110.ガード役
アンジェリカは1年生の時にストーカー被害に遭っていた。
演劇部のハンナ先輩からそう説明を受けたのは昨日のことだ。
その相手が再び現れて登校できなくなっていた彼女と一緒に登校するべく、今朝は男子寮と女子寮から道に出る地点で待っているのだが。
なかなか来ないな。
結構早くから待っているのに、いつの間にか登校する生徒たちで道は一杯になってしまった。
「タツロウ、おはよう! それとお待たせ〜!」
レオナの声が聞こえてきた。
ようやく登校できそうだ。
しかしその声の方向を向いてオレは愕然とした。
レオナ、ソフィア、ハンナ先輩の3人に囲まれながら歩いてきたアンジェリカは、いつもの元気はなく憔悴した様子で、周囲を常に気にしているといった具合だったのだ。
さすがに心配になって、オレは彼女に声をかけた。
「アンジェリカ! まだ身体の具合が良くないんじゃないのか?」
「タツロウくん……? わたし……!」
彼女はオレの姿を確認するなり泣き出しそうな顔をして、左腕にしがみついてきた。
オスヴァルトの野郎、彼女がこんなになるようなトラウマを植え付けやがって。
もし近づいてきたら絶対にブチのめす!
そして少し窮屈だがこのままの体勢で歩いて行こうとすると、レオナが少し困った表情でアンジェリカに注意する。
「あのさ、アンジェ。そのまま歩いていくと部長がうるさいからさ……。タツロウも腕を離して」
「レオナ、そんなこと言ってもよ。この状態の彼女を引き離したりできねえよ! それで部長が怒るんなら、オレは怒られたって構わない」
「今日はいいから、レオナちゃん。オリヴィアさんには私の方から説明しておくから」
ハンナ先輩のとりなしもあって、教室までオレとアンジェリカは腕を組んだ状態で移動した。
でもさすがに教室の中まではこのまま行けないので、彼女をなだめつつゆっくり離れてもらい、ソフィアとレオナが彼女のクラスへと連れて行った。
ふう、とりあえず何も起きなくてよかった。
しかし教室に入るとサンドラから詰問された。
「ちょっとタツロウ! どういうことよ! アンジェリカと腕を組んで登校するなんて。ソフィアと話し合ったんじゃなかったの!?」
「いや、あれは事情があって。詳しくは言えないけど、アンジェリカはまだ体調が良くない。フラフラしてちゃんと歩けなかったから腕を貸しただけだ」
「適当な事言ってるんじゃないでしょうね!」
「嘘だと思うなら後でソフィアに確認すればいい」
「……どうやら本当みたいね。でも、だからといってソフィアのことを放っておくのはダメだからね!」
サンドラはソフィアのことになるとやたらとオレを詰問するが、いくら彼女とは親友だからって、なんでそこまで構うのか。
最近はこれがパターン化してきて鬱陶しくなってきた。
でも今回はサンドラの隣に座るマルコが間に入ってくれた。
「まあまあ、そのくらいにしといてあげなよサンドラ。タツロウは最近やたらと忙しそうだけど大丈夫なの?」
「まあ、なんとか。少し厄介なことになるかもだけど、どうにかするさ」
「あえて聞かないけど何かは起きてるんだね。タツロウなら切り抜けられるとは思うけど、困ったら俺にも相談してよ。大したことはできないかもしれないけど力になるからさ」
「ああ、そん時はヨロシク」
マルコのさり気ない気遣いはとても有り難い。
持つべきものは親友だな、やっぱり。
あれ?
オレは自分でも矛盾したことを言ってると思う。
サンドラがソフィアのことでオレを責めるのは、親友として彼女を気遣ってるから。
それを鬱陶しいとか……オレもまだまだ人の気持ちってのがわかってないらしい。
◇
さて、放課後になった。
今度は部室棟までアンジェリカに付き添ってやらないと。
朝の登校は、なんだかんだいっても人通りが多いからオスヴァルトが仕掛けてくる確率は低かった。
授業中も問題は無いと言っていい。
なぜならアンジェリカは下級貴族、オスヴァルトは爵位持ちだから。
授業カリキュラムが全くの別なので、こちらから爵位持ちたちの教室へ出向かなければ危険はほぼ無い。
しかし、放課後はそうはいかないのだ。
アンジェリカとソフィア、レオナ、ハンナ先輩と合流したオレは、気合を入れて前を歩いていく。
「タツロウくん。朝はごめんね、みっともない姿を見せちゃって」
「気にすることはないよ、アンジェリカ。悪いのはあの野郎なんだから」
教室内でクラスメートたちに囲まれて落ち着きを取り戻したのか、彼女は朝のように腕にしがみついてはこなかった。
部室棟に無事に到着した時には、オレの神経はクタクタだった。
それから大道具係の作業をこなして、あとはアンジェリカと久しぶりにダンスの稽古。
定期発表会はもう迫っているので、そろそろ舞台で踊るための稽古もしていかなければならない。
一番の課題は、王子役であるマティアスと入れ替わる場面だ。
お客さんにバレないように舞台袖で瞬時に入れ替わらなければならない。
顔でバレないのかって?
なので、設定が一部変更されている。
繁華街のナイトクラブで、お互いにお忍びで参加していたところを出会うというのが元々の設定。
変更後は、主人公が追放先で世話になっている貴族の公邸で行われる仮面舞踏会に、王子が身分を隠して出席となったのだ。
あとは当日、仮面をつけて髪型をマティアスと揃えれば問題ない。
あともう1回、主人公が祖国へ舞い戻ってからも踊る場面があるが、そこでは元から王子の正体を隠すために仮面を被っているので、ダンス中のセリフをカットして臨むことになった。
と、説明が長くなったけど、アンジェリカはまだ本調子ではなく、オレも入れ替わりが上手く決まらなくて苦戦中だ。
稽古中はオリヴィア部長のダメ出しを何度も食らっている。
「タツロウ! 入れ替わりはもっと素早く、でも腕の組み方はマティアスとピッタリ合わせるんだ!」
「はいよ!」
「アンジェリカ! 辛いのはわかるけど、もっと動きをシャープに!」
「……もう一度やってみます!」
何度もやり直して時間が足りなくなり、オレは今日の大道具係の作業を免除されて終了時刻まで稽古し続けた。
「フーッ、もう終了時刻か。2人ともお疲れさん。だいぶ様になってきたから、明日も徹底的に稽古しよう」
「「稽古ありがとうございました、部長!」」
疲れていたが、最後にハモってオレとアンジェリカは顔を見合わせて笑った。
帰り道でも緊張しながら歩いたが、今日はあの2人はどちらも姿を見せなかった。
ちなみに、もし現れて何か仕掛けてきた場合の対応も考えられている。
部室棟には部長とヘルムートがしばらく残ってイザというときに備える。
そして現場ではオレが奴らを食い止めている間に、ソフィアかレオナが部室棟まで走るか魔法で合図を出して救援を要請。
部長とヘルムート、あと誰か残っている男子がいればできる限り動員して駆けつける、って具合だ。
なお、部長の腰巾着みたいなイメージのヘルムートだが、意外にも護身術の上級者だとか。
まあ、頼れる人が多ければ心強い。
オレ以外にもガード役を付けることも検討されてるけど、部員、特に役者グループにはできるだけ怪我をさせたくないというのもあって、しばらくはオレが頑張るしかないようだ。
「それでね、タツロウくん。今日の授業でね」
「へぇ〜、それは面白いな」
アンジェリカは昨日までの鬱憤を晴らすかのように喋りまくった。
それはいいのだが、ソフィアがオレに話しかけるのを我慢しているようにも見える。
後でまた不機嫌にならなければいいんだけど。
そしてあっと言う間に寮の分かれ道に到着。
「それじゃあねタツロウくん、明日も迎えに来てね」
「わかってるよアンジェリカ」
「……あの、タツロウ君」
「ソフィア。今日は悪かったな、話ができなくて」
「……いえ、大丈夫です。それよりも今日はお疲れ様でした。明日もアンジェのこと、よろしくお願いしますね。それではまた」
今日のソフィアは最後まで微笑みを崩さずにいてくれた。
気遣ってくれてるのかな。
これならアンジェリカのガード役として全力を注げそうだ。
事態が沈静化したら、その時は彼女と沢山話そう。
オレは心の中でそう誓った。




