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97 イレギュラーな郵便物






さっきまで音楽室を照らしていた夕日も、私達がフラットAに歩き出す頃にはだいぶ角度を変えていた。

日本に来てまだ一週間弱だが、その数日でも季節が刻一刻と進んでいるように感じるのは、気のせいだろうか?

日本の9月はまだまだ夏の気候だと誰かに聞いた覚えがあるし、吹月学院(ここ)が山の中、森に囲まれた環境だということもあるのだろうけれど、私の肌を撫でる風は、もう夏の終わりを匂わせていた。


京極さんは歩幅を私のそれに合わせてくれて、音楽棟からフラットAへ、敷地の端から端へのちょっとした散歩時間となっていた。

夕暮れを背に、灯りはじめた明かり達がほのかに夜の来訪を告げている。

音楽室での報告会がとても濃厚なものとなったので、その反動で、私と京極さんの二人きりだと静かな散歩になりそうだなと思った。

けれどそんな予想は京極さんからの「ごめんね」の一言で覆されてしまうのだった。


「さっきは、栗栖がごめんね」


フラットAまで残り半分ほどといったところで、京極さんは歩みを止めずに顔だけを私に向けて言った。


「何のことでしょうか?」


とぼけたのではなく、本心からの質問だ。

不思議がる私に京極さんは苦笑いを浮かべて。


「あいつ、ミス・フルーガルの秘密を知ったあと、食って掛かってただろう?」

「それは……、そうかもしれませんが、でもなぜ京極さんが?」


幼馴染のよしみ(・・・)で代わりに気を遣ってくださったのだろうか。

二人が ”瞬ちゃん” ”敦啓” と名前で呼び合う仲なのはわかったが、それがどれほどの距離の近さなのかは今一つ判別できていなかった。

何しろ二人の関係は、吹月学院に来る前に目を通した在学生資料に記載されてもいなかったのだから。

けれどこうして、栗栖君不在の中、彼の行為の後始末まで担ってしまうほどには、彼らは連帯感を持っているのだろう。



「おそらく、いや、きっと、あいつがあんな風に君に厳しい態度を向けたのは、俺のせいだと思うんだ」


外枠からのぼやけた説明では到底理解に及ばず、私は京極さんから具体的な理由を伝えられるまでは相槌を控える事にした。


「あいつは、君が既に大学を卒業済みだと報告メールを受けて、それを知った俺が訝ると考えたのだろう。正直に言うと、俺はずいぶんと君を疑っていたからね。敦啓も最初は警戒していたものの、俺よりもずっと早い段階で君を信頼できるという判断を下していたようだった。だからあいつは、報告メールを読んだ俺が君に対して乱暴な感情をぶつけるのではないかと推測したんだろう。それで、俺よりも先に自分が怒り出せば、俺のネガティブな感情も半減するだろう…そんな計算だったんじゃないかな」


まあ、本人に確かめたわけじゃないけどね。

そう言ったけれど、京極さんは栗栖君に正否を尋ねるつもりはまるでなさそうだった。


だがそう聞いて、私も腑に落ちるところはあったのだ。

さっきの栗栖君の数々の鋭利な発言のうち、なんだかわざとらしさ(・・・・・・)を感じてしまうものもあったからだ。

けれど京極さんの解説を聞き、なるほどなと感心したと同時に、私が傷つかないように思いやってくれていた栗栖君には、くすぐったさも覚えてしまった。

おじさまからの依頼で彼らの心のケアを試みていた私だったが、最後にはそのクライアントに庇われていたのだから。

何学年も飛び級して、周りからは大人びているだとかしっかりしているとか持て囃されてきたけれど、まだまだ未熟な子供だと証明されたわけだ。



「では、栗栖君に感謝しないといけませんね」

「心の中で感謝してやって?直接言葉で伝えたりしたら、あいつのことだから照れて照れて照れまくるだろうから」


三度も ”照れる” を繰り返されたのが、妙に可愛らしく思えた。

学院内の誰もが一目置く寮長の京極さんにもこんな一面がおありだったのかと、意外な印象を受けたのだ。

そしてそれは、このまま吹月学院で過ごしていくうちに、彼ら…友人達(・・・)の、まだ知らぬ、新たなる発見が訪れるのだろうかと、私の胸を躍らせたのだった。



「京極さんがそう仰るのでしたら、心の中でこっそりとお礼を伝えておきます」


そう返しながら、京極さんのエスコートでフラットAの玄関扉をくぐる。

京極さんは「そしてやって」と笑ったけれど、扉を離し、ふと視線を送った先の郵便受けの前で立ち止まった。


「ミス・フルーガル、郵便が届いてるようだよ?」


小さく指差した私の部屋番号のポストからは、確かにベージュカラーの封筒がはみ出ていた。


「ありがとうございます。見落とすところでした」


私は素直にその封筒を取り出した。

日本で使われている、ごく一般的な縦封筒だ。


「こんな時間に配達なんて珍しい。どなたからだい?」


ささやかな好奇心を見せる京極さんに、私はサッと封筒を確認して答えた。


「東京の知人からです。私の部屋番号までは知らせていなかったので、もしかしたら一旦葛城さんが受け取ってくださってたのかもしれません」

「ああ、時々そういうイレギュラーな郵便物もあるね。気付くのが翌朝、なんてこともよく聞くよ」

「そうなんですね。今回は京極さんに教えていただけてよかったです」


何気ない会話を終始運びながら、京極さんは私の自室前まで送ってくださった。

昨夜から続く、情報量のあり過ぎる濃密な一日も終盤に差し掛かり、にこやかに和やかな雰囲気を作ってくださる京極さん。

だが私は彼のすぐ傍で、今日一番と言えるような緊張感を抱きしめなければならなかった。

その郵便物が、実は宛先も送り主も無記名であると、彼に悟られぬように。












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