は……添え木と包帯でガチガチに固められていた。
ならばいいか、とにかく休もう。
◇
もうすぐ昼飯時か、腹減ったなぁ。
ベッドで休んでいる間に校医さんから聞かされたのは、オレが意識を失ってから周りの人たちがいかに大変だったかということだ。
意識を失っていたのは5分程度らしいが、ここに運ばれるまでの間、ソフィアとレオナがずっと呼びかけて意識を保ってくれた。
たまたま用事でまだ校舎内に残っていたマグダレナは、夜中にオレの容態が急変しないか定期的に確認してくれた。
他にもいろいろあったようだが、オレはそのあたりのことを何も覚えていない。
暇なので昨日のことを思い返そうとするが、まだ断片的にしか思い出せない。
脳に問題がなければ、しばらくしたら記憶も戻るらしいが……もしクラスメートや部活仲間のことを思い出せなかったりしたらと思うとちょっと不安だ。
そんなことを考えていた所に、複数の男女が近づきつつ会話している声が聞こえてきた。
「タツロウ! ちゃんと目が覚めてるんだね、よかったよ〜!」
レオナだ。
いつも通りの元気な声で呼びかけてきた。
「全く、みんなに心配かけてんじゃないわよ!」
「やあタツロウ。とりあえずは大丈夫そうだね。今朝、マグダレナさんから聞くまではみんな心配でさ。サンドラなんて、いても立ってもいられないって感じだったんだ」
「ちょっとマルコ! 余計なこと言わないで!」
「ハハハ、心配してくれてありがとうよ、レオナ、マルコ、サンドラ」
「記憶も問題なさそうだね。あたしさ、忘れられてたらどうしようかって心配だった」
「うーん、でも昨日のことは思い出せないこともあるんでまだ不安はあるよ、レオナ」
「そうなんだ。じゃあ週明けに早速こき使ってあげるから。ショックで全部思い出すかもよ?」
「勘弁してくれよ〜。ところで来たのはお前ら3人だけか?」
「もう一人いるわよ……ってほら、隠れてないでこっちに来なさい!」
おずおずと出てきたのはソフィアだった。
俯き加減で両手は籠のバスケットの取っ手を握っている。
なんかいつもの微笑みが消えてるな。
よし、ここはちょっとしたドッキリで場を和ませよう。
そしたら彼女の笑顔も見れる筈だ。
「……あの、タツロウ君。私のこと」
「え〜と。キミ、誰だっけ?」
あれ。
なんか思ってたのとみんなの反応が違う。
場が静まり返っちゃって、ソフィアは笑顔になるどころか。
彼女の目が潤んできたと思ったら、頬を伝って落ちていくものが見えた。
ヤバい、全然逆効果じゃねーか!
「い、今のはドッキリ、ジョークだよ! もちろんソフィアのことも覚えてるって、ハハハ!」
ネタばらしで今度こそ笑顔に……なるどころか、今度は非常に気まずい雰囲気となり、特にサンドラの顔はみるみる紅潮してきた。
「タツロウー!! アンタねえ、そういうのは時と場所を考えてやりなさいよね! 安静が必要な状態じゃなかったらぶっ飛ばしてたところなんだから!」
「今のはタツロウが全面的に悪い」
「これはさすがに、俺も擁護しようがないよ」
ひええ、みんなからフルボッコにされてしまった。
ここに至っては、もうあれしかない。
「……みんな、オレが全面的に悪かった。すまん、許してくれ」
「許すかどうか、聞くべき相手がいるんじゃないの?」
「ソフィア、本当にゴメン」
「……もう2度と今みたいな悪ふざけはやらないと誓いますか?」
「もちろん誓う」
「……わかりました、今回だけは許します。ところでお腹は空きましたか? 頭痛とか吐き気はありませんか?」
「メッチャ腹減ってる。今のところ体調は悪くない」
「そうですか。ではサンドイッチを作ってきましたので、ここで一緒に食べましょう」
「ソフィアはね、朝早くから材料を仕込んでおいて、昼になってから急いで寮に戻って作ってきたんだから。感謝しなさいよね!」
「サンドラ! それは言わないでって、私言いましたよね?」
場が賑やかになってきて、ソフィアの表情にいつもの微笑みが復活した。
オレは沢山食べたかったのだが、ゆっくりと食べるように校医に言われたので、そこそこでやめておいた。
それにしても、彼女が作ったサンドイッチはやっぱり最高に美味かった。
「それじゃあ、あたしたち演劇部の活動に行くね」
「今日は週末で授業は半ドンだから、今からだよな」
「はい。でも今日は早めに切り上げるとオリヴィア部長は仰っていました」
そりゃそうだよな、昨日あんな事件があったのだから。
「アンジェリカは?」
「一応病院に入院しています」
「ドミニクも同じ病院で、一命を取り留めたよ。詳しくは週明けに説明するからさ」
「あたしとマルコも行くね。錬金術研究会を代表して来てるから、メンバーに報告しないと」
「代表って何でお前らが」
「実は俺たち、少し前に2人で入部したんだよ」
「ええ〜、マジかよ!」
「何よ、何か不満でもあるわけ?」
「……いや、驚いただけさ」
かくして4人とも行ってしまい、午後は静かだが退屈な時間を一人で過ごすのに疲れた。
なお、寮に帰れたのは夕方になってからだった。
オレが倒れてから24時間近くが経過して気になる症状が見られず、ようやく校医から許可をもらえたのだ。
ふう、やっとだぜ。




