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95 夏休みが終わっても…





「心理療法?!」


円城寺君が真っ先に声を上げた。


「心理療法って、カウンセリングってことですか?」

「そうだよ、円城寺君」


「ですが我々は5月の段階で既に専門機関を紹介されておりますが?」

「確かにそうだったね、京極君。警察関係者の勧めもあって、事故の目撃者は全員カウンセリングを受けてもらった。親しかった相手の事故現場を目の当たりにするなんて相当なショックを受けているはずだからね。事情が事情なだけに、校内にスクールカウンセラーを派遣してもらうわけにはいかなかったけれど、私は保護者の方にもご説明した上で君達にカウンセリングを受けてもらった」


「それなら、どうして今になって館林を呼んだりしたんですか?」

「それはね、栗栖君、君が京極君と組んで何か調べはじめたからだよ。5月の事故直後のカウンセリングでは異変はなくとも、時間が経ってから何か影響が出てくる事もじゅうぶん有り得る。その上、君達は有栖川君の件を調べはじめて、私の部屋にまで侵入するようになった。それは有栖川君の為なのだろうが、強すぎる正義感は時として諸刃の剣だ。この件に私の息子で君達の信頼している教師が大きく関わっていると知った時、或いは有栖川君が秘密の恋愛で悩んでいたのを自分たちは気付けなかったのだと悟った時、その正義感がどう変化するのかは、誰にも予想はつかなかった。だから私は、カウンセラー然とした大人よりも、より君達生徒の傍で君達の様子を見て取れる、君達と同年代の舞依ちゃんに白羽の矢を立てたんだよ。君達それぞれ、舞依ちゃんと接していて何か感じたことはなかったかい?」


おじさまが三人の顔をじっくりと眺めながらそう問いかけると、ここでも円城寺君が最初に「あります」と答えた。


「館林さんから言われた言葉で、僕は心がふわって軽くなったことがあります。だから、マイマイは人の心をよく読み解ける人なんだなって思ったよ」


やっぱりすごいね!

円城寺君はどこまでも私の味方でいてくれようとした。

それは俯瞰で見た場合、やや過剰過ぎる感心にも映ってしまいそうだが、どうやら私は、そんな彼の過剰評価が、自分でも意外なほどに嬉しかったようだった。


完全アウェーでやって来た日本での男子校生活の中で、おそらく、最も私を受け入れてくれた同級生。

彼の存在は、京極さんや栗栖君といった一癖も二癖もある隣人達から厳しい眼差しを向けられた時も、一雫の潤いになってくれていたのだ。

こんな時ながら、私はその事実をようやく実感したのだろう。

彼らよりずいぶん早く大学を卒業してしまったけれど、私だって結局のところは彼らと変わりのない15歳の子供なのだ。

どこに行っても館林の名前と飛び級のせいで、うっかりその事実を過去に置き忘れてしまっていた。

おじさまが私に吹月学院では普通の高校生として過ごすようにと願われたのは、彼らの中に混じりやすくする為だけでなく、私のまだまだ未発達な内面を慮っての指示だったのかもしれない。


すると円城寺君の過剰な感心に感化されたのか、京極さんと栗栖君もこちらに風向きを変えつつあった。


「確かにミス・フルーガルは相手の立場を察したり心を気遣うのがとても長けていたね。とても年下には思えないほどに大人びていて、自分の気持ちをよくコントロールしている。敦啓(あつひろ)、お前は見習うといいよ」

「はいはい。どうせ俺はすぐにカッとしちまう凡人ですよ。失礼しましたね」

「おや、全国模試一位の栗栖君が凡人ならば、他の生徒は何になるんだい?」


おじさまが不思議そうに仰り、円城寺君も悔し気に「そういえばこいつは特待生だった…」と吐くように言う。


「何だよ、何か文句あるのか?(ゆずる)お坊ちゃま?」

「うるさいな!その名前で呼ぶな!僕のことを下の名前で呼んでいいのはマイマイだけなんだからな!」


わざと煽る栗栖君に、食って掛かる円城寺君。

いつもの光景が戻ってきてくれて、私は大きく安堵した。

すると京極さんが静かに近寄ってきて、こっそり耳打ちしてくれたのだ。


「円城寺は譲という名前をあまりお気に召していないそうだ。中等部の時に英語で ”譲る” は ”give up” だと教わったらしくてね。ニュアンスの問題だとは思うが、それ以来下の名前で呼ばれるのを嫌っているんだよ」


ところが若干ボリュームを下げ切れていなかったようで、栗栖君の耳がそれをキャッチしてしまった。


「円城寺はミスター・ギブアップだもんな」

「うるさいなぁ!僕はそんな簡単にギブアップなんかしないってば!」


二人の口喧嘩は絶好調な走り出しだったが、次の一歩は、久我のおじさまによって引き止められたのだった。


「おや、円城寺君は簡単にギブアップしないんだね?だったら是非とも、舞依ちゃんが吹月学院の生徒である事をギブアップしようとするのをやめさせてもらえないだろうか?」


すいっとこちらを指すように腕を伸ばし、皆の意識を私に集結させたおじさま。

私は内心、ああ、やられた…と天を仰ぎたくもなった。



「ええっ?嘘でしょマイマイ、まさか吹月辞めちゃうの?嘘だよね?!」

「まあ、とっくに大学を出てるんだからわざわざ吹月でまた高校生する必要はないわけだし、有栖川先輩の事も決着したわけだしな…」

「ですがそのご様子では、学院長は彼女にはまだ吹月学院にいてもらいたいと?」

「勿論だよ。舞依ちゃんには新学期からも吹月の生徒として過ごしてもらいたいと思っているんだが…」


おじさまが物言いたげに私を横目で掠め見る。

するとこれに一番大きくリアクションしたのは、もう言うまでもなく、円城寺君だった。


「嫌だよマイマイ!もうすぐ新学期なんだよ?夏休みが終わっても一緒に高校生しようよ!」

「だけど円城寺、館林はもう高校生を一度やってるんだぞ?」

「そんなの何回やったっていいじゃないか。それに僕、もうマイマイの歓迎パーティーだって計画しちゃってるんだからね。ねえ、マイマイ、もともと来年の3月までの予定だったんだろ?だったらせめてそれまでは吹月にいなよ」


円城寺君は私の腕を握ってくる。

子犬が必死にしがみついてくるような仕草と上目遣いは、ただ純粋に可愛らしく思えた。

だがおじさまは、そんな私の一瞬ゆるんだ反応を好機と捉えたのだろう、円城寺君への援護射撃を加えられたのだ。


「歓迎パーティーとは素敵な発案だね。いくら舞依ちゃんでも、歓迎パーティーを催されてすぐに立ち去るような事はしないだろう。どうかな?舞依ちゃん」


もしかしたらおじさまが音楽棟までわざわざやって来られたのは、これが目的だったのだろうか。

そう疑いたくなるほど、鮮やかに私は追い詰められてしまう。


「舞依ちゃんが言い出しにくいなら、私からスイスには連絡を入れておこう」

「そうだよマイマイ、スイスの寄宿学校は何年後かに行ってもいいんじゃない?でも、僕達(・・)がいる吹月学院は今だけなんだよ?」

「館林、俺は研究資料にされるのはご免だが、お前がいなくなった後の円城寺の面倒を見るのも遠慮したい」

「つまり栗栖も、マイマイには吹月(ここ)にいてほしいんだよね?」

「そういうことだ」

「ミス・フルーガル、俺からもお願いするよ。君からは学ぶ事が数多くありそうだからね」


最後には京極さんまでもが私を引き留めてくださって。

そして彼らのセリフを聞いていたおじさまの満足そうな微笑みは、私に先ほどの学院長室での会話を思い出させたのだった。



『―――――まだ一週間にも満たない時間だが、舞依ちゃんには友人(・・)がたくさんできたようじゃないか。彼らもきっと、舞依ちゃんと高校生活を送りたいと願うんじゃないだろうか』












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