卒業するので、一途な後輩のささやかな思い出の為にお節介を焼いてみた結果。
※『ずっと好きだった大泉先輩が卒業するので、記念に名札が欲しいだけの鈴井さん。』の大泉先輩サイド。
単体でも読めますが、両方読むなら『ずっと~』の方から読むのがオススメ。
『ずっと好きだった大泉先輩が卒業するので、記念に名札が欲しいだけの鈴井さん。』
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「アンタみたいなの、ホントムカつく」
思わず悪態を吐いてしまった俺は、ワルクナイ。
──いや、やっぱり悪いか。
言ってから数秒後、俺は大変後悔した。
何故なら目の前の後輩女子、鈴井ユキコがフリーズしてしまったのである。
卒業式だというのにこんな悪役じみた感じで、俺はいったいなにから卒業するというのだろう。(※オ〇キちっくに)
俺が悪いにしても彼女が悪いにしても、このままでは後味と夢見が悪いのは間違いない。
鈴井には待つように言って、ケイスケの元へ走った。
俺の親友であり幼馴染みの安田ケイスケは、とにかくモテる。
ケイスケは残念なことにウチの乱暴な姉・和泉と付き合っているのだが……和泉が大学生であることや、ふたりが終日ゲームを延々とやるような……不健康でありながら男女的には甚だ健康的なデートばかりしていることから、それを知る人は少ない。
学校でケイスケに好意の視線を向ける女子は『やたらと絡んでくる女子』の他、ただチャンスがあれば見つめるだけ、それ以外にはなにもしない系の『非常に奥手な女子』。その真ん中あたりの『イベントになると張り切る系女子』の、大体三種類の女子に分類される。
鈴井は『非常に奥手な女子』である。
俺の知る限り、一番長期に渡り情熱的な視線を向けながら、一番なにもしなかったのが鈴井だ。
本当に見ているだけなので、邪魔にはならない。だが、イベントなどでも萎縮するだけで、ノリで近付くどころか、チャンスを全く活かそうともしない。
それはケイスケへの恋心を持つ女子から直接的・間接的に迷惑を被ってきた俺が、苛立ちと共に次第に応援したい気持ちになるほど。
「ケイスケ、あれ寄越せ」
「え」
「え、じゃねぇよ。 早く!」
──ウチの高校の男子制服はブレザーである。
その為、卒業式には好きな男子の『第二ボタン』の代わりに、『名札』を貰うのが恒例となっている。
人気の男子生徒は欲しがる人が多いので、ブレザーに縫い付けてあるものと、購入時の予備、それに夏服用のバッヂの名札とその予備全てを卒業式に持ってきていたりする。
一番人気であるブレザーに縫い付けてあるやつは、当然和泉が貰う筈。なので、夏服用の名札のひとつを鈴井用に予約してあった。
『もし貰いにきたら、渡してやれ』と。
最後に勇気を出したのは褒めてやりたいが、まさか本人に直接ではなく、俺に頼みにくるとは思わなかった。
こういうことはままあるが、ハッキリ言って不愉快。
(だがまあ……鈴井だしなぁ)
鈴井は小学生の頃から同じ学校なので、学年がふたつ違うとはいえ顔と名前くらいは知っている。気付いたときにはもう、彼女はケイスケを見ていた。きっと小学生の頃から好きだったのではないかと思う。昔から子供会などで顔馴染みである鈴井だが、クリスマスでもバレンタインでも、一度もそんなことをしなかった。
お膳立てしてやっただけに、ついイラッとしてしまったが……俺に頼むので精一杯だったのだろう。
悪態を吐いた詫びも含め、名札くらい貰ってきてやろうではないか。
「──ホラ、手!」
俺が名札を渡すと、鈴井は『ポカン』という形容がピッタリの、間抜けな顔をした。
「あっ、あのっコレ……!」
「いいよ、気にすんな」
思えば暴力女の圧や自分にあれこれ頼まれる億劫さから、ケイスケに近付く女子を牽制するようになっていた俺だ。その視線に、散々こいつがビビっていたことも知っている。
なんとなくそんなことへの言い訳を語る。
なんかお節介を焼いてしまったことへの、若干の悔しさと気恥しさから。
「最後まで見ているだけってのもどうかと思うが、俺も言い過ぎたしな……卒業プレゼントってことで。 でも、今度があったら自分でなんとかしろよ? ……じゃあな!」
ちょっとした嫌味みたいな台詞を吐いてしまったことが微妙にいたたまれなくて、無意味に走って友人達のところに戻った。
「カラオケで打ち上げするってよ。 大泉もいくだろ?」
「いや……いいわ」
なんだか気分が乗らない。
だが友人の森崎からの打ち上げの誘いを断ったのは、気分が乗らなかったからではない。ケイスケと和泉から『卒業祝・桃鉄』のメンバーに強制的に入れられていたからである。
気分が乗らないのは『別に今桃鉄しなくても、しょっちゅうやってんじゃねぇか』と思っているからであり、別に『なんかさっきのことが気になる』とかではない。断じて違う。
ウチもケイスケの家も共働きだ。卒業式だというのにいつもと変わらず、安田家で桃鉄のために和泉が帰ってくるのを待つ。
「──つーか鈴井さん、本当に俺の名札が欲しかったの?」
コンビニで買った昼飯の弁当を食いながら、ケイスケは言った。
「決まってんだろ。 あ~ヤダヤダ、無自覚イケメンはこれだから」
「いや、俺が言いたいのはさ、『それちゃんと確かめたの?』ってこと。 前から言ってるけど、そもそも鈴井さんが俺を見てたかどうかも怪しい」
「……見てたよ」
……コイツ、なんてことを言うんだ。
ケイスケに悪気などないのはわかっているが、鈴井の気持ちを考えると若干の苛立ちを感じずにはいられなかった。
報われないな、鈴井。
あんなに熱い視線を向けていたっていうのに。
これだから無自覚イケメンは嫌なんだ。
きっと見られていることに慣れすぎて、鈍感になっているのだろう。
「だ~か~らぁ……そうじゃなくってぇぇ」
「ああうっせぇうっせぇ」
どのみちこいつには和泉という彼女がいるのだ。これ以上鈴井に対して気の毒な気持ちにさせないで欲しくて、強引に話を打ち切った。
そんな時の事。
──ピンポーン♪
インターフォンが鳴った。
「和泉ちゃんかな?」
一階の居間にいる時は、ミラーレース(※外からは中が見えない加工のレース)をかけた掃き出し窓から来た人が見えるので、施錠をしていない。
「いや、アイツが鳴らすわけねー」
安田家だというのに、当然のように『たっだいま~♪』などとぬかしながら入ってくるのが和泉という女だ。
躾がなっていない。
親の顔が見たいものだ。
毎日見てるけど。
余談だが、姉弟喧嘩で昔『お前の母ちゃん出べそ』なる悪口を和泉が言ったためオカンが激怒し、何故か俺まで正座をさせられたことがある。
俺がそんなことを思い出しているうちに、ケイスケは窓を見たあと即、玄関に駆けて行った。
「はーい」
妙に浮かれた声。
(誰が来たんだ?)
俺はそこで初めて窓を見て、かけられているのがミラーレースのカーテンであると知りながらソファの後ろに隠れた。
──鈴井だ。
(……つーか俺、なんで隠れたんだよ?)
自分の行動が謎。
門の外のインターフォンが押された為、距離が遠すぎて話はハッキリと聞き取れない。代わりに過ぎる、俺が吐いた台詞。
『今度があったら自分でなんとかしろよ?』
今度なんて、普通に考えたらまず……ない。
だからこそ鈴井は今、勇気を出したのだろう。
(だがッ……! アイツには彼女がいるんだ……!!)
なんで後押しするようなことを言ってしまったのだろう。
無駄に傷付く羽目になったじゃないか。
こんなことなら『アイツは彼女いるからやめとけ』って教えてやれば良かった。
そうすればまだ、直接フラれるよりマシだったに違いない。
暫くして、ケイスケが戻ってきた。何故か上機嫌で。
「ヒロシ? なんでそんなとこいんの? 話聞いてた?」
「馬鹿野郎……聞こえるわけねーだろ」
なんだコイツ。
さっきまで否定してたくせに、俺に告白自慢をする気か?
……なんて無神経なんだ!
「お前ッ……! ちょっとは鈴井の気持ちを考えろ!」
「……またなんか勘違いしてるでしょ」
あまりの態度に掴みかかろうとしてしまった俺を軽く制し、「ほら」と言ってケイスケが見せたのは──夏服用の名札。
俺が鈴井に渡した、ケイスケの名札だ。
「……?」
「返しにきたんだよ。 ヒロシの勘違いのせいで」
「??」
意味がわからないままの俺に、ケイスケは呆れた顔を向ける。
「まだわかんないの? 鈴井さんはヒロシの名札が欲しかったの!」
「……? ……ッ!?」
「勇気を出して家までわざわざ返しに来てくれたんだから……わかってるよね?」
そう言って、ケイスケは鈴井の方に戻って──
……え、ちょっと待って?
なんで待たせてるのケイスケさん?
まだ諸々、理解が追い付いてないんですけど?!
「チェストォォォッ!!」
「ふぐっ!?」
オロオロしだした俺の頭上に、突然後方から繰り出されたチョップ。
そこにはいつの間にか、姉の和泉がいた。
──後にわかったことだが鈴井とケイスケが話をしている時にタイミングよく帰ってきた和泉は、ケイスケに目配せして裏から入ったらしい。
「はよ行け愚弟! 貴様は女子に恥をかかせる気か!!」
「……!!」
『お前のそのキャラなんなん?』とかツッコむ余裕などなく、ゆっくりと玄関先にいるケイスケの背中を追う。チョップの衝撃で、とは断じて認めないが、一連の流れの理解はした。
(あの熱視線も……俺? 俺に??)
ちなみに、気持ちは追い付いていない。
緊張したような浮ついたような気持ちのまま、ケイスケの背中越しに俯いている鈴井が視界に入る。
「──」
「…………」
顔を上げた鈴井と、目が合った。いつも逸らされていたのは、ビビられているとばかり思っていたが、あれは恥ずかしさからだったんだろうか。
なにそれ可愛い。
(と、とりあえず、謝らねば)
脳内なのに噛むくらいに狼狽えている気持ちを誤魔化しつつ、兎にも角にも口を開こうとした矢先──
「……あっ?!」
──逃げられた。ダッシュで。
だが『脱兎の如し』と言うにはあまりに遅い、鈴井の足。アッサリ捕まえることができた。
なんと鈴井は、俺が自分の名前すら知らないと思っていたらしい。学年も違って付き合いがないとはいえ、地区内でずっと同じ学校で──
(……いや、知らない場合もあるな。 全然ある)
『深淵をのぞく時、深淵もまたこちらをのぞいているのだ』
なんかそんな言葉が出てきた。髭の偉そうなジジイがドヤ顔で言っている映像で。(※尚、『ジジイ』は完全にイメージ画像であり、ニーチェとは関係ない)
そして逆だ。
鈴井が見てたから俺も見ていたのだ──
(……っていうか俺を見てたわけだ?!)
改めてそれに気が付く。『俺が他の子よりも彼女を気にしていた』という事実と共に。
しかも俺の名札が欲しくて勇気を出したわけで……
(ええぇぇえぇぇぇぇぇ)
如何せん、情報過多である。
処理したことのない情報が多過ぎて無理。
『嘘告的なやつ?』『罰ゲームでは?』などというガッカリしないための保身的質問に『いや、長期に渡り見てたのが俺ならそれはない』『そもそもそんなことできる度胸があるわけない』という解答からの、『いや、勘違いじゃなくて?』『だったらわざわざ名札を返しにこないよね』などという発言舞い散る、脳内俺会議勃発。
しかし、ガワである主俺は『好かれてるなら尚更、狼狽えている様を見せたくない』という強い思いから、ひたすら平静を装っていた。
(とりあえず! 鈴井は名札が欲しいんだよな!?)
しかし、ネタ的に名札を求める後輩男子から毟り取られ、名札は残っていない。
チキショウ、なんてこった。
『精々今年の年末、大掃除の時に処理に困れ』と呪いをかけずにはいられない。
「だから……」
とにかく鈴井をガッカリさせたくない。
なんか、あげたい。
名札よりいいモノを──
「……
…………
……………………ブレザーでよければッ!」
「「「ええ?!」」」
考えてひり出した答えだったが、
「そうじゃないだろ~が!!」
「ぐふっ?!」
突如和泉が飛び出してきて、俺にボディーブローをかましてきた。
なにが間違っていたというのか……解せぬ。
何故か鈴井はそのまま和泉に拉致られ、俺と共に『卒業祝・桃鉄』の餌食となった。「気を利かせてるんだよ」とケイスケは笑って耳打ちしたが、俺はヤツが桃鉄メンバーを増やしたいだけじゃないかと思っている。
和泉は好き嫌いが激しく、しかも嫉妬深いのだ。ケイスケに興味がない鈴井は、『絶好の遊び相手になる』と目論んでいるに違いない。
(──だが、グッジョブ)
まあぶっちゃけ、そう。
今だって、向けられていたと考えられる俺への好意にパニクった脳内では、終わりのない脳内会議で無意味な問答が続いている始末。
主俺はカッコつけたくて必死で、正直マトモに話せる余裕などない。余裕風に見せたいだけの人である。
桃鉄をやりつつ、実は帰りに送る際の会話を滅茶苦茶考えているが、鈴井にそんな内心がバレたら羞恥で死ねるレベル。
そして、家に送る際──
「悪い……ブレザーは、近所の子にお下がりをあげることになってるのを忘れてた」
噛まないように気を付けながら、とりあえず謝る。
「は……はぁ……」
返ってきたのは困惑。渾身のボケだったが──滑った。
(いや俺だってあの時はなんかあげたいだけだったけどさぁ! 流石にそうじゃないってわかってるって!!)
脳内シミュレーションでの返しは『いやーブレザーはサイズが大きいですしね!』みたいな感じの鈴井が言いそうなノリボケであり、実際、桃鉄の最中の会話や今まで見てきた限りの鈴井を想定していたというのに……!
他のふたりがいると割と普通に喋れたのに、ふたりになった途端に緊張されているのを滅茶苦茶感じる。こっちも緊張するが……正直、悪い気はしない。というか、滅茶苦茶嬉しい。
──俺が今までされた告白は全て、ケイスケ目当てだった。
初めてできた彼女は他校の子だったが、ケイスケと会わせたらすぐ俺をダシに使ってケイスケに粉をかけだし、それを知った俺は即、別れた。それ以来彼女はいない。
だから、ずっと一途に見ているだけの鈴井が気になったんだと思う。
その視線が俺に向けられていたと知って、とても嬉しい反面、誤解していた期間が長いのもあり、どうしていいかわからないのだ。
(だってこんなの……好きにならないわけないじゃないか!!)
お付き合いするとかもう怖い。
ガッカリしたくないし、ケイスケと比べられてガッカリされたくはない。『いや、別に鈴井はケイスケのこと好きじゃないだろ』と俺の中の俺が言うが、そんなことわかってはいる。
理解をしていても、経験は案外重い。
これだけ場を作られては、何も言わないわけにはいかないのに、なにを言ったらいいかがわからない。
『とりあえず友達から』?
……なにその上メセ。
しかもキープみたいで不遜極まりない。
鈴井は確かに大人しそうな女子ではあるが、可愛くないとかじゃないし、話せば全然話せる。
コミュ障気味なのは俺に対してだけとか、むしろ可愛いし。
(……いや違うだろ俺!)
思考が横に逸れてまとまらない。
俺がそんなふうにもだもだ考えているうちに、鈴井が立ち止まり、
「……大泉先輩ッ、あの……」
右手を差し出した。
「!?」
これは──『手を繋いでください』ってことかな?!……かな!?
自分の中で二度聞きした俺は、『鈴井は俺に好意を抱いており、俺の前だとコミュ障気味になる』ことへの肯定と共に、『ケイスケ・和泉による圧を受けたのは俺だけに非ず』という事実をハッキリと理解する。
ここで手を繋がない程、俺もヘタレではない。
──しかし
「えっ?!」
驚いて顔を上げる鈴井。
「……えっ!?」
(間違っていた……だと?!)
「わわわわ悪い! もしかして違った?!」
と言いつつ、手を離さない俺。
「いやあのそのッ……たっ大変に光栄の極みにございまする!」
鈴井の顔は赤くなっている。
多分俺も赤い。
なんか違ったらしいが、光栄の極みらしいので……まあいい。
っていうか『光栄の極み』って。
可愛いかよ。
「……こういうの、慣れてないから……その」
「……はい」
頼む、察してくれ。と思いつつ、うにゃうにゃ言って誤魔化す。『はい』と言ってくれたので、そのまま有耶無耶にした。
……ダメだ、俺はヘタレかもしれん。
事実、俺はヘタレであったらしい。
メッセージアプリで連絡先を交換したにも関わらず、連絡できず。カッコつけが邪魔をし、文を書いては消し、消しては書きを繰り返し、結局諦めてしまうのだ。
ケイスケと和泉が気を利かせて、遊びに誘ったりしてくれたが、手を繋いだこととか思い出しちゃうと、緊張しちゃって目も合わせられない。
(最初の彼女とだって手くらいは繋いだが、こんなことにはならなかったのに……!)
こんなことじゃ嫌われちゃうのでは、と思いながらも、ほぼスタンプだけのメッセージを送りやり過ごす。ようやく自然に話せるようになる頃にはなんと、二年目に突入していた。
そして三年目、お付き合いに漕ぎ着ける。
ケイスケ・和泉を含め、周囲から散々ヘタレと揶揄されているが──
四年目、短大に進んだ彼女と同じタイミングで卒業し、それぞれ就職してから半年程ですぐプロポーズし、同棲。
五年目、生活が安定したあたりで再プロポーズし結婚。
まさか俺が『ヘタレ』から『我慢の出来ない男』と呼ばれるようになるとは、このとき誰も想像していなかったが、それはまた別の話だ。