103.稽古開始
オレは、今日も大道具係の作業を黙々とこなしていた。
ようやく少しずつだが大道具係のメンバーと馴染めて、雑用だけでなくセットの製作とかの作業を手伝うことが増えてきて、充実感があって楽しくなってきた。
……いや、今日に関しては余計なことを考えなくて済むように、とにかく目の前の作業に没頭しようとしている。
それは今さらの話なのだが、ダンスパートだけとはいえ芝居の代役なんてなあ。
果たしてオレに務まるのか、正直言って不安で仕方がない。
「タツロウ、時間だ。2階の稽古場に行こうか」
遂に来てしまったか。
大道具係リーダーのヘルムートから声を掛けられてしまった。
しかしオレはグズグズと先延ばしにしようとする。
「だけど、作業の途中だし……」
「こっちはもういいから行ってこいよ。チョイ役みたいなもんだけど、せっかく舞台に立てる機会をもらったんだし、フイにするこたねえよ」
「はあ。それじゃお言葉に甘えて」
大道具係の現場作業を実質的にまとめている3年生ウルバンに促されて、ゆっくりと立ち上がり、ヘルムートの後をついていく。
「まあ、醜態を晒してあっちをクビになったとしても、あたしがその分こき使ってあげるからさ? 気楽にいきなよ〜」
レオナからは応援なのか冷やかしなのかわからんコメントを聞かされた。
すれ違ってすぐ向こうに行ってしまったので、どっちなのか表情から読み取ることは出来なかったが、多分後者だろう。
そして、1年生男子ドミニクはなぜか睨みつけてくる。
元々嫌われているので気にしてはいないが、そこまでされる理由がわからないし不気味でもある。
それはともかく、部屋を出た後はヘルムートと階段を上がっていく。
しかし、ここでオレは往生際の悪さを発揮して最後の抵抗を試みる。
「あのー、ヘルムートさん。今さら言うのもなんですけど、役者グループにはダンスを踊れる奴なんて沢山いるんじゃ」
「踊る、だけならな。だけどアンジェリカとマティアスが踊る場面は、今回の芝居のハイライトシーンと言っても過言じゃない。そこを任せられる技量のある奴はマティアスともう一人しかいないんだ」
「じゃあ、そのもう一人がやればいいと思うんすけど」
「もう一人の彼は、ソフィアの相手役でな。そちらのペアも劇中で踊るシーンがあって、役の入れ替えは無理なんだ」
「そうすか……」
「なんだ、今になって怖気づいたのか? 構わんぞ、辞退してもらっても。だが同時に演劇部自体をクビになるから、その覚悟があればの話だが」
ヘルムートは喋りながら、最後の方は笑みが零れてやがった。
良くは思われてないのは感じてたけど、こういう態度を見せられるとオレも意地になってしまう。
「いえ、やります。ちょっと気になって聞いただけですよ」
ヘルムートはそのあと稽古場に着くまでムスッとして何も喋らなくなってしまった。
でも、おかげでちょっとは覚悟が決まったよ。
もう逃げない、こうなったら。
◇
そんなこんなで、とうとうたどり着いてしまった。
オレはヘルムートと共に稽古場のドアを通り抜けたのだが。
なんかもう、場違い感が半端ない。
中にいる役者グループの連中は垢抜けていて美男美女ばかり……に見えてしまう。
少なくとも、みんな余裕があって穏やかな雰囲気であり、無駄に騒がしいとか罵声が飛び交うといったこととは程遠い世界にいるようだ。
そういやソフィアとアンジェリカは……ちょっと見当たらないが休憩室かな。
それ以外の連中はそこかしこで談笑したり、一人で台本見ながらブツブツ言ってたりと好きなようにしている。
ヘルムートはそんな状況を気にすることなくオレの紹介を始めた。
「稽古の休憩中にすまない。昨日少し話した件で今日からダンスパートのみ稽古に加わる男を連れてきた」
一斉にこっちに視線が集まってくる。
と、とにかく挨拶でもするか。
「お、大道具係のタツロウ・タカツキーです。改めてよ、よろしくお願いします」
ん?
歓声どころか拍手の一つも聞こえてこない。
みんな『あっそ』って感じで反応が殆どないのだ。
やっぱりオレみたいなのが来るのは歓迎されてないんだな。
落ち込みつつ顔を上げたオレの前方から、ゴロゴロと床を転がってくる音と下品な笑い声が聞こえてきた。
「アヒャヒャヒャ! 何だこれ、おんもしれぇ〜! 気分爽快だぜ〜!」
キャスター付きワゴンの上に乗った男が、その後ろから押す男と一緒にこっちに突っ込んでくる!
「うわああ! 危ねえっ!」
オレは間一髪でそれを躱したが、ワゴンは急角度で曲がると壁に沿って回り込み、押していた男が足でブレーキをかけてようやく止まった。
コイツら、いきなりどういうつもりだ!
オレは奴らを睨みつつ大声で咎めた。
「何しやがる、コノヤロー!」
「おおっとすまねえ、悪気はなかったんだ。けどよ、おれの代わりにダンスをやるって野郎ならこれぐらいは避けてくれると思ってな。試させてもらったんだ」
「えっ? それじゃあまさか」
「そう! おれこそが演劇部ナンバーワンの俳優、ギースラー男爵家のマティアス様よ! (バシッ!)痛え!」
「何フザけた遊びやってんのマティアス! 足首の捻挫以外も怪我したらどうすんだバカモノが!」
「ゲェッ、部長! いつの間にってか頭叩かないでくださいよ!」
「お前みたいな馬鹿はこれくらいしないと懲りないだろうが! あとお前はナンバーワンじゃないっ、調子に乗るな。それとクルト、諫めるどころか一緒にふざけてんじゃないよ、全く」
「もう〜、だからやめとこうって言ったのに。おかげで僕まで怒られたじゃないか!」
「お前、そんなこと言ってる割には喜々としてワゴンを押しまくってたじゃねえか」
「そ、そんなことあるわけないよ。あ、僕は2年生の下級貴族クルト。よろしくねタツロウ君」
「は、はあ」
こいつら滅茶苦茶だな。
マティアスはもちろん、クルトがニヤつきながら押してたのをオレはハッキリ見てしまったのだ。
まあそれはともかくとして。
オリヴィア部長、いつも部長室で座ってるとこしか見たことなかったけど。
立つとデカい……180センチは優にありそうだ。
しかも体型は、なんていうか、まさにボン・キュッ・ボンのグラマーなバディで迫力満点というか。
演劇部での彼女の役割は監督兼演出らしいけど、本人が女優として舞台に立ったほうが人気を集められそうな気がする。
そんなことを考えていたら、今度はフワッとした雰囲気の女子から話しかけられた。
セミロングヘアの毛先を内巻きにカールさせ、柔らかい目元をしている美人さんだ。
「あらあら、部長の姿に見とれちゃって。男子としては、やっぱり気になっちゃうよね〜」
「あ、いや、そんなんじゃない」
「うふふ、そんな隠さなくても。あ、わたしは3年生で今年度の『看板女優』を務めてるシュトルツ子爵家のハンナよ」
どおりで気品を感じるわけだ。
「それは凄い。演劇部のエースってわけですね」
「といっても3年生だからってだけの『名ばかり看板女優』だけどね〜。なにせ、2年生にはとんでもない2人がいるから」
「そんなことないですよ。綺麗で上品な振る舞いはまさに看板女優ってオレは思いますけど」
「うふふ、ありがとうタツロウ君。お世辞でもそう言ってもらえると嬉しい。お姉さん貴方に惚れちゃいそうだよ〜」
「いやいや、オレは思ったことを正直に言っただけで……イテテテテ!」
「……タツロウ君、鼻の下を伸ばして調子に乗り過ぎです」
不意に右耳と左腕をつねられた痛みで声を上げてしまったが、いつの間にかソフィアとアンジェリカが後ろを通り過ぎていったのだ。
2人の仕業か?
今日はどちらも機嫌が悪いのかもしれん。
「あらあら、なんだか楽しいことになりそうね。しばらくは退屈せずにすみそうだわ〜」
どこがだよ!
この人ちょっと変わった感性の持ち主なのか?
「さあ、休憩はもう終わりだよ! ダンスパートの稽古に入るから、まずはアンジェリカとタツロウからやろうか。他の者は彼女たちのダンスを見学して自身の向上に務めること。それじゃあ2人前に出て!」
うおおっ、いきなりご指名かよ、部長。
しかもみんなが注視している中で。
下手打たないように、いやそれよりもアンジェリカを上手くリードしないといけない。
オレは早くもプレッシャーに晒されたのだった。




