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93 裏切り





「館林、答えろよ。お前は俺達の有栖川先輩を心配する気持ちや有栖川先輩が久我先生との関係で抱えてる悩みをコレクションして、全部研究の資料に使うつもりだったのか?」


ヒステリックに追及してくる栗栖君にいつもの飄々とした年齢不相応の余裕はない。

そんな様子は、今の彼に何を答えても、フラットな心境では捉えてくれないようにも見えて。

私は即答を控えた。

するとそれが栗栖君には無言の肯定だと受け取られてしまったらしく、彼はダンッ!と床を蹴った。


「ふざんけんなよっ!俺達の気持ちをオモチャだとか思ってんのか?俺達はみんなお前の事を信用してたんだ!」

「待てよ栗栖。お前、まさかマイマイがそんな風に思ってたなんて、本気で疑ってるわけじゃないよな?」

「ハッ。どうせ円城寺は館林贔屓だからな。お前の事だから、例え館林に実験材料にされたってへらへら笑ってるんだろ?」

「馬鹿言うなよ。マイマイが僕達の事をそんな雑に扱うわけないだろ?百歩譲ってそこに書かれてるのが事実だったとしても、マイマイは僕達の気持ちを軽く考えたりなんかしないよ!絶対!」

「どうしてお前にそんな事がわかるんだよ?まだ知り合って一週間も経ってないんだぞ?」

「わかるよ!だってマイマイは吹月学院の悪口言われて、吹月の名誉を守る為に自分の髪まで切って抗議したんだから。正義感があって、優しいんだよ、マイマイは」

「そんなの芝居かもしれないだろうが。むしろ俺達の警戒を解く為に館林にとったら好都合の展開だったのかもしれない」


丁々発止にエスカレートしていく二人の口論。

京極さんは黙ったまま何か思案中のようで、私はとういうと、これ以上激化するようであれば割って入らねばと、彼らへの対応方法を何通りか頭に並べていた。

だが躍起になって私を庇う円城寺君からは、意外な言葉が飛び出したのだった。


「そんな事ないよ!だってマイマイは子供の頃からずっと自分の髪を寄付してきたんだから!長く伸ばしたらカットして寄付して、それからまた伸ばすの何度も何度も繰り返してきたんだよ?そんなマイマイがあんな風に髪を切っちゃうなんて、よっぽどだよ!あれが芝居だったなんて、栗栖の目は節穴なんじゃないか?」



円城寺君が私を擁護してくれているのは理解している。

だが、寄付云々(うんぬん)という話は、私は彼に教えた記憶はないし、吹月学院に来てからは一度も、一言も、ほんのわずかな話題にさえ出していない。

むしろ、髪に関しては特にこだわりはないような振る舞いをしていたつもりだけれど。


ではなぜ円城寺君が私のごくプライベートな情報を口にしたのか。

答えは実に簡単だ。

京極さんや栗栖君と同じく、円城寺君も何らかの方法で私を調べていたのだろう。

ここにいる彼らは一人として、一筋縄で扱える者はいないのだから。


「何だよそれ、館林本人から聞いたのかよ?」

「えっ?……あ、ああそうだよ!だからマイマイがあの時髪を切ってまで吹月の為にあの子達に抗議したのは、相当な事だったんだからな」


円城寺君がそう言うのなら、それはそれで構わない。

私はあえて円城寺君を問い質すような真似はしなかった。

だが一向に事態が収拾する気配はなく、私は組み立てていた考えのうち、正直に打ち明けるという選択を取る事にしたのだった。

頭では落ち着いて考えられたが、だからといって決して平然としていられたわけではなく、今の私は、Stay calm...心でそう言い聞かせていた。

その必要があるほどには、動揺が覆い被さっていたのだ。



「二人とも、もうその辺りでストップしてくれるかしら?」


可能な限りの平坦を装いそう告げると、栗栖君と円城寺君は反論に次ぐ反論をぴたりと止めてくれた。

そして二人揃って私に顔を向けてきた。


「どうもありがとう。まず先ほどの栗栖君からの質問についてだけれど、いくつか誤解があるようなので訂正してもいいかしら?」

「どれが誤解だって言うんだ?」


その強い口調に、責められているという肌感覚がした。


「私が飛び級で大学に入学したのは事実よ。そこで心理学を学んで、将来的にはビジネスに役立たせるつもりだったの。そして今年首席で卒業したわ。卒業後は父のもとで色々学ぶ予定だったのだけれど、大学時代にお世話になった方が私にもうしばらく学問に携わる事を勧めてくださって、両親とも相談した結果、あと数年、おそらく成人するくらいまでは好きな分野の勉強を続ける事になったの。それで、館林とも縁のある研究チームに参加が決まって、出身校でもあるスイスの寄宿学校で生徒達の心理調査に関わる事になってい…」


私が言葉を置くよりも前に、栗栖君がスマートフォンを掲げて訴えてくる。


「それが事実なら、ここに書いてある事は全部正しいじゃないか。どこが誤解なんだよ?」


言葉の勢いは収まっていたが、彼から立ち込める悶々とした苛立ちはまだ存在感たっぷりだ。


「吹月学院に編入したのは、私の意志ではないわ。それに、ここで過ごす間は、私はただの高校生にしか過ぎないのだと、久我学院長は仰ってくださったわ。私は館林家の跡取りでもなく、飛び級で大学を首席卒業した人間でもなく、ただの15歳の女子として、ここに来たの。だから、あなた達の事を資料集めに利用したとか、そういった事実はないと言い切れるわ」


私は嘘偽りのない事実を真心込めて伝えたが、それでも栗栖君の理解は得られない。

彼は「口では何とでも言えるからな」と言い捨てたのだ。


「いい加減にしろよ、栗栖!お前何が気に食わないんだよ?例えマイマイが自分の研究に僕達を使ってたとしても、それ自体は悪い事じゃないだろう?お前もしかして、マイマイに隠し事されてたのがショックだったのか?まさか、裏切られた!とか子供みたいに拗ねてるんじゃないだろうな?」


円城寺君の一撃は栗栖君をおおいに煽ったようだが、栗栖君は反論しかけて、ぐっと言葉を飲み込んだ。

すると、二人の口論を冷ややかに眺めていた京極さんが、ようやく口を開いたのだった。


「敦啓、もうやめろ」


それは鶴の一声のように、栗栖君だけでなく円城寺君も黙らせた。


「ミス・フルーガルの編入は彼女が決めたものではなく、久我学院長が望まれての事だと聞いている。彼女は本来なら9月からスイスの学校に行くところを予定変更してまでここに来て、俺達が解決できずにいた事をあっという間に調べ上げてしまった。それなら、彼女にとって多少有益になる事柄があったとしても、別に悪くはないんじゃないか?例えそれが彼女の研究の資料になったとしても、だ。ひょっとしたら学院長だってそれも報酬の一部として念頭に置いていたかもしれないだろう?大学で専門課程を修了している、言わば専門家の仕事をキャンセルさせてこちらに招いたんだ、すべて無償でというわけにもいかないだろうしな。俺達のサンプルでよければ有効活用してもらおうじゃないか。優秀な若き心理学者に」


京極さんは淡々と、けれど最後は笑顔混じりに述べた。

それは私へのフォローで、京極さんの配慮は有難かったのだが、私は彼らをサンプル扱いなどしていない。

やはり誤解を招きそうな部分は即刻訂正しておくべきだと思った。


「京極さん、」


けれど呼びかけたその時、突然音楽室の扉がノックされたのだ。


トントントン…


こちらを窺うような音に、私達四人全員がその扉を凝視したのだった。










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