116.脱出
ドガアッ!!
マウントポジションを取っているバスティアンの右拳が、為す術なく仰向けに倒れているオレの顔面を殴りつけた。
ガードしようにも、両腕はヤツの両膝で押さえつけられて動かせない。
オレはもはや声すら出ず、脳ミソが揺らされているのを何となく感じながら、意識朦朧としていた。
「……タツロウ。まだ正気は保っているか? まあ、目つきと表情を見ればわかるがな。朦朧としている意識が戻ったところで殴られ、また意識が飛びそうになる……それを繰り返して徐々に壊れていく様はいつも愉しめる」
バスティアン、お前は本当にロクでもない悪党だな。
でもそんな悪態をつく気力も無くなってきた。
ソフィア、アンジェリカ、レオナに先輩。
助けられないかもしれない、ゴメン。
オレにできるのは、オリヴィア部長たちが部室棟を出てここを通りがかるまでの時間稼ぎとして、廃人になるのを少しでも遅らせることだけだ。
だがオレの思惑を嘲笑うかのように、オスヴァルトは撤収の準備を始めてしまう。
予めこのあたりに用意しておいたのか、縄でアンジェリカを後ろ手にして手首を縛りだした。
「ゴメンねアンジェリカ。僕の家に招待するまでの間だけ、君が驚いてどこかに行かないようにさせてもらうよ」
何が招待だ、ただの拉致監禁じゃねーか。
くそ、何とかしてこの状態から抜け出して彼女を救けたい。
足は動くので、バスティアンの背中を膝蹴りしてみるが、力が入りにくいし効いてそうにない。
そして今度は左拳でフック気味のパウンドが振り下ろされる。
「ゲフッ、ゲフッ!」
今度は右奥歯が折れたのを吐き出した。
終わる頃には歯が無くなりそうだ。
「バスティアン、愉しむのもいいが……僕はもう飽きたよ。まだ大丈夫だと思うが、オリヴィアたちが来たら厄介だ。そろそろ廃人にしてしまえ」
「……出資者はいつも勝手を言う。仕方がない、ペースを早めるとするか」
またもや右のパウンド。
ヤバい、このままだと本当に意識が保てなくなりそうだ。
そんな状態のオレだが、何とか話し声は聞こえてくる。
「次はハンナ、お前を縛り上げてやろう」
「オスヴァルト、貴方の汚い手で触らないで」
「お前、僕が演劇部にいた頃は蛇蝎の如く嫌ってたよな」
「……それはそうでしょう。仕事はサボってばかりなのに態度は大きいし、アンジェちゃんを困らせるのだけは一人前。でも、オリヴィアさんには頭が上がらなくて、彼女の前では卑屈な態度……。どこに好かれる要素があるのかしら?」
「(パーン!)あまり僕を怒らせないほうがいいぞ。なんならお前を真っ先に滅茶苦茶にぶっ壊してやろうか?」
「いいわ、そうして頂戴。というか、現役看板女優の私が1人いれば十分満足でしょう? アンジェちゃんたち3人は今すぐに全員解放してあげて」
「うっせーんだよこのアマ! お前如きがアンジェリカの代わりになるわけねーだろうが、黙れ!」
それから猿轡でも噛まされたのか、先輩のうめき声しか聞こえなくなった。
……ハンナ先輩は、後輩たちを守るために覚悟を決めてオスヴァルトに立ち向かった。
それなのにオレは、情けないことに諦めかけてしまった……!
絶対に、このマウントポジションから脱出してコイツら全員ブチのめしてやる!
オレは闘志が湧き上がってきたのを強く感じた。
そこへ、今度は思いもよらない人の怒鳴り声が聞こえてきたのだ。
「オスヴァルト! お前、いい加減にしな! まだウチの部員たちに危害を加えるつもりなら……ここからはアタシが相手だ!!」
オリヴィア部長!
来てくれたのか?
いや、でもぱっと見渡した限り姿が見えないし、声がした方向にいるのは……。
しかしオスヴァルトは明らかに狼狽し、周りからもわかるくらいに怯えだした。
「オ、オリヴィア? ど、ど、どこにいるんだ? くそ、こんなタイミングで!」
「あ、あのオスヴァルトさん。今の声、おれが拘束してる女の方から声が」
「あぁ? お前が拘束してるのはソフィアって女だろうが! ヘタレのくせにいい加減なこと言うな!」
いや、実は合ってる。
さっきのオリヴィア部長はソフィアのモノマネだ、恐らく。
だが激しく動揺したオスヴァルトは、フラフラとレオナが拘束されている方へよろめいていく。
「ちょ、ちょっと! オスヴァルトさん、こっち来ないで!」
「え? うわぁっ!」
ぶつかった拍子にレオナの拘束が解けた。
それを見て、ソフィアが間髪入れずに指示を飛ばす。
「レオナ! 走りながら合図を送って、早く!」
「わかった、任せて!」
「何をやっている! その女をすぐ取り押さえろ!」
バスティアンに怒鳴られて、レオナを拘束していた男が追いかけ始めた。
だが、レオナは走り出しながら掌に魔力を溜め、ファイヤーボールを空高く打ち上げた。
それが頂点に達したところで、花火のようにパーンと大きく弾けたのだ。
よし、あの高さなら部室棟からでも見える。
これで形勢逆転だ!
そのあとレオナは捕まってしまったが、もう遅い。
「うわあ……オリヴィアが来るぅ!」
「オスヴァルトさん、落ち着け! くそっ……おい、女はもういいから撤収準備だ!」
バスティアンの表情にもさすがに焦りの色が見え始めた。
そして、他の所に注意がいってるせいか、ヤツの右膝が浮いてきて重心が左側に寄り始めている。
今だ!
左腕にありったけの力を込めて右膝を持ち上げ、ヤツの身体をひっくり返しにかかる。
「うりゃあああ!」
「くっ、させるか!」
バスティアンは右膝に力を込めて重心を右側に移し、オレの左腕をもう一度地面に押さえつけようとする。
そして抑えられる寸前、最もヤツの重心が右側へと移った瞬間、オレは右腕に力を込めてヤツの左膝を持ち上げにかかる。
「ふんぬ〜! でいやあああ!!」
「なっ? 馬鹿な、この体重差でどういうことだ!」
それはお前が重心を左右に動かし過ぎて反動がついたから。
オレはその瞬間を狙って利用したに過ぎない。
そしてバスティアンは右に偏りすぎた重心を戻せず、オレは身体を左に捻じりつつヤツの右膝を突き飛ばして、ようやく脱出に成功したのだ!
今ので右手に更に激痛が。
あらぬ方向に曲がっていた指が更にエラいことになっていた。
でもここが勝負どころだ。
ハンナ先輩がオスヴァルトの苦手なものを暴露してくれた。
ソフィアが得意のモノマネで動揺を誘った。
レオナが隙を突いて部長たちへ合図を送ってくれた。
それらがバスティアンの焦りにも繋がり、今この状況に至っている。
だから、これで決着をつけてやる。
右手の激痛を我慢してすぐに後ろに下がりつつ、左の人差し指先に魔力を溜める。
次がバスティアンとの最後の打ち合いになるだろう。




