102.私についてきてくださいね?
「ダンスが上手い、だって? コイツが? 本気で言ってるのかい?」
演劇部の部長オリヴィアはオレを指さしながら、何を馬鹿なこと言ってんだと言わんばかりの表情と口調でアンジェリカに問いただした。
「はい、本当です。わたしとワルツを踊ったこともあって、とても丁寧にリードしてもらったんですよ!」
アンジェリカの屈託のない回答を聞いて、部長と大道具係リーダーのヘルムートは顔を見合わせた。
次期看板女優候補であるアンジェリカの発言は、オレと違って部内での信用度が高いのだろう。
しかしまだ完全には納得してなさそうな部長は、次にソフィアへ質問を出した。
「ソフィアは確か、タツロウと同じクラスだったね。正直に答えてほしいんだが、そんな評判とか噂とか聞いたことはあるのかい?」
「はい。と言いますか、私も彼と踊ったことが有ります。そして私とも十分に渡り合えるだけの腕前を持っています」
「ほぉー。我が演劇部内でも1、2を争う実力のソフィアにそこまで言わせるなんてね」
へー、ソフィアの実力はここでも認められてるんだな。
部長は口元に手を当てて少し考えている様子だが、オレの方をちらっと一瞥してからソフィアに視線を向け直して、おもむろに話しだした。
「ソフィアのことを信用していないわけじゃない。けどね、アタシは自分の目で見たものしか信じない主義なんでね」
「……ではどうしたら信じてもらえるのですか?」
「実際に見せてもらおうじゃないの。タツロウのダンスの腕前とやらをね」
部長は途中でオレの方を見ながら一方的なことを言い出した。
踊れることは踊れるけど、いきなりそんなこと言われてもなぁ。
しかしオレに選択の余地は無さそうだ。
断ればそのままクビとなり、錬金術研究会にも戻れなくなるだろう。
オレは決まりきった答えと、具体的な内容を確認する質問を部長に言った。
「……わかりました。で、場所はどこで、ダンスの種類は何ですか?」
「場所はここ。何を踊ってもらうかは秘密だよ」
ここで?
部長室は割と広いがダンスを踊るには不十分過ぎる。
それに種類がわからないのにどうやって踊るんだよ!
余りの条件に絶句しかけたオレだが、部長にその説明を求めた。
「この部屋の中で、ですか? この狭さでは十分に踊れないと思うんですけど」
「このスペースで踊れるように動き回ればいい。舞台の上で踊る時だって制約はあるんだ、ここで踊れないようじゃ話にならない」
「そういうことなら、わかりました。それはいいとして、どの種類のダンスかわからないと踊りようがないですよ」
「アンジェリカたちが踊る予定のダンスを踊ってもらうけど……アンジェリカとソフィアはタツロウにダンスの種類を教えちゃ駄目だよ。そしてダンスの相手はソフィアに務めてもらう」
いやだから、それでどうやって踊れってんだよ!
それに何でソフィアなんだ?
オレは部長に反論しようとしたが、アンジェリカとソフィアに先に言われてしまった。
「部長! どうしてタツロウくんの相手はソフィアなんですか? 彼にはわたしの相手役の代役をしてほしいのに!」
「アタシが見たいのは、タツロウが今回の芝居で本当に踊れるのかどうか、だ。それを見極めるには、ソフィアとどれくらい渡り合って踊れるのか見せてもらうのが一番わかり易いじゃないか」
「……私が相手をするのは構いませんが。しかし種類がわからないのでは、彼はどうやって」
「アタシが手拍子でリズムを伝える。それからソフィアがホールドと動き出しをリードするんだ。その時点で種類はわかるはずだから、踊れなければダンスは素人レベルってことになる」
「……なるほど。そうですか」
「先に言っとくけど、手を抜くんじゃないよソフィア。お前の実力はわかってるんだ、誤魔化しはアタシには通用しないよ。もし誤魔化してるのがわかったら……」
「……わかっています」
「聞こえてたよね、タツロウ。今からお前の実力をテストする。その結果次第で、処遇をどうするか決めさせてもらう」
「はい、オレはそれでいいです」
正直、落とすのが前提のテストだと思う。
でもやるしかないし、オレも黙って引き下がるのはシャクだ。
やれるだけやってみるさ、結果はあとから付いてくる。
そして部長は、即座にテストの開始方法を具体的に指示してきた。
「タツロウとソフィアは、そこの真ん中へんに向かい合って待つ。アタシが手拍子を叩き始めたら開始で、ソフィアはそれに合わせたホールドから始動するんだ」
「……はい」
「それで、オレは種類を当てて、ソフィアと正しくホールドしてから踊ればいいってわけですね」
「なんか、えらく簡単そうに言ってくれるじゃないか。これは楽しみだねぇ〜!」
部長は皮肉たっぷりといったところだが、見てろよ。
結果はともかく、必ずその目をひん剥いてやる。
オレとソフィアは指定された場所に向かう。
といっても部屋の中だから数えるほど歩くだけだが。
「タツロウくんならこんなの問題ないよねっ! わたしは信じてるから!」
アンジェリカからの声援は、いつもならとても嬉しいのだが……今日はちと重たく感じてしまう。
しかしオレはカッコつけて、余裕綽々なフリをして彼女に軽く手を振る。
しかしそんなオレの心情を見抜いているヤツが一人いた。
「タツロウ君。不安な気持ちで一杯なのが顔に出てますよ? でも貴方なら乗り越えられる試練だと思います」
ソフィアはオレの顔を見るだけで、どうしてそこまでわかるんだろうか?
でもオレは彼女に弱みを見せたくなくて強がってしまう。
「も、もちろん余裕でイケるに決まってんだろ。それとな、不安なんてこれっぽっちも感じてねーから」
「……それならば構いません。私は、ことダンスに関しては貴方のことを信頼しているのです。だから……」
ソフィアは途中まで言いかけてから一呼吸置くと、軽く息を吸い直してからオレに言い聞かせるように話しかけてきた。
「私は全開でいきますので。必ず、私についてきてくださいね?」
「お、おうよ」
彼女はオレの返事を聞くか聞かないかのうちに傍から離れていき、クルッと回れ右でオレと相対した。
その瞬間に部長は、もう開始することをオレたちに告げる。
「それじゃあそろそろ始めるよー!」
部長は早速リズム良く手拍子を始める。
三拍子じゃないから少なくともワルツではない。
四拍子だろうか。
1拍と3拍が強めのアクセントで、テンポはワルツより速い。
あれかな、と思うのはあるけど、確定するには材料がまだ足りない。
そうこうしているうちに、ソフィアが両腕を広げながら近づいてきた。
オレも同じく広げて彼女が間合いに入ってくるのを待つ。
そして互いの身体を密着させつつ、彼女の右手を左手で軽く握る。
問題はここからだ。
ソフィアは左腕をオレの右肘の上から包み込むように絡めると、そのまま左手の先をオレの脇の後ろから刺すように置いた。
オレの右手は自然と彼女の背中に深く入り、しっくりとホールドを組むことができたのだ。
よし、この組み方で確信できた。
今回のダンスは『タンゴ』だ、間違いない!
タンゴといっても大まかに2種類あって、一つは女性が足を絡めたりもする情熱的なもの、もう一つは社交ダンスとして洗練されたもの。
今回は後者だろう……ちょっと残念な気がする。
ここでオレの顔をチラッと見たソフィアは、微かに微笑みながら背を反らしつつ首を左へ向けた。
オレも首を左に向け、これでホールド完成だ。
次は彼女が動き出す瞬間を感じ取って遅れを取らないように神経を集中する。
タンゴは上下動の動きは少ないがステップはリズム良く足を運び、動きに緩急をつけるのが肝だ。
そして大抵は男性がリードするのだが……今回は彼女の動きをオレが読み取ってついていかねばならない。
早速ソフィアは素早いステップで動き出す。
ひええ!
一応予測していた方向とはいえ、ついていくのがやっとのとんでもないスピードだ。
そしてステップが一瞬止まったところでキレのいい首振りや回転を見せる彼女に合わせて、オレもキレのいい動きをしなければならない。
だけど時には遅れそうになったり合わなかったりと、オレは明らかに足を引っ張っている。
クソッ!
こんなことなら地元で習ってた時にもっと練習しとくんだった。
しかしオレはひとつ思い出した。
タンゴはペアのコミュニケーションが何よりも重要なのだ。
オレは、ソフィアが考えていることを知りたい。
必死になって、彼女が次にどうするつもりなのかを触れ合った部分から感じ取ろうとする。
彼女の右足に僅かな動きが……左に大きくステップするつもりか。
次は……動きを止めた後に、回転を入れようと準備している?
おおっ、なんとなく動きについていけるようになってきた。
それどころか、所々動きを読んでオレのほうがリードを取る場面も出てきた。
なんだか楽しいぜ。
本当にソフィアと心を通わせながら踊っているみたいになってきた。
いや、オレの独り善がりかな。
そうして踊りがノッてきたところで、遂にフィニッシュ!
オレとしては会心の踊りといってもいい出来だった。
もう、結果なんてどうでもいいとすら思える程で悔いはない。
パチ、パチ、パチ!
拍手なのか?
いつの間にか手拍子は鳴り止んでいて、部長が笑顔で手を叩いているのが見えた。
「素晴らしい! 思っていたより何倍も見ごたえのあるダンスだったよ、タツロウ君!」
さっきまで呼び捨てで見下した態度だったくせに、掌返しで調子いいこと言いやがってコイツ!
しかし次の部長の一言でオレたちは我に返った。
「ところで君たち……いつまでイチャイチャとホールドを組み続けてるんだい?」
オレたちはパッとホールドを解除して横に並び直した。
ソフィアの顔が赤くなってる……それを見せたくないのか、彼女は俯いて何も言わなくなった。
部長はそんなことは気にしないとばかりに話を続ける。
「さて、タツロウ君の処遇だが……ヘルムート、ちょいと耳を貸しな。相談があるんだ」
そして耳を近づけたヘルムートに何やらゴニョゴニョ話し始めた。
ヘルムートは最初ギョッとした顔つきを見せたが、途中から諦めの境地に至ったような表情に変わって、最後は黙ってうなずいた。
それから今度はいきなりオレに話を振ってきた。
「念のために聞くけど……タツロウ君は演技の経験とか有ったりする?」
「いえ、全然」
「そうだろうねぇ。まあ、それを承知の上で、アンジェリカの相手役の代役を務めてもらえないだろうか?」
部長の言葉を聞いたオレは、どう返事したものかと固まってしまった。
その間に先にアンジェリカが、飛び跳ねそうな勢いで部長に喜びと感謝を言い表した。
「ほ、本当ですか? 嬉しいっ! タツロウくんがわたしの相手を務めてくれるなんて。ありがとうございます!」
「慌てるんじゃないよ。代役を務めるのは、あくまでダンスパートだけだ」
「えっ? そ、そんな〜」
「当たり前だろう。演技経験も無しに今から稽古したってセリフを覚えることも覚束ないのが目に見えている」
「そ、それじゃあ、オレはダンスパートだけ入れ替わるってことですか?」
「そういうこと。タツロウ君は幸いにもマティアス……アンジェリカの相手役と背格好が似ているし、上手く工夫すれば気づかれずに入れ替わることは可能だと思う」
「え〜、でも……」
「タツロウ君は、とにかくダンスだけやってくれればいいんだ。マティアスは先日足の捻挫をやっちゃって、それが思ったより酷くてさ。激しい動きはできないけど、それ以外の場面は出演できるから心配しなくていい」
「まあ、それなら」
「ありがとう、恩に着るよ。ヘルムート、明日からダンスパートの稽古の時だけ彼の予定を開けるように調整しといて」
「……わかりました」
ヘルムートはまだ不服があるようだが、部長に逆らうことはなかった。
こうしてクビを免れたオレは、ひとまず大道具係の作業へと戻った。
◇
今日の作業が終わり、オレは寮に帰る支度を始めた。
しかし、ソフィアとアンジェリカを待たねばならない。
部長から、正式に彼女たちの出待ち対策として一緒に帰るようにと指令が下ったのだ。
但し、あまり並んで歩かずに話をするのも最小限に留めるという条件付きだけど。
「タツロウくん、お待たせ!」
「……さあ、帰りましょうか」
2人が2階から降りてきたので、ようやく帰れる。
「お待たせ〜。というか、あたしのことを忘れてもらっちゃ困るんだけど」
レオナも一緒に帰る……というか一応お目付け役らしい。
というわけで、オレは役割を果たすため、普段とは違ってオラつきながら彼女たちの前を歩いて行く。
いつもそういう歩き方じゃないのかって?
ここでハッキリと言っておく、そんなことねーから!
そして男女それぞれの寮へ行く別れ道に差し掛かったところでのことだった。
にこやかにしていたアンジェリカが、急に真剣な表情になってオレに向かって呟いた。
「……わたしが部長室で言ったこと、本気だからね? でも、今は演技のことに集中したいの。だから、演劇大会が終わってから、タツロウくんの口から返事を聞かせて? 約束だよ」
やっぱりそうだったのか。
オレは前世も含めて初めての『女子からの告白』をあんな形で貰うことになってしまった。
いや、アンジェリカを責めてるわけじゃないし嬉しいんだけどね。
オレは責任の重さを感じつつも努めて明るく返事をした。
「わかったよ。その時にキチンと返答する、だから安心してくれ」
「……うん。それじゃあまた明日ね、ばいばい!」
「それじゃあたしも行くね。明日からは、ダンスの稽古で抜ける時以外はこき使っちゃうから覚悟しといてよね!」
アンジェリカは静かに、レオナはなんか酷いことをさらっと言って女子寮へ向かっていった。
あとはソフィアが残っているけど……何か言いたそうだ。
「どうしたんだソフィア。何かオレに言いたいことがあるのか?」
「……私は、ダンスパートだけとはいえ、貴方が舞台に立つことを納得してはいません」
「ええっ? 今さらそんなこと言われたって。理由を聞かせてくれ」
「……だって、私ではなく、よりにもよってアンジェの相手役だなんて」
「今なんて言ったんだ? ボソボソ喋るから聞き取れなかった」
「……何でもありません。貴方みたいな素人が舞台に立つことが気に入らない、それだけです。明日からの稽古では邪魔にならないようにしてくださいね?」
「それを今になって蒸し返すのか? まあいいけどさ。邪魔しないようには気をつけるよ」
「……わかってもらえればいいです」
「ところで、お前に聞きたいことがあるんだけど。オレのことを出待ち対策として必要だって部長に言ったこと。あれってどういうつもりで……」
ここまで言って、オレはハッとしてこれ以上は言えなかった。
もし想定している内の最悪の答えを言われたら……勢いで聞いてしまったことを後悔した。
しかしソフィアは回答を口に出してしまう。
「それは文字どおり、貴方を用心棒代わりとして」
ここまで聞いて、オレは血の気が引いていくのを感じた。
ソフィアは悪戯っぽい笑みを浮かべて話し続ける。
「……そのように私が考えていると? そう思わせたのでしたら、すみません」
「なっ……?」
「実は、あれは口からでまかせというか、その場しのぎというか。貴方が演劇部に必要な理由が咄嗟に思い浮かばなくて」
「いや、でも実際に出待ち連中がいるし」
「そうですけど、それは結果としてそうなっただけです」
「何だよ、もう」
「ふふっ、怒りましたか? でも貴方も私に嘘をつきましたから、これでお相子ですね」
「……あれは本当に悪かったって」
「大丈夫です、もう気にしていません。それよりも、アンジェはいつも貴方の左腕に抱きつくから……こちら側はまだ空いているはずですよね?」
何が言いたいんだ?
戸惑っているオレの右側の首筋を手で軽く撫でながら、ソフィアは女子寮へ向かう道へと歩いて行く。
数歩だけ歩いてから彼女は急に振り向くと、またもや意味不明なことを呟いた。
「そこは空いたままにしておいてくださいね? 絶対に、ですよ」
そしてまたクルッと向こうを向いて、小走りで行ってしまった。
オレは右の首筋を軽く抑えたまま、何とも言えない気持ちで男子寮に向かったのだった。




