104.演劇部の王子様
オレとアンジェリカはオリヴィア部長に指名されて前に出る。
みんなの前で上手く踊れるだろうか。
そもそも何を踊るのか……って、劇中のダンスを稽古するんだからタンゴで間違いないんだった。
あとはアンジェリカをどうリードしていくかが問題なのだが、彼女の実力がわからないし、結局はやってみてからの勝負となりそうだ。
というわけで、まずはホールドを組むために両腕を広げて彼女の準備を待つ。
彼女も同じく両腕を広げつつ近づいて来るのだが、俯き加減で少し自信が無さそうに話しかけてきた。
「あのね、わたしタンゴはまだ完全には習得できてないの。もちろん頑張るけど優しくリードして?」
「わかった、任せとけって」
「ありがとう、タツロウくん。やっぱり貴方がいてくれて良かった」
アンジェリカは安心したのか笑顔を返してくれた。
彼女とは身長差があるので、オレの右肘を包むように左腕を被せきたソフィアよりもちょっと下から左腕を組んでもらう。
そしてオレの右手が彼女の背中に入って支えることができたので、これでしっくりとホールドを組めた。
さあ、そろそろ部長の手拍子を合図に踊りだそう……という矢先のことだった。
稽古場のドアがバッと開いて、オレたちは勿論のこと稽古場にいるみんなもそっちに気が向いてしまったのだ。
そして勢いよく入ってきた背の高い男は、爽やかな笑顔でみんなへの謝罪を口にした。
「ゴメン、稽古に来るのが遅くなってしまって。今はダンスの稽古が始まったってところかな?」
アイツ……確かこの前の定期発表会でソフィアの相手役だった長身イケメン俳優だ!
舞台の上だけでなく、リアルでも爽やかイケメンというか。
何だか王子様みたいなキラキラ感を放ってやがる。
しかし呆気にとられていのはオレだけで、みんなはいつもの事のように平然としている。
というかツッコミを入れる奴がいた。
「困りますね〜、イェルクさん。ナンバーワン俳優のおれが負傷を押して出席しているのに、こんなに遅れて出てくるなんて」
「ははは、すまんすまん」
「笑い事じゃねえんすよ、アンタ大体いっつも……(バシッ!)アダァッ!」
「お前は黙ってろマティアス、話が進まんだろうが! イェルク、忙しい身なのだから今日は来なくても良かったのに」
「そうは言ってもさ、オリヴィア。さすがに3日出てないから、時間が取れる日は出ておかないと」
「ちょっ! 部長、なんすか! おれとイェルクさんのこの扱いの違いは!?」
「イェルクは限られた時間で集中して稽古に取り組んで、それでキチッと仕上げてくる。それに比べてお前は何だ! 稽古には出席しても気分が乗らないと身が入らずダラダラ過ごして。そういう普段の行いがこの扱いの差だ!」
なんかわちゃわちゃしだしてすぐに再開しそうにねえな。
それにしてもイェルクはナニモンなんだ?
オリヴィア部長が気を使ってる姿なんて初めて見たし、完全にタメ口だ。
オレはホールドを一旦解きつつアンジェリカに尋ねた。
「なあ、あいつはナニモンなのさ?」
「彼は3年生でヴォルフビュッテン侯爵家の長男、だったかな。『演劇部の王子様』って呼ばれてる人だよ」
「へえ〜、部長よりも身分は上なのか。どおりでタメ口きけるわけだ」
「でも身分とか関係なく、役者グループはもちろん大道具係の人たちにも気さくに声をかけてくれる、とても爽やかで尊敬できる人なんだよ」
「マジか! まさに『王子様』ってわけだ。そのレベルの身分の人が部活やってるってのもすごいけど、管理運営側じゃなくてプレイヤー側で活動してるとはな」
「そうだよね。普通は部長みたいなポジションで活動する人だと思うけど、お芝居のことが本当に大好きだから俳優をやってるみたい」
「なるほどねぇ。でもここのナンバーワンじゃないんだろう?」
「……タツロウくん、マティアスの言う事を真に受けちゃだめ。イェルクさんこそが人気実力共にナンバーワンの俳優なんだよ」
なんと。
ここまで聞いたことで判断すれば、確かに王子様と周りから言われるのも無理はない。
というか、ヴォルフビュッテン侯爵家って帝国内でも選帝侯の奴らに負けず劣らずの名門貴族じゃないか。
つまり領地内では文字通り王子様と言っていい存在なんだし、そのまんまともいえる。
そしてその王子様は当たり前のようにソフィアの傍へと歩み寄って話しかけたのだ。
「おはようソフィア。今日はダンスパートの練習だけでも構わないかな?」
「おはようございます。私はそれで問題ありません」
「ありがとう。ところで、アンジェリカの横にいる彼、誰なのか知ってる?」
「……彼は大道具係のタツロウ君です。それで、部長に認められてマティアス君のダンスパートの代役を務めることになったのです」
「えっ! 代役が見つかったんだね。確かに背格好はマティアスと似ているし、オリヴィアが認めたのなら実力は本物のはずだ。それじゃ、そのお手並みを拝見といこうかな」
全部は聞き取れないが、どうやらオレのことを話しているらしい。
それにしても2人で談笑しているのを見ると、やたらと親密な雰囲気だ。
ソフィアのやつ、オレと話すときは機嫌が悪かったり怒ったりしてることが多くて、あんな笑顔をあまり見せないくせに。
なんかモヤつくぜ。
「……タツロウくんってば! そろそろ始まりそうだよ?」
アンジェリカの呼びかけで我に返ったオレは慌てて彼女の顔へと向き直す。
「悪い、なんか気が抜けてた。それじゃ組み直そうか」
「……タツロウくん、わたしをちゃんと見てね?」
「ああ、もちろん」
「そろそろ準備はいいかい? それじゃあ始めるよー!」
部長の手拍子からリズムをとって踊り始めたはいいが……。
どうも乗り切れないというか。
アンジェリカの実力がまだ不十分だからだろうか?
いや、ステップも緩急の動きも上手いとは言えないけどキチンとできているし、オレのリードに問題がある。
わかっちゃいるけど、一度集中力が途切れたせいか気が散ってしまうのだ。
そしてフィニッシュしたあとの部長たちの反応は、辛辣とはいかないまでも辛口だった。
「う〜ん。昨日に比べるとまあまあってところかな? 2人が慣れてくれば良くなってくるんだろうけどさ」
「なんだよコレ! 期待ハズレもいいとこだぜ全くよぉ。これでおれの代わりなんて務まるのかぁ?」
「ははは、これから頑張ればまだ大丈夫じゃないかな?」
ちなみにソフィアはノーコメントで反応なし。
そしてアンジェリカは落ち込んでいるように見えた。
「タツロウくん、ゴメンね。わたしが足を引っ張っちゃったんだよね」
いやいや、オレがキチンと集中できなかったのが悪いのだ。
彼女にこんなこと言わせたのは情けない限りだ。
ここはこれで終わりにするわけにいかねぇ。
「部長! お願いします、もう一度やらせてください!」
「おっ! いいねえ〜、ヤル気十分って感じで。タツロウ君の爪の垢を煎じてマティアスに飲ませてやりたいもんだ」
「ちょっ! おれを引き合いに出さないでくださいよ!」
「それじゃあ2回目! 準備しな!」
「アンジェリカ、勝手に決めてゴメン。今度こそ集中して踊るから頼むよ」
「……いいよ、タツロウくんがそう決めたなら。でも、今度こそちゃんとわたしを見てね?」
「ああ、大丈夫」
そして始まった2回目、オレはアンジェリカの動きと反応をちゃんと見ながらリードしていき、一心不乱に踊った。
余計なことを考えずに集中、集中。
そしてフィニッシュすると、今度はみんなからの拍手と、部長たちからそれなりの賛辞をもらえた。
「こいつは驚いた! すぐに修正してくるなんて、さすがはアタシの見込んだ通り」
「な、なかなかやるじゃねえか。まあ、おれにはまだまだ及ばないけどな」
「うん、良かったよ。この調子で舞台用に調整していけば十分発表会に間に合う」
オレとアンジェリカは思わず顔を見合わせて笑顔で喜びあった、それほど会心の出来だった。
ソフィアはまたもや反応なし……いや、少しは喜んでくれてるかな?
と、ここまでは良かったんだけど。
このあとオレは気持ちが酷く落ち込むハメに陥ったのだった。




