101.証言と修羅場と必要な理由
オリヴィア部長からの突然のクビ宣告に、オレは戸惑いを隠しきれなかった。
普通、先に注意とか警告とかあるだろうに!
ちょっと頭にきたが、気持ちを抑えてとにかく理由を聞こう。
でないと反論しようがない。
「い、いったい何故いきなりクビなんですか!? さすがにちょっと酷くないっすか?」
「理由は簡単。キミは部内の決まり事を守れなかった」
「決まり事って、どれのことですか? 身に覚えが無いんですけど」
「入部初日にヘルムートから説明があっただろう。裏方スタッフと女優たちの親しい付き合いは望ましくないって」
「はい、わかってます。だから、必要以上に親しくはしてません」
「ふーん。でもねぇ、ソフィアとアンジェリカ、あとレオナだったかな? 部活帰りに彼女たちと一緒にキミが歩いているのを見たって証言があるんだが」
やっぱりきたか。
でもそれは想定内の話だぜ!
「それは、たまたま彼女たちがグループで帰っている近くをオレが歩いていただけです。同じ大道具係のレオナがいるから、ちょっと話しかけられたりはしたけど。それとも、裏方スタッフ同士でも男女で親しく話すのはダメでしたっけ?」
「いや、裏方スタッフ同士なら別にいいんだけどさ。でも何回も見たって聞いたけど、そんなに偶然が続くものかなぁ?」
「オレはレオナと一緒に作業することが多いんで。部室棟を出る時間が近いのはおかしくないでしょう」
「なるほど。思ったよりも、キミはしらを切るのが上手いねぇ。でもさ、決定的な証拠もあるんだよ。ヘルムート、そこの説明はよろしく」
これまで部長の隣に立って頷き役を務めていたヘルムートは、予定通りなのか話が振られても落ち着いてオレへの追及を続ける。
「タツロウ、昨日の帰り道はアンジェリカと一緒だったんじゃないのか?」
「えーと、まあ。彼女が後ろから追いついてきてすれ違ったのはありましたけど」
「すれ違い? そうじゃなくて、かなり接近した状態で並んで歩いたりしなかったか?」
なんか具体的な状況を言ってるけど見られていたのか?
そんなはずは……アンジェリカと腕を組みながら歩き出して、それから時々後ろを確認したけど誰もいなかった。
かまをかけて誘導しようって魂胆だろう、そんな手には引っ掛かんねーよ。
「いえ、そんなことはありません」
「そうか……素直に認めれば猶予を与えることも考えていたのに残念だよ。おい、こっちに来て証言してくれ」
ここで部屋の奥から出てきたのは大道具係の1年生男子ドミニクだった。
なんでコイツがこんなところに?
オレが内心驚いていることに気づいているのかわからないが、ドミニクはまるで相手の弱点を見つけてほくそ笑むかのような表情で得意気に話しだした。
「俺、昨日見たんです。コイツが左腕を出してアンジェリカさんと腕を組んで歩いていたのを」
そんな馬鹿な。
一体どこで見られてたんだ?
「おいドミニク! そんなのどこで見たってんだよ!? テキトーなこと言ってんじゃねーぞ!」
「場所か? あれは丁度、男子と女子の寮に行く道が分かれるとこあたりだった。俺がたまたまその付近で木陰に座って休んでいたときにバッチリなあ!」
な……んだと!?
しまった、木陰に隠れて待ち伏せしてやがったんだな!
この前もあの付近で誰かの視線を感じたが、コイツだったのか。
そこまでドミニクに嫌われていたとは……。
いや、話ができ過ぎている。
恐らくヘルムートの指示で見張ってたに違いない。
それに気がつかなかった……クソッ!
そして動揺しているオレに向かって、ドミニクは更に決定的な証言を言い放った。
「それだけじゃない。2人の別れ際にコイツは……いや、コイツの首筋に軽くなんですけど。アンジェリカさんが、その、キ、キスをしたのを見ちまったんだ!」
やっぱりそれも見てたのか!
具体的な証言を出されて、オレはどう言い返したらいいかわからなくなってしまった。
黙ってしまったオレに向かってオリヴィア部長は改めてクビを告げる。
「どうやら認めざるを得なくなったようだね。それじゃ、今すぐここを出て行ってくれたまえ。マグダレナにはアタシから言っておくから、後のことはそちらで話し合ってほしい」
「……わかりました。でもアンジェリカは悪くないんで、彼女にはお咎め無しでお願いします」
「まあ、最初からそのつもりだけど。それにしても案外あっさり引き下がったじゃないか。この場で暴れるかもしれないと、少し心配してたんだけどねぇ」
おいおい、オレってどんな風に思われてんだよ?
もういいけどさ、どうせ演劇部と錬金術研究会どちらとも関係なくなるんだから。
元通り帰宅部になるだけなんだし悲観的になることなんかないんだ。
そう思いつつも部長室をしょんぼりと出て行く。
「あ〜あ。呆気ない終わり方だったなー。……うわっ!」
「あっ! 危ないです、もう少しでぶつかりそうに……タツロウ君、どうしたのですか?」
ボーッとしながらドアを開けて出ようとしたら、丁度ソフィアとアンジェリカ、それとレオナが通り掛かったところにぶつかりそうになってしまった。
オレの顔を見て心配そうにしているソフィアに、何でもない、大した事無いと安心させるべく苦笑いしながら少しおどけてさっきの出来事を説明する。
「あ〜、それがさあ。オレ、演劇部をクビになっちゃって。お前みたいな使えねーヤツはもういらないってさ、ハハハ。これで錬金術研究会にも戻れねーけど、なんかスッキリした」
しかしソフィアはまだオレの顔を見ながら反応を示さない。
先に反応したのはアンジェリカとレオナだった。
アンジェリカはオレに食いつくような勢いで、レオナはいかにも残念という感じでそれぞれの驚き具合を表現する。
「……そんなっ! それ本当なの!? 嘘だと言って!」
「え〜、あたしはタツロウは使える男だってヘルムートさんに言ったのに。信じられないよ」
そしてひとつ遅れたタイミングでソフィアはオレに問い掛けてきた。
「……タツロウ君、スッキリしたなんて、どうして思ってもいないことを言ったのですか? 貴方の表情を見ればわかります」
「そ、そんなことねえよ。だから心配しなくていいって」
オレはこれ以上彼女に心配かけたくないだけなのだが、そういう方向へ持っていこうとすると何故か彼女の表情が曇っていく。
ついには何も答えずに、オレの横をすり抜けていき部長室のドアを強くノックした。
続けざまに名乗ったかと思うと、部長がどうぞと言い終わるか否かというところで勢いよく中に入っていく。
いつもとは違うソフィアの様子に不安を覚えたオレは、ドアが閉まる前に押して入っていき、アンジェリカとレオナも続く。
「おいソフィア! 何するつもりなんだよ!」
「……決まっています。貴方のことで部長に抗議するのです」
「わたしも! タツロウくんをクビにするなんて絶対に納得いかない!」
「あ、あたしもさ。作業仲間として理由がどうかなって」
「アタシは、ソフィアにだけ入室を許可したつもりなんだけどねぇ。騒ぎ立てるなら全員出ていきな!」
混乱するオレたちに部長の一喝が響き渡り、ヘルムートやドミニクも含めてこの場にいる者全てが一瞬にしてピタリと静寂となった。
ソフィアも一応は落ち着きを取り戻したようだ。
部長はそれを見計らったように、逆にソフィアに質問してきた。
「……で? ソフィアはアタシの決定に不服があると。そういうことでいいのかい?」
「……はい。その通りです」
「だからオレのことでどうしてお前がそんなこと言うんだよ。もういいから今の発言を撤回するんだ!」
「タツロウ、お前は引っ込んでな! アタシはソフィアに直接聞いてんだ」
部長の迫力に気圧されて、オレはそれ以上何も言えなくなってしまった。
もうあとはソフィアが自分で対処するしかない。
「……部長。タツロウ君は、そんなに作業ができなかったのですか? たまに直接目にしたり、周りの人の評判を聞く限りではそんなことはないと思うのですが」
「んっ!? お前は何を言っているんだ? アタシがタツロウをクビにした理由は、不文律とはいえ部内の決まり事を破ったから。具体的には、昨日アンジェリカとかなり親しく接近したからだ。特に彼の首筋にね」
部長の一言で、ソフィアとレオナの表情がこわばったのがすぐにわかった。
だけどアンジェリカは怯むことなく部長に食い下がる。
「わたしは確かにタツロウくんと腕を組んで歩き、別れ際に首筋へ軽くキスしました。それはわたしが彼を好きだからです。それの何がいけないんですか!?」
えっ!?
オレを好きって……どういう意味で?
オレはもちろん、この場にいる全員が衝撃を受けたかのように何も言えない中、部長がおもむろに口を開いて沈黙を破る。
「アンジェリカ、お前がこんなに大胆なことをする女子だったとはね。それはともかく、アタシだって本当は部員のプライベートなことや感情にまで制限をかけたくはない。でもそれが必要な理由は、お前もよくわかっているだろう?」
「……」
「何だよそれ。アンジェリカ、過去に何があったのかオレに教えてくれよ」
「そ、それはね……」
「アンジェリカ! それをここで話す必要は無いよ。タツロウ、もう部員じゃないお前に説明する義務はない」
部長に話を止められてしまい、またもや沈黙が支配する。
でもソフィアの表情はオレをキッと睨むようなものへと変わっていき、抑えきれなくなった感情をぶつけてきた。
「……私に嘘の話をしたのですか? どういうことか説明してください、タツロウ君」
「すまない。お前に余計な心配かけたくなくて、作業ができないからって嘘をついた」
オレの言い訳を聞いた彼女は、右手を振り上げ……たが、無理矢理押さえつけるように下へ降ろした。
「……嘘をつかれたことは許せないです。でも、ここで貴方に手を振り下ろしたらアンジェの気持ちまで否定するみたいで。だから我慢します」
「本当に悪いと思っている」
「ソフィア、これ以上タツロウくんを責めるのはやめて。わたしがそうしたくてやったことなんだから」
「お前たち、こんなところで修羅場はよしとくれよ。それでどうするソフィア。お前は抗議を続けるのかい?」
「……はい。それとこれとは別なので。彼は私たちに必要な方なのですから」
必要って、どういうことを言ってるんだろう。
役者でもないオレが何ができるっていうのか。
「それで? タツロウの何が、ソフィアたちにとって必要なのか言ってみな」
「……彼は、タツロウ君は、『出待ち対策』として必要なんです。だから帰り道で彼の近くを歩くようにしているのです」
出待ち?
なんだそりゃ、聞いたことねえな。
だけど、オレがその用語を理解できていないのも構わずに部長とソフィアは話を続ける。
「出待ち、ねぇ。まあ確かに対策は必要なんだけど」
「部長は『木刀のタツロウ』って聞いたことはありますか?」
「もちろん。まあでもその評判と実物には少し乖離があったけど」
「この場合は評判の方が必要なのです。事実、彼が入部して以降は出待ちの方々をお見かけしていません」
「そんなのはたまたまかもしれない。本当にそういう効果があるのか、しばらく様子を見ないと」
「あの……オレが話に割り込んでもいいですか部長」
「……何だ、手短に言いな」
「その出待ちってのはよく知らないけど。昨日オレが部室棟から出ようとしたら、道の向こう側の木の陰に隠れていた怪しい連中が何人かいて。よく見ようとしたらみんな逃げていっちゃいました」
「ふむふむ。どう思うヘルムート」
「どうですかね。タツロウ、嘘を言ってるんじゃないだろうな」
「嘘なんかついてませんよヘルムートさん。さっきも言ったけど出待ちっていうのを知らなくて。だからそいつらが関係するかもわからないです」
「うーん。部長、これは本当なのではと」
「そうだね。一応タツロウには説明しようか。ここで言う出待ちは、ウチの役者たちが部室棟を出る時間帯を見計らって、ずっと待っているファンの人たちのことを言うんだ」
「それなら熱心に応援してもらえて嬉しいんじゃないんですか? ソフィアたちはどうなんだよ」
「……それ自体は、とても有り難いことですし嬉しいのですが。何事も限度があると思うのです」
「酷くなると、わたしとお話したいとか一緒に帰ろうとか毎日のように言ってくるんだよ」
「あーなるほど。で、お前たちとしてはウンザリしていると」
「……応援して頂いている方々の事をそう思うのは申し訳ないのですが。少しくらいならまだしも、執拗に迫られると怖くなってしまいます」
まあ、そうだよな。
芸能人でもしょっちゅうプライベートまで追っかけられたら辛いのに、彼女たちはあくまで学生の演劇部員なのだ。
それにしても、やっぱりオレの顔ってそんなに凶悪そうに見えるのか。
ショックではあるが、それで首の皮一枚繋がるなら我慢するよ。
だけど部長の判断は非情なものだった。
「確かに『木刀のタツロウ』は効果があるかもしれない。が、どうしても必要とも言えない。他の男子部員でも接近させないようにはできるからだ」
「そう、ですか」
ソフィアのがっかりした反応は半端なかった。
もうこれ以上彼女にオレのことで気持ちを煩わせたくはない。
この話は終わりにしてクビになるのを改めて受け入れようとした時のことだった。
「あのっ! わたしの方からも、タツロウくんがこの演劇部に必要な理由を説明したいと思います、部長」
「……アンジェリカ、お前もか。まあいい、わかったから言いたいことは全てこの場で言っちゃいな」
「ありがとうございます。わたしは、今度の定期発表会の相手役の代役としてタツロウくんの力が必要だと思います!」
「はあっ!?」
部長の反応は無理もない、オレは演技はド素人なのだから。
しかしアンジェリカが話した理由は意外ではあるが筋としてはおかしくなかった。
「タツロウくんはダンスが上手なんです。相手役と踊るダンス、彼なら十分に務まります。だから演劇部をクビにしないでください」
確かにオレはダンスはそれなりに踊れるが……それで代役なんて務まるのだろうか。




