01 クソッ、なんでオレがこんな目に
「キーンコーンカーンコーン」
昼休みを告げるチャイムが鳴った。ようやくかぁ、ハラ減ったな。
「たつろー!」
ツレのやつらがオレの席の周りに集まってくる。
たつろーはオレの名前で漢字は「龍狼」、大学受験を控える高校3年生だ。自分で言うのもなんだが、オレの名前、カッコいいだろ? ドラゴンとウルフ両方入ってんだぜ?
「あー、早くメシ食いてえ! 買い出し係まだ戻らないのかよ?」
「マサオのヤツ、ホントにトロくせえよな」
オレたちは昼メシのパンの買い出し役をゲームで決めてる。要するに一番多く負けたりビリになったヤツへの罰ゲームだ。
毎日の学校生活はだるいことが多いけど、こうやって仲間たちとつるんで遊んだり、時にはちょいとヤンチャなことも一緒にやって、楽しく過ごしてる。
勉強は、まあ中の中くらいはできてる。運動神経もそこそこいいので体育の授業が一番の楽しみだ。
「ごめん、お待たせ」
仲間の一人、マサオがようやく購買から帰ってきた。
「なんだよ、ちょっとおせーんじゃねぇの?」
「いやあ、今日はいつもより混んでてさ……。ごめん」
実際には大して遅くはなってないけど、マサオは仲間内では最近入ったヤツなんで、みんなからのイジられ役だ。
「しゃーねえなぁ。とりあえずこれもーらいっと」
「おれはこれとこれな」
皆次々とマサオの手からパンをとっていく。当然、人気のパンから無くなり、最後に残ったパンはあまり人気がなく、形も悪いやつが一つだ。
マサオは不満そうな顔をしているが、オレたちはイジり続ける。
「しゃーねえだろ、お前がグズグズしてるから残り物のパンを買うハメになったんだし。明日はもっと美味いパンばっかりゲットしてこいよ!」
「えーっ、明日も僕が行く前提なの〜。勘弁してよ〜」
マサオはイジられて内心うれしいのか、苦笑いを浮かべながら泣き言を言った。オレたちはツッコミとばかりに小突きつつ、ギャハハと大笑いだ。
さっきも言ったが、オレたちの買い出し係の決め方はゲームで負けたやつへの罰ゲームだ。だが実は、マサオが入ってからは、ほとんど毎日買い出し係になっている。
マサオをメンバーに入れていないLINEグループでいろいろと調節して、いつもマサオが負けるようにしているのだ。
イジメじゃないのかって?
違う違う、トロくさいやつだから、さっきみたいに愛あるツッコミを時々入れてやってるが、いきなり暴力振るったり、仲間外れとかもしてないよ。
むしろ、クラス内でいつもぼっちだったマサオを仲間に入れてやったんだ。しばらくは買い出し係くらいしてもらってもいいだろ。
さっきのだってオレたち全員で割り勘してる。まあ、割り切れない半端な分は係が損するけど、大した額じゃない。いや、毎日だとそれなりの額になるかな……。
でも家が金持ちみたいだし、帰り道でも休日の集まりも、いつも気前よくお菓子とかジュースを全員分おごってもらってるしな、問題ないだろ。
それに、マサオはイジられたいタイプみたいだから、このほうがなんだかんだで本人も喜んでるみたいだし、それでいいじゃねえか。
こんな感じで今日も楽しい昼休みを過ごしていたが、ふと時計に目をやると残り時間は5分ほどだ。休み時間はすぐ終わる。仲間たちもそろそろ自分の席やクラスに戻ろうとしている。
マサオも戻ろうとしてたんだが、オレは後ろから声をかけた。
「今日の放課後もお前ん家に集合な、マサオ!」
マサオの体が瞬間的にビクッと動いた。
「わかった……」
消え入りそうな声で返事してきた。
そんなに大きな声は出してないけどな、オドオドしすぎ。
まあいいや、とりあえず今日の遊び場所は確保できた。早く放課後にならないかな。
◇
さて、授業とホームルームが終わり、やっと放課後だ。とっとと教室を出て仲間たちとゲームでもして遊ぶか。
「マサオー、さっさと帰るぞー!」
なんかぐずぐずしているマサオに声をかける。
「ちょっとあんたたち、今日掃除当番でしょ!なに帰ろうとしてんのよ!」
クラスの女子がオレに向かって叫んだ。
「うっせーな、そんなもんダルくてやってられっかよ!」
そう返事して構わず教室のドアに向かって歩き出す。が、マサオはなんか掃除の用具を取りに行く素振りを見せて帰ろうとしていない。
「おいマサオ!さっさと来い!!」
強い声で呼んだら、やっと来やがった。女子の言うことなんか聞くんじゃねえよ、さっさと行こうぜ。
頭の中でそう呟きながら、オレたちは連れ立って学校を後にした。
マサオんちは学校から歩いて10分ちょっとのところにある。学校の近くだから、放課後集まるのにとても都合がいい。おまけに最寄り駅に行く道の途中だから、電車通学している仲間も寄りやすく、時間を無駄にせず目一杯遊べるのだ。
しかもマサオの両親は共働きで平日は不在だし、一人っ子だから兄弟もいないので気兼ねなく集まれる。
オレたちも受験を控える身、家に帰れば受験勉強で忙しい。こういう息抜きを入れないと息が詰まりそうだ。
とりあえずオレたちだけで先にマサオんちに到着した。とにかく先にマサオ自身が家に着いていないと仲間たちが入れないから、こうやって急いで歩いて来たわけだ。
家に入ってすぐにマサオはトイレに入ったのだが、オレは喉が渇いてたんで、待ってる間に冷蔵庫の中を物色した。もう何回も来てるから、家の間取りや家具の配置はわかってる。
おっ、いいのがあるじゃん。
冷蔵庫の奥に、ワインボトルのような瓶に入ってる、お高そうなぶどうジュースが。
未開封のボトルを取り出したが、コルク栓を開ける道具が見当たらないのでウロウロしてたら、マサオが部屋に入ってくるなり
「ちょっと!それは触らないで!」
マサオにしては珍しく大声で注意してきた。
「触るなって、ちょっとくらいいいじゃねえか。俺にも飲ませろよ、喉か渇いてんだよ。」
「だめだよ、それは。ウチの父親がたまにしか買えないからって、休日に飲むのを楽しみにしてるやつなんだ。勝手に飲んだら僕が怒られるよ。」
「家に来た客に飲ませるくらいいいだろ、ケチケチすんなよ。親に言ってまた買ってきてもらえばいいじゃねえか。」
構わずボトルを持ったまま辺りを探すオレに向かって、マサオは引き下がらずに文句を続けた。
「この前だって、僕が買い出しにいってるあいだに、家に置いてあったお菓子をみんなで勝手に食べちゃっただろ。あれ、お世話になった知り合いの人への贈答品だったんだ。後で滅茶苦茶怒られたんだ。」
「そんなもんオレの知ったことか、お前がうまくごまかせよ。おっ、これで開けるのか」
戸棚の引き出しを開けてゴソゴソ探していたら、ワインのコルク栓を開けるやつを見つけた。取っ手の真ん中から伸びている金属が螺旋状になっていて先が鋭くなっている、アレだ。(名前は知らない)
それを手に取ろうとしたのだが
「ちょっと、本当にやめてよ!」
と叫びながらマサオがオレの手からボトルを取ろうとした。
「てめえ、なにすんだよ!」
オレも叫びながらもみ合いになった。マサオが必死なんで、思わず後ろに下がりつつ取られないようにしてたんだが、うっかり手からボトルを落としてしまった。
「ガシャーン!」
派手な音を立ててボトルが粉々に割れ、中のジュースは床の上で水たまりとなった。
やってしまった!
流石にやべーと思いつつ、オレは
「あーあ、これどうすんだよ」
と、何とか責任をごまかせないかと、他人事みたいに言ってみた。
「だから言ったじゃないか……また、怒られちゃうよ……」
「オレのせいだってのかよ!」
内心動揺してるせいか、アタマに血がカーッと上ってしまい、マサオを戸棚の方に思いっ切り突き飛ばしてしまった。
マサオは戸棚に顔面から当たって鼻血を出しながらウウウ……と泣き出しつつ、オレを責めるような目つきをしやがった。
「もう、明日からウチに来ないでよ。グループも抜けさせてよ」
「あぁ?!」
オレはマサオを威嚇するかのように大声を出してから、脅しをかけた。
「テメエ、グループから勝手に抜けたらよ〜、クラスで徹底的に干してやっから。マトにするからな」
「そうやって、今までもパシリさせてた奴を何人も追い込んだんだろ? でもみんな君らの仕返しが怖くて泣き寝入りしてたんだ」
なんだコイツ、いつもは何も言い返さないくせに、生意気ぬかしやがって許さんぞ。
「何言ってんだテメエ。お前もそいつらも、クラスで浮いてたりボッチだったのをオレらが仲間に入れてやったんだろうが。ちったぁオレらの為に役立てやコラァ!」
「仲間に入れてくれなんて頼んでない、むしろ何度も断ったのを、小突いたり脅したりして無理矢理入れたくせに!」
コイツ、マジでうぜえ。いい加減黙りやがれ。
「うっせぇ! さっさと仲間に入ればいいのに、テメエがウダウダとゴネるから急かしただけじゃねえか」
「そうやって、他の奴も無理矢理仲間に入れたんだろ? 自分たちが都合良くパシリに使えそうな奴を」
続けざまにマサオは、覚悟を決めたかのような表情をしてこう言った。
「君らが僕で遊ぶのに飽きるか、卒業まで数ヶ月我慢して解放してくれるのを待つつもりだったけど、僕はもう我慢の限界だ。仕返しは怖いし、この時期に問題起こしたくないけど、今後の事を親に相談するよ。場合によっては先生にも相談する」
何だか自分でもわからないんだが、オレはバツの悪さを感じつつ、同時にますますアタマに血が上って、もうコイツを黙らせることしか考えられなくなった。
「テメエ、いい加減に黙らねえと今すぐぶっ殺すぞオラァ!」
オレは、固く握った右の拳を顔のあたりまで上げてマサオに向かっていったら、ヤツはビビって顔を引きつらせた。そらそうだよなあ、ひ弱なお前がオレにかなうはずねぇ。ボコボコにしてやるよ!
しかし、ここで予想外にも、マサオは叫びながらオレに向かって突進してきた。
「うわああああ!!」
「グサッ」
懐に飛び込んできたのを受け止めると、オレの腹に何かが刺さる感覚があった。
途端に、腹に激しい痛み、抉られるような痛みがオレを襲い、何も言葉が出ない。言葉にならないうめき声のみが出てくる。
腹を見ると、あのワインのコルク栓を開けるやつの先端が深く突き刺さり、みるみるうちに沢山の血が腹から流れ出てきた。
「あ、あぁぁ……」
マサオは腰を抜かしたままパニクってる。いや、それより腹に刺さってるものを抜いて救急車呼んでくれよ!
そう頭の中では言っているのだが、痛みのあまり声が出ない。そうこうしてるうちに、意識が朦朧としてきた。
クソッ、なんでオレがこんな目に。
そんな言葉が頭の中で飛び交いながら、オレは意識を保つことが出来なくなっていった……。