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8小動物な同級生 





ここで出会う人出会う人、みんないい人ばかりだと思った数分後、私は、まるで実家の庭で遭遇した小動物のような人物から、可愛らしい攻撃を受けていた。



数分前、京極さんと栗栖君に部屋まで案内してもらったあと、私自身で荷物を部屋の中に入れた。

女子の部屋には絶対に入ってはならないと、新しくフラットAの寮則に付け加えられていたからだ。

こういう臨機応変なところが ”細かな寮則はフラットごとに異なる” という文言を生んでいるのだろうか。

私がイギリスから送った荷物も、すべて寮の管理人が一人で運び入れてくれたそうだ。

管理人は男性だがそこは職業上やむを得ないので了承してほしいとのことだったが、そんなことを気にするようでは全寮制男子校で生活などできるはずない。

私は本心からそう思っていた。



寮長権限のマスターキーで開けてもらった部屋はいたってシンプルで、洗面バス・トイレ、クローゼット、ベッドにデスク、本棚が備えられていた。

私の部屋は一番奥の角部屋なので、二方向に縦長の格子窓があり、レースのカーテンが掛かっているが、見晴らしがよさそうだ。

吹月学院高等部寮フラットA、10号室 というのが、今日からの私のアドレスになった。



寮内はホテルのように基本的には土足で大丈夫なのだが、それぞれの部屋は生徒に任されているそうだ。

土足は楽だが、そこは日本人らしく、ルームシューズに履き替える生徒ばかりだという。

郷に入っては郷に従え、私も彼らに(なら)い、靴を脱いで荷物を運び入れたのだった。



そしてそのあと、二人には寮内の設備を説明してもらった。

簡易キッチン、冷蔵庫、ウォーターサーバー、半地下にはランドリールームやちょっとしたトレーニングルームまであったのは驚いた。

フラットによっては、ビリヤード台があったり、シアタールームがあったりするそうだ。

他のフラットへの出入りは自由なので、また追々案内してもらう約束をした。


そして一階に戻って廊下奥に並ぶ自動販売機で飲み物を選んだ。

学院内の自動販売機はすべて無料で、他のフラットや校舎には異なるメーカーの自動販売機が設置されているらしい。

自分のお気に入りのメーカーと自室が離れている生徒は、何本もまとめて入手し、寮の冷蔵庫にいれておくそうだ。

私はそこまで日本のメーカーには明るくないのだが、なんだか、自分のお気に入りを見つけてみたい気分になった。

まるで宝探しのようで、ワクワクもしてくる。


それからパブリックスペースのソファに移動し、腰を落ち着けて内線電話の使い方や冷蔵庫、キッチンの使用に関する細かなルールなどを教わっていた。

可愛らしい攻撃を受けたのは、そんな時だった。

数段高い位置の廊下から賑やかな声が降ってきたのである。



「あーっ!きみが交換留学の女の子だね?!」



高校生男子にしては高い、澄んだ声だ。

そして多少の尖りを感じさせる言い方で。


ちょうど廊下側に背中を向けていた私は、おそらく自分のことを言われているのだろうと、上体をひねって声の主に顔をあげた。

そこには、両手を腰に当てて、ぷっくりと頬を膨らませ非常に愛らしい表情を作った小柄な少年が、私を激しく見下ろしていたのだった。



「やあ、円城寺(えんじょうじ)。今帰ってきたのかい?」

「よお、円城寺。出遅れたな」


京極さんと栗栖君バラバラの応答を聞くと、どうやらこの少年もフラットAの生徒のようだ。

中等部の生徒かとも思えたが、栗栖くんの話し方から、私と同じ一年だと推察できる。

そういえば、円城寺という名前は、例のリスト(・・・・・)に載っていたはずだ。

下の名前は未確認だが、おそらく彼がリスト掲載の人物だろう。

つまり、それなりの家のご子息ということになる。



「別に!僕はこの女の子を待ってたわけじゃないんだから、出遅れなんかじゃないよ!」


なにやら、彼は少々ご立腹のようだ。

その容姿も相まって、栗栖君に対する態度がまるで小型犬がキャンキャン吠えてる姿と重なってしまう。

くりっとした目やふわりとした髪の、絵に描いたような美少年だった。



「円城寺、この女の子、ではなくて、館林 舞依さんだ。学院長直々にご説明があっただろう?」


京極さんに訂正を受けた美少年は、瞬間的にク…ッと呼吸を押し殺したような顔つきをした。

だが食堂棟の面々と同じく、彼もまた京極さんには逆らえないのだろう、すぐに私のいるソファまで下りてきてその可愛らしい顔をよく見せてくれた。



「僕は円城寺 (ゆずる)。部屋はフラットA-8号室。クラスは1-1。他に質問は?」


渋々といった心境を隠しもせず名乗ってくれた円城寺くん。

マナーとしては、完璧な不合格点だった。

が、正直さ、素直さ、嘘のつけなさ、愛らしさといった面ではかなりの高得点のように感じた。


推測するまでもなく、この円城寺くんは突如現れた私を好ましく思ってないのだろう。

だが諸事情から私の編入に反対することもできず、こんな風に反抗的な態度で抵抗を示して…

それはとても子供っぽいけれど、彼には妙に似合っている行為に見えてしまって、私は、気まぐれな小動物を愛でてるような気分にさえなっていた。

今まで周りにいなかったタイプだということもあり、新鮮な感想を覚えたのかもしれない。


「こらこら、それがはじめましての挨拶かよ?」

「ふん、いつも礼儀作法のなってないお前には言われたくないね」


場の空気を和ませるように軽く(たしな)めた栗栖君を、にべなく一瞥する円城寺君。

私は彼らの間に割るようにして円城寺君に微笑みかけた。


「はじめまして、円城寺君。館林 舞依です。寮もクラスも同じということなので、よろしくお願いします」


にっこりと、父に教え込まれた特別愛想のいい笑い顔で、小動物のような美少年を見上げた。

するとどうしてだか円城寺君は頬を真っ赤にさせて、体をのけ反り、私から距離をとろうとしたのだ。


「……?円城寺君?」

「な、なにさ?!」

「ですから、よろしくお願い…」

「わかってるよ!二回も言わなくていいよ!こちらこそ、よろしく!」


フンッと息巻くように言った円城寺君は、さらに紅潮させている。

そしてそれを眺めていた京極さんは、クスクスと楽しげだった。


「京極先輩!笑わないでください!」

「ああ、すまない。つい……」

「つい、じゃないですよっ!もおっ!」



「…円城寺はここでは可愛い可愛いとちやほやされてたから、館林の登場で自分のポジションが危うくなると警戒してるんだ」


じゃれてるようにしか見えない円城寺君とそれを受け止める京極さんには聞こえぬよう、栗栖君がこっそり耳打ちしてくれた。


「ああ、なるほど…」


おそらくはそんなところだろうと思ったが、あまりにもストレートすぎる。

けれどそれがまた可愛らしく感じてしまうのは、円城寺君のやや幼い容姿のせいだろうか。

何にせよ、私は円城寺君に好戦的な応対を受けたにもかかわらず、彼に対して好意的な印象を持ったのだった。


そしてそんな私の内心を知ってか知らずか、京極さんがエスコート役交替の提案を投げかけてきたのだ。


「それじゃ、このあとは同じクラスで部屋も並んでる二人に、館林さんの案内をバトンタッチしてもらおうか?久我先生からお預かりした役目だけど、館林さんも寮長の俺よりはクラスメイトの二人の方が畏まらずに済むだろうしね」



柔らかい物腰で、けれどそれはやはり鶴の一声となって。


私はこのあと、同じクラスで寮の部屋も隣、またその隣である、栗栖君、円城寺君二人と一緒の時間を過ごすことになったのである。











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