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73 花言葉





学院長室を後にした私と円城寺君は、校舎を出たところで別れた。

円城寺君は私を部屋まで送ると言ってくれたのだが、食堂棟の開く時刻になっていたので、私に構わず朝食をとるように勧めたのだ。

それでも多少は渋っていたものの、食堂棟方向に京極さんの制服姿を見つけると、後を追うようにそちらに向かった。

京極さん達の今日の予定を探っておくよ、そう言い残して駆けていく円城寺君は、とても頼もしかった。


彼は私が一人で東京の有栖川さんのご実家を訪ねるのも心配してくれたが、秘書の帯同を伝えると、「ああそれもそうか。館林のお嬢様が慣れない国で一人ウロウロしたりしないよね」と、しきりに頷いていた。

実際のところはどこの国だろうと、はじめての場所だろうと、私は気構えず一人で出歩いていたのだが、円城寺君の想像の中の ”館林家” は特別なカテゴリーからはみ出る事はないようだ。

王族や貴族ではないのだから、行動に制限もなければ四六時中誰かが付いてるわけでもないのに……いや、確かに時と場合によっては警護担当者がいたり、車移動を命じられたりはするが、それは館林の人間でなくても有り得るだろう。

例えば海外旅行でツアーガイドや通訳をオーダーするのと似た感覚で。

ただ私の場合は、その役にいる人物が秘書と呼ばれているだけだ。


そしてその秘書はとても優秀で、私の求める事を先回りさえしてしまうような仕事振りだった。

自室に戻り、すぐに()に電話をかけたところ、


《有栖川氏のご自宅に向かわれるのですね?》


開口一番にそう言われてしまったのだから。

私が何も言わずとも、自分も同行するという前提でスケジュールを告げてきた。

30分後、正門前の車寄せにタクシーを配車。駅で()と合流後、迎えの車に乗り換え、東京まで。

円城寺君の聡明さを ”打てば響く” と称したけれど、()の場合は打たずとも響かせてくるのだなと、感心と苦笑をブレンドさせた私は、通話の最後、()に一つだけ注文をつけたのだった。



「有栖川邸からそう離れていないエリアのフラワーショップでギフトを用意してもらいたいのだけれど」

《かしこまりました。どのような品をお考えですか?》

「形状は任せるわ。お見舞い用だからあまり華美にはならないように。ただ、花は指定でお願い」

《何の種類でしょうか?》

「アナベル……白い花のアナベルをお願い」


アナベルの写真で反応があったらしい有栖川さんが、実際の花を渡された時、どんな顔をするのだろう。

時季的に難しい花でもないだろうから、私は彼から了承以外の返事があるとは思っていなかった。

ところが


《アナベルとは、また意味深長な花言葉のものをお選びですね》


それこそ興味深そうに、()がただ感想を述べたのである。


「あら、そうなの?私は花言葉までは知らないのだけれど。確か国によって異なる場合もあるのよね?」

《ええ、そうですよ。アナベルはアジサイの一種ですので、日本ではアジサイと呼ぶ方もいらっしゃいますが、アジサイの花言葉が『移り気』や『浮気』といった留まらないイメージなのに対し、アナベルは『ひたむきな愛情』『辛抱強い愛』など、一途なものだそうですよ》


ひたむき、辛抱強い愛………なんだか、有栖川さんと久我先生のようだ。


私は、胸の奥、まるで心の内側をそろりと撫でられたような、落ち着いていられない感覚が全身に巡っていくようだった。

秘書である()はフラワーギフトの手配を指示される機会も多いだろうし、仕事柄頭に入れておくべき情報なのかもしれないが、果たしてこの花言葉は、彼らの元にも届いていたのだろうか。



「そう……」


ただ一言だけ返した私に、()は《では駅でお待ちしております》と告げて、通話は終了となった。



外では、もう朝の喧騒が流れはじめている。

私はそんな吹月の日常の光景を縫うようにして、誰とも言葉を交わさないまま、有栖川邸のある東京へ急いだのだった。


関係者がそれぞれに抱えている想いを、確かに預かりながら。










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