「これはきっと、もう〈後日談〉だから」
Q・銀河辰蔵さんって、どんな人ですか?
「……優しくて、真面目な人です。顔は、まあ普通……かな。あ、きりっとした表情ををすると結構かっこいいです。」
「……やさしいひとなので、よく心配になります」
「これ、一番大事なんですけど……わたしの大事なコイビトで、……お父さんです」
〇
戦いが、最後の局面を迎えたあの日。
――既に、趨勢は決していた。
〈十二支〉
〈四神〉
そして、共存の道を選んでくれたレキ達〈四天王〉
全てのピースはいまここにそろっていた。
これだけの戦力を、ここまで一騎たりとも損耗することなく万全の状態で投入する、それが成った時点でぼくたちの勝利はもはや磐石。
敵の首魁が己の力を信じるあまり、魔獣プラントと魔道兵器ターミナルを直接こちらに送り込み、清太郎さん渾身の一刀で両断されてしまうというも大きかった。
敵は空を埋め尽くし地を呑み込まんばかりだが――これ以上増えることはない。
あとは、こちらの最精鋭。
レキとはなの2人が、深奥の中枢部分を撃ち貫けば、――それで決着はつく。
古い口伝に縛られ集められたぼくたちと、つい数日前まで敵対していた、彼女たち。
――確執も、反目も、葛藤もあった。
けれど、それらを乗り越え、今は肩を並べ、背中を預けて戦っている。
レキとはなとが戻ってくる場所を護るために、みんなが全ての力を出しつくす。爆炎を放ち、疾風を纏い、剛腕を唸らせ、爪牙を振るい、空を裂く。
誰かが叫ぶ
「もう一息だ」
「みんな、頑張れ!」
「これが最後の戦いだ!」
「ここまで来て、諦めるかよ!」
冷めたぼくですら、伝わってくる熱気にどこか高揚していた。
〈ぼく達の世界は、終わらない〉!
〈かつての日々が、日常が、戻ってくる〉!
〈それだけじゃない、自分たちはこの戦いを通して成長できた〉!
〈辛いこともあったけど、得たものだって大きい!〉
けれど――
ひと掬いの冷や水のような想いが、同時によぎる。
――だから?
――それで、どうなる?
――その先に、何がある?
――それは本当に、いいことなのか?
やがて、天の頂から、爆音が響き渡る。
それこそは、勝利を告げる鐘の音。
「みんなーっ!」
光の粒子が降り注ぐ中、レキが、はなが、降りてくる。
全員で勝ち取った勝利の象徴のように支え合いながら、
「はな!」
「レキ!」
「あいつら……やりよった!」
みんなが、口々にはなを、レキを呼ぶ。
少女たち二人は大地へと帰還すると、そのままぺたりとしゃがみ込んだ。
あれだけのことをやってのけたんだ、無理もあるまい。
それはとても微笑ましい光景であり……
そしてぼくは――それを見る。
レキの背後、動いている魔獣が――1体。
角の生えた大蛇の様な巨躯。
喉元に赤く輝く灯火。
今は、レキもはなも消耗し切っている。
あれは――まずい。
あのタイプは、例え身体が半分無くなろうとも認識した攻撃目標を殺し尽くすまで、けして攻撃を止めない。
そして、明確に旗色を示した時点で、レキ達も、敵味方識別コードを書き換えられている。
より近くにいる、レキに狙いを定めている。
誰か気付いたものはいるかもしれないが、今は全員、息が上がっている。 ……咄嗟には誰も動けない。
絆の熱気と共存の甘い夢に呑みこまれることが出来なかったひねくれ者――銀河辰蔵を除いては。
「レキ!」
そう叫び、走っていた。
まだ、魔獣の生き残りや、魔道兵器の撃ち漏らしもいる。
……ここで彼女を失う訳にはいかない。
いや――そんなのじゃない。
ああ、そんなものはもう知ったことか。
この戦いは、もう終わるんだ。
〈戦力〉なんて、もう不要になるんだ。
あの子は、普通の女の子に戻って、
ぼくはただ、ただ――
決戦を控えた昨日の夜。
ほんの少しの時間、はなと笑いあう彼女の姿が――。
まだ、目に焼き付いて消えないのだ!
だから――行くところがないのなら、一緒に暮らさないか、と申し出た。
彼女は戸惑いながら、それを受け止めてくれた。
自分はこの戦いを通して成長した。
今の自分は昔とは違う、きっと彼女に多くのものを与えられる。
そう自惚れていた。
レキはまだ、何も受け取っていないじゃないか――
鉛のような四肢に鞭を入れ、這いずるように不恰好に駆ける。
――間に合え、間に合え!
棒立ちの彼女を突き倒し、その上に覆いかぶさった。
漆黒のボディスーツに包まれた柔らかな体の体温を感じながら、低く低く、身を伏せる。
間一髪、魔獣の上顎と下顎ががちりと音を立てて、打ち合った。
「――辰、蔵?」
「大丈夫かい? レキ」
「あ」
一瞬遅れて、何が起こったのかを把握したレキが、互いの息がかかるほどの距離で安堵の表情を浮かべた。
汗と灰燼に塗れてなお鮮やかな黄金色の髪とアイスブルーの瞳が、視界いっぱいに広がっていた。
――ああ、この娘、かわいいな、綺麗だな。
と、今更ながらに感動する。
だけど、次の瞬間、彼女の双眸がその光景を捉える。
――彼女を庇ったぼくの左腕が。
肘の下で、無くなっていた。
「あ」
魔獣がぼくの左腕をかみ砕き、咀嚼し、嚥下するのが見えた。
「辰蔵――おじさんッ!」
佐助くんが疾駆する。
魔獣の胴体を駆け上がり、逆手に持った忍者刀を脳天に叩き込んだ。
「――ガオォォォォッ!」
轟音を上げて倒れ込み、のた打ち回る魔獣を冴ちゃんが押さえ付け、喉首に喰らい着き、噛み千切った。
「辰蔵、辰蔵、辰蔵」
――黄金狼の少女が、慟哭する。
「あ――あ――あああああああああああああああ!」
〇
――だから、これはきっと、もう〈後日談〉だから。
〇
アップダウンの激しい田舎道。麦畑を飛び越え、電線と用水路をかわし、小川と草原を駆け抜けて――しばし。
目的の集合場所、山の麓の広場への道のりも〈十二支の力〉によって強化された四肢を以てすれば瞬く間に事足りる。
辿り着いてみれば、そこでは――
「……いや、しかしですねえ」
「しかしもへったくれもないわ! もたもたしてていいわけあるかい、ボケぇ!」
縦にも横にもでかい「むくつけき大男」という表現の見本のような、〈銀河農園〉のロゴの入った作業服姿の成人男子が、えらい剣幕で怒号を上げていた。
これこそ、ぼく達が駆除するべき野良魔獣……
「川向こうのばあちゃんたちが、すっかり怯えとるんじゃァ!」
「それは判ってます! けれどもう少しだけ待ちましょう!」
……ではない。
「……お待たせ、鐵」
一応最年長のぼくが代表してそう声をかける。
彼もぼくと同じかっこ十二支の一員。〈亥〉の鐡。
一応同い年の、――まあ幼なじみである。
「……おお、タツ! すまんのぉ、足運ばせて」
と、鐵が気安い調子で返す。
……彼は不良ではないし、特段体育会系というわけでもない。……至って真面目な専業トマト農家である。
結構繊細な所もあるし、人一倍他人に気も使う。
――単にひたすら、荒っぽくて気が短いのだ。
見た目と物言いのせいで誤解もされやすい。学生時代などはトラブルが絶えなかった。
同い年で家も近かったぼくなど、よく代わりに謝って回ったものだ。
見た目通りに腕っぷしが強く、ことに堅牢さにかけては、仲間内でも頭数個抜けている。
イクスガルドとの戦いの折には、大層頼もしかった。
トマト農家としての適性と腕はどんなものかというと、驚いたことに、彼の作るトマトは実に旨いのである。
「ああ……すみませんね辰蔵さん、鐡さんが、ひとりでも行くと聞かなくて」
ああ――何となく察しました。
先ほどまで盛大に怒鳴り散らされていたスーツ姿の男性が、長身を折り曲げるようにして頭を下げる。
と、このひとは田中譲治さん。
イクスガルド戦役の際にはバックアップの為に政府から来てくれた公務員さんで、今もここに残って法律的なあれこれを差配してくれている人だ。
「……鐵、とりあえずジョージさんに謝んなよ」
「いや、だけンども……」
「……鐵おじさん? 悪い事したらあやまらないと、駄目なんだよ?」
促す僕に、はなも加勢してくれる。
……みんな、はなには弱いんである。
「……すんませんでした」
でかい図体を縮こまらせながら、鐵が頭を下げ、
「いえ……もしものことがあってはいけませんので……」
ハンカチで冷や汗を拭いながら、ジョージさんがそう応じる。
……この人もこのひとで、ひいいぎゃああと悲鳴を上げながらも肝心のところではけして譲らないのである。
如何にもうらなりじみた容姿に反し、厚い眼鏡の奥の三白眼気味の双眸は何とも只者ではない眼光を放っている。
東京にいた時には何とか庁の何とか部の何とか次長とか大層な肩書がついていた方らしいというのに、並々ならぬ覚悟でこの村に赴任してくれた腹の座り様は並ではない。
ああ、レキたちのこちらでの戸籍を用意してくれたのも、ぼくとレキの縁組の段取りを汲んでくれたのも、彼である――。