マフィン売りの男を知っているかい?
君たち マフィン売りの男を知ってるかい?
Oh, do you know the muffin man,
マフィンう売りを、マフィン売りを
The muffin man, the muffin man,
君たち マフィン売りを知っているかい?
Do you know the muffin man,
ドゥルーリー通りに住んでいる彼さ
Who lives in Drury Lane?
うん 僕たちマフィン売りを知ってるよ
Yes, we know the muffin man,
マフィン売りを、マフィン売りを
The muffin man, the muffin man,
うん 僕たちマフィン売りを知ってるよ
Yes, we know the muffin man,
ドゥルーリー通りに住んでいる彼を
Who lives in Drury Lane.
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次に幼い私が夢に渡ったのは、あの不思議なガチョウおばさんの夢を見てから数日後の事だった。
幼い私は目が覚めたその朝に枕元で見付けた大きな羽と一緒に夢で見た事を母に話せば「きっと寝る前に聞かせたから夢に見たのかもね?それとも夢を通してお話の世界と繋がっちゃったかなぁ?」なんて言いながらクスクスと楽しそうに笑って言った。嘘じゃないもん!と言う私に、母は嘘なんて思ってないよ。と柔らかな表情と手つきで頭を撫でる。
「でも、夢の中でお話の世界に遊びに行くなんて、まるでアリスみたいだね」
不思議の国のアリスは母が寝物語で聞かせてくれる世界中のいろんな話の中でも私のお気に入りの話の一つだ。幼い女の子がウサギを追いかけて可笑しな世界に入り込み、国中をしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回すお話はワクワクとドキドキが止まらない。母はそのアリスのお話の中にも、マザーグースのお話が使われているのだと言った。それを聞いて幼い私は、もっともっとマザーグースのお話が聞きたくなった。だから母に、もっと聞かせて、教えて。と強請れば、仕方ない子ね。と言った様にまた寝る時のお話で聞かせてあげるからね。と約束してもらった。夜が待ち遠しかった。
それからと言うもの、幼い私はベッドの中で幾つかのお話を聞いていた。幼稚園で歌った歌の元になった話も有った。マザーグースの童話は日本の昔話よりも短い物が大半だったし、物語と言うよりは動揺の様にリズムに乗って口ずさむ物も有ればその内容は教訓であり、しかしやはり何処か物語の様にストーリーが有ったりもする不思議な世界だった。そして今日もまた、ベッドで柔らかく暖かな毛布にくるまりながら母に寝物語の催促をしていた。
「今日のお話はなぁに?」
「そうだね、じゃあ今日はマフィン売りの男ってお話にしようか」
「まふぃん?」
「マフィンはね、二種類あるの。カップケーキみたいなお菓子のマフィンと、平たくて白いパンみたいな物。今日のお話に出てくるのはパンの方だね」
「おかしじゃないの?」
「そう、マザーグースのお話はイギリスの方のお話だから。お菓子のマフィンはアメリカので、パンの方より新しい物だからマザーグースのお話のマフィンとは違うんだよ」
「そうなんだぁ」
「そう。それじゃあ【マフィン売りの男】始まり始まり____」
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気が付くと幼い私は、またパジャマ姿で立っていた。しかし前回と違うのはここが町の中で、時間も朝だという事。それと、どうやら今回は靴も履いている様だ。
朝日に照らされた清々しくもひんやりとした空気。ポコポコとした石煉瓦で出来た道は朝の霧でしっとりと輝き、雨上がりの濡れた道とはまた違った不思議な匂いを漂わせている。立ち並ぶ家々の庭に植えられら木々の葉も露に濡れ、差し込む朝日を反射し水晶の様に眩しく虹の光を放つ。前回の夜の森とは違う明らかに知らない遠い外の国の空気と景色に、幼い私は冒険に出た様なワクワクとした気持ちが半分、一人で居る心細さや、未知のものに対する恐怖が半分と言った心情だった。
どうせ可愛い靴を履かせてくれるなら、可愛いお洋服も着せてくれたらよかったのに。
怖い気持ちを滲ませながらも、それを何とかごまかす様に足元の可愛らしいパンプスを見ながらそんな事を考え、一先ず道に沿って歩いてみる事にした。歩きながら辺りを見渡せば、目に映る建物はどれも絵本で見た様な煉瓦造りの可愛らしい物。庭に咲く花は鮮やかで、生い茂る翠の葉も生き生きとしている。
カラァ―――…… ン……
カラァ―――…… ン……
コツコツ、と靴を鳴らして歩いていると、少し遠くから鐘の様な音が響いてきた。何だろう?と首を傾げ音の方を見ていると、近くの家の扉が開きパタパタと恐らく同じくらいの年頃であろう男の子が駆け出してきた。輝くミルクティーブロンドの髪、大きくて丸いエメラルドの瞳、ふくふくとした頬は淡い薔薇色に色づき、小ぶりな薄い唇は柔らかそうな甘い桃色。絵本で見た王子様の様な輝く容姿の可愛らしい男の子だった。彼は道に立つ幼い私に気が付くと驚いた表情を見せ、不思議そうに話しかけて来た。自分とは話す言葉が違うはず。幼くとも、流石に国が違えば話す言葉が違う事は知っている。どうしよう、と焦り下を向いてしまったが、そんな幼い私の耳に届いてきたのはどういう訳かよく知る日本語だった。
「なあ、お前見た事無いけど引っ越してきたのか?」
驚き、ハッとして顔を上げた幼い私の顔を見て彼もまた少し驚いた様な不思議そうな顔をする。この辺りでは見た事の無い顔立ちに驚いた様だ。引っ越してきた。少年はそう言ったが、引っ越してきた訳ではないので何と答えたものかと一瞬迷ったが、ガチョウおばさんの時に母が言った「遊びに行く」と言うのがしっくり来た気がして、一先ずはそう答える事にした。
「えっと、遊びに?きたの。直ぐに帰っちゃうけど」
「そうなんだ、顔立ちもこの辺りの国のやつじゃないよな?どこから来たんだ?」
「すんでるのは日本だよ」
「にほん…。聞いた事ないなぁ。おまえよっぽど遠くからきたんだな」
そうやって少し話ていると、鐘の音がだんだんと近づいてくる。その音に少年は、あ!と言って駆けだした。何となくおいて行かれるのが心細くて、その先に何が有るのか解らないが彼に付いて一緒に駆け出した。
「ま、まって!ねぇ、この音はなに?何があるの?」
「え!?知らないで…って、そうか。ここに住んでるんじゃなきゃ知らないか。マフィン売りのおっちゃんが来たんだよ。」
「まふぃん」
「食ったことないのか?おっちゃんのマフィンはすっげぇ美味いんだ!せっかくだから食っていけよ!」
「え、でもお金もってないよ…」
「じゃあオレが買ってやるよ!あのおっちゃん子供とかにはおまけしてくれるから安く買えるんだ」
「でも…」
「いいって!オレの所の美味い物しってほしいんだ!それにすぐ帰っちゃうんだろ?なら、なおさら記念にさ!」
そう言って笑う彼の笑顔は、まるで昇る朝日の様に眩しかった。
近づく鐘の音。ガヤガヤと賑わう人の声。どうやら大通りで売り出しているらしいそのマフィン売りの男の周りにはマフィンを買う客でそこそこの人だかりができていた。少年の言う通り、子供は少しおまけしてもらえるらしく、並んでいる客には子供が多い様子だった。少年はさっと列に並ぶとお目当てのマフィンを無事に買う事が出来たらしく、茶色い紙袋を持って戻って来た。
「さ、無事に買えたしもどろう。オレの家の近くに公園があるからそこで食べようぜ!」
「ありがとう」
テクテクと並んで歩く。少し前までひんやりとしていた空気は昇った朝日で今はじんわりと暖かい。家の近くだと言う公園に行くまで何気ない話で笑い合う。話していればどうやら住む国は違えど、この年の子供の暮らしはそこまで大きな違いは無いらしい。ご飯を食べて、勉強して、遊んで、そして眠る。同じだね。と笑い合って居れば、目的の公園はすぐ目の前だった。公園に入り少年が向かったのは美しく整えられた低木が並ぶ場所。可愛らしい薔薇のアーチをくぐって進んだ先は白い柱と柵、少しくすんだドーム状の青い屋根のガゼボ。中には柵に沿って座る場所が有り、真ん中には小さいがテーブルが付いている。少年曰く、ここでちょくちょくとティータイムを過ごすらしい。椅子に座ると少年が紙袋を開きマフィンと、おまけで付けてくれたと言う小さなバターの包みを渡してくれた。
「ほい、温かいうちに食おうぜ」
「うん、わぁ!温かくてふかふかだ!」
暖かく小麦のいい匂いのするマフィンにバターを塗って口いっぱいに頬張る。ふわふわで少しもっちりとしたマフィンはほんのりと甘く、そこにバターの塩気と風味が加わり素朴ながらも優しい味わいだった。焼きたての香ばしさも有り、少年が絶賛する気持ちが良く解った。夢中で食べていれば、早くも食べきってしまったらしい少年がニコニコとこちらを見ている。なぁに?と首を傾げて聞けば、本当に美味しそうに食べているから嬉しくなってしまったらしい。暫くして幼い私も食べ終わると少年は立ち上がった。
「さて、ほんとうは一緒に遊びたかったけど、帰らなきゃなんだよなぁ」
「うん、わたしも…もっとあそびたかったなぁ…」
名残惜しく思いながらも、二人で来た道を戻って行く。公園を出て少年の家の方へ並んで歩いていると、遠くから女性の声が聞こえてくる。その声は少年にも聞こえていたらしく、母さんが呼んでる。と言って幼い私を見た。
「ゴメン、もう行かなきゃ」
「ううん、私も帰らなきゃ…。マフィンありがとう。とっても美味しかったよ!」
「おう!またいつか会えたら一緒に食べような!」
「うん!また、いつか……」
____…!
「母さんが呼んでるから、もういくよ。またな!」
そう言うと少年は走って母親の元に向かった。その背中を見送り、幼い私はそっと目を閉じた。するとふわりとした温かさに身体が包まれる感覚が有り、再び目を開けると、そこはもう自分の部屋のベッドの中だった。
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「お帰り、遅かったけどマフィンは買えたの?」
「うん!あ、オレにほんって遠い所から遊びに来た女の子の友達ができたんだ!」
「にほん…?どこだろうね?お母さんも知らないわ。よっぽど遠くの国なのね」
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