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72 一番信頼できる人物と、意外な犯人





おじさまからの頼まれ事は厄介なものばかりだったが、今回は Timely offer だった。

確か日本語では ”渡りに船” だっただろうか?

唐突な展開に円城寺君は瞬きも忘れてしまっているけれど、私はにこりと笑みを見せて安心させた。

そしておじさまに返事をする。


「実は私、もとより本日は有栖川さんを訪ねるつもりでおりました。それを考慮してこのように早い時刻に面会をお願いいたしました。ですので、おじさまのご依頼は、勿論喜んでお引き受けいたします」

「え?マイマイ、有栖川さんと知り合いだったの?」

「いいえ、面識はないわ。けれど、有栖川さんに渡してほしいととある方からお預かりしているものがあるの」

「……まさか、あの女の子?」


私の行動範囲を巡らせれば彼女が浮かぶのはそう難しくもないだろう。

けれど円城寺君には曖昧に微笑んで返し、明言は控えた。


「そういう訳ですので、私は早速午前のうちに有栖川さんのご自宅に向かおうと思います」

「話が早くて助かるよ。私の同行は必要かね?」

「いいえ、急な事ですし、おじさまにもご予定がおありでしょう?それに、学院長がわざわざ赴くとなると、大仰になってしまい、有栖川さんも気構えてしまうかもしれません。有栖川さんは現在東京のご実家で静養中とのことですが、間違いございませんか?」

「舞依ちゃんの秘書はまったく優秀だね。有栖川家は記憶を失くした彼のことを全力で海外留学中に仕立てたというのに……」

「ですが、さすがに出入国記録までは改ざんできないでしょう」

「え、マイマイ、秘書なんかいるの?しかも出入国記録まで探りを入れたわけ?というより、あれって本人以外でも開示請求できるの?」


先ほどまでとはまた違った類の驚き顔を見せた円城寺君に、私はもう一度の曖昧な笑顔で応じた。

だがそう時間は空けずに「まあ、あの館林家だもんね……」と彼の中で認知点を置いたようだった。


「まったくだ。円城寺君の意見には私も同意するよ。彼ら(・・)は敵にはまわしたくない相手だ。味方にするとこの上なく心強くもあるが……」


出会った時から館林の名前に敏感だった円城寺君はともかく、おじさままでそんな風に仰るとは意外だった。



「でも急に会ったこともないマイマイが訪ねてきて、有栖川先輩驚かないかな?」

「もし本当に記憶を失っているなら、私との面識の有無なんて関係ないと思うけれど?」

「それはそうなんだけどさ」

「反対にもしすべてを覚えているのに記憶喪失のフリをしているのなら、自分の恋人として見ず知らずの私が会いに来たらどんな反応をされるのか興味深いわ。おじさまもその反応をお知りになりたいのでしょう?ですがそれなら、やはり初めから私に有栖川さんの現状を教えてくださればよろしかったのに」


私が吹月に来てまだ数日だったけれど、最初から有栖川さんの件を知っていたらその数日間、遠回りせずに済んだのに。


「例え父から口止めされていたとしても、私が吹月に来ると決まった時点で教えていただければ、有栖川さんにももっと早くお会いできましたのに。この数日間の時間が…」

「時間が勿体ない、かな?」


おじさまにセリフを奪われてしまい、私は唇を閉じざるを得なかった。



「舞依ちゃんがそう思うのもよくわかるが、私は、この前も話したように、舞依ちゃんにはフラットな形で彼らと知り合ってもらいたかったのだよ。有栖川君の件を知っている円城寺君達と直接触れ合って、それから判断してもらいたかったんだ。勿論、まだ事件の可能性も否定はできない状況だ。有栖川君と孝則の関係を知った上でも、私の頭の片隅には、全員容疑者の定義はずっと残っていたからね。だから舞依ちゃんが有栖川君の恋人に気付いたりあの夜の真相に近付いた時、そこで有栖川君の意識が戻っていると話そうと思っていたんだよ。そして恋人のフリをして、彼の記憶喪失が事実なのかを確かめてほしいと依頼するつもりでいた。まさか、こちらが教えるよりも先に舞依ちゃんの秘書に暴かれるとは思わなかったが……」

「……色々な意味で、女である私が好条件だったわけですね」


何も知らない有栖川さんのご両親に恋人役で紹介するのなら、同性より異性の方がよかったのだろう。

有栖川さんと久我先生を思うと胸が痛むけれど、今の世の中では、まだまだ彼らの恋愛については浸透しているとは言い難いのだから。

けれどだからといって、彼のご両親を責められるわけもない。

我が息子が意識不明になる事故に遭い、その直後に息子の恋人は同性でしかも教師でした…なんて、いくら真実でも前触れもなくもたらされる内容にしてはあまりにも大きすぎる。

むしろ、すんなりと受け入れられたおじさまの方が少数派だろう。

すると円城寺君からは「なるほど…」と呟きが聞こえてきた。


「だから女子の留学生をはじめて受け入れたんですか?」

「そうだね、円城寺君。私が舞依ちゃんに頼んだ理由はそれだけではないが、女子だという点は、その理由の一つではあるよ。女子生徒が吹月に留学してきた、という事実が必要だったんだ。特に彼のご両親に対してはね。私の考えたシナリオでは、留学前の今年初め頃に吹月を見学に来ていた舞依ちゃんを案内したのが当時寮長だった有栖川君で、二人はその後手紙でやり取りをしていたが、5月以降連絡が取れなくなっていた……という設定にするつもりだった」

「とても具体的ですが、つまり…私が有栖川さんの恋人だと紹介されてもご両親に違和感を持たれないようにする為の既成事実を成立させる時間が必要だった…と?」

「その通りだよ。勿論、私が舞依ちゃんに来てもらいたかった一番の理由は、舞依ちゃんがとても優秀だという事だよ?そのおかげで、こうして想定よりもずいぶん早くに有栖川君の恋人役を登場させられるのだからね」


おじさまは目尻に皺を走らせる。

円城寺君はうんうんと首を動かした。


「確かに、すべての事情を伝えた上で任せられるなんて、よほど信頼の置ける人物じゃないと無理だ。しかも僕達と同年代の女子となると、そんな人材見つけるのは難しそうだし。それだったら優秀と噂の知り合いのお嬢さんであるマイマイをわざわざイギリスから連れてきたのも納得できます」

「そう言ってもらえてよかったよ、円城寺君」


学院長に視線を向けられた円城寺君は「だったら、僕も一緒に有栖川さんに会いに行ってもいいですか?」と期待込める態度で尋ねた。



「さて、それは舞依ちゃんに訊いてみるといい」


どうかね?と決定権を渡されて、私は迷うことなく「申し訳ないけれど」と断った。

てっきり賛同が返ってくると思っていたのだろう、円城寺君は目をまん丸くさせる。

けれど


「円城寺君には、ここに残ってほしいの。もし想定外の出来事が起こった際、私と学院長以外で唯一有栖川さんの現状を知っている円城寺君にしか頼めない事も出てくると思うから。その為に、今日私はここに円城寺君に同席してもらったの。円城寺君は、私が吹月で一番信頼できる人物だから」


私がそう説明すると、「一番信頼できる人?僕が?」と、自分を指差した。

嘘ではない。適当な言い訳でもない。

私は本当に、この小動物のような同級生が、最も信頼できると判断したのだ。

すると円城寺君はスッと胸を張りトントンと拳で叩いてみせた。


「それなら、わかったよ。任せて!」


そして私達の決着を待っていたおじさまは、絶妙のタイミングでテーブルにメモを滑らせた。


「これは?」

「舞依ちゃんの秘書が既に承知しているとは思うが、一応渡しておこう。有栖川君の東京の実家の所在地だよ。今日舞依ちゃんが伺う事は私からご両親に連絡しておこう。ああ、舞依ちゃんの事は、あくまでも学院長の私が勝手に推測した ”有栖川君の恋人候補”、という前振りにしておこう。後々、私の勘違いだったと誤魔化せるようにね」

「そうですね、その方がいいと思います。館林家のお嬢さんが自分の息子の恋人だなんてわかったら、あの手この手で絡んでくるかもしれないし」


隣からぐいっと腕を握られて、私は円城寺君が何の心配をしているのかとおかしくなってしまう。

だが、空気が和み切ってしまう前に、まだおじさまに確認しておきたい事が残っているのだ。



「おじさま?もう一つお尋ねしてもよろしいですか?」

「勿論だよ。何だい?」

「SDカードの映像が消されていた件についてです。京極さんも栗栖君も、身に覚えはないとのことでした。久我先生と楠先生には訊いておりませんが、お二人の事情を知ってしまうと、お二人があえて防犯カメラの映像を操作する動機はないように思います。だとしたら犯人は……」


SDカード?防犯カメラ?何のこと?と首を傾げる円城寺君の前で、おじさまはふわりと、顔の横辺りに手をあげたのだった。



「―――私だよ。事故の後京極君と栗栖君が色々探っていて、防犯カメラの映像も盗み見たと知り、それ以上の情報を与えない為に私がデータを移したんだ。学院長室のパソコンやSDカードからは消えたが、きちんと他の場所に保管してあるよ。転落事故があったこと自体を公表しないでほしいという有栖川君のご両親の要望を、なぜ聞き入れたのか……それを説明する為には、私が手紙の筆跡や内線通話の履歴で有栖川君の恋人が孝則であると知ったからだと打ち明けなくちゃならない。だがそれはあの時はまだ舞依ちゃんに知らせるべき情報ではなかったからね。その代わりに、舞依ちゃんに怪しまれないようにSDカードを口実に使ったんだ」


それは、完全なる自供だった。

おじさまの的確な自供に、円城寺君もおおよそのいきさつを察した風だった。



「では、あの映像に映っていた女性については?」

「その人物が誰なのかは今もわからないままだよ。だが、有栖川君の恋人は孝則で間違いないと確信していたからね。その女性が誰であろうと、転落事故に関係はなさそうだと結論付けた」


聞けば聞くほど、おじさまの自供に嘘の匂いはなかった。

他にはあるかい?と私を促すおじさまに、私は最後の質問を告げたのだった。



「……有栖川さんのご両親に、おじさまのように、二人の関係を受け入れられる未来はあるのでしょうか?」



その質問は、和やかになりつつあった空気に一石を投じた。

おじさまも円城寺君もにわかには黙したが、少しして、おじさまが穏やかに話される。



「いつかは……そう、信じたいものだね。だが私とて、すべてにおいて受け入れられているのかは疑問だ。ただ私は、全寮制男子校という特殊な環境で過ごす彼らをずっと何年も何年も見続けてきたんだよ。そこで運命的な出会いを果たす者も少なくはなかった。一時的な関係もあれば、残りの長い人生を共にする二人もいた。自分達の関係を公表する者もいれば、一生、親にも隠し通す覚悟をしている者もいた。そんな彼らを見続けてきた私だから、有栖川君の恋人が孝則だと知っても、取り乱す事はなかった、ただそれだけなんだよ。むしろ私は、男だ女だというよりも前に、生徒を守るべき立場の孝則に落ち度はなかっただろうかと、それが気がかりだったんだ」


おじさまからは、学院長という肩書が脱げたようにも見えた。

息子が心配で、同時に息子の責任は自らも負うべきとお考えなのだろう。

そしてその審判を私に任せるつもりで、ここ吹月に招いたのかもしれない。



ただ、人が人を好きになっただけなのに………



もどかしくもどうにもならない。

みんなが誰かを傷付けたいわけではないのに。ただ、想ってるだけなのに。

どうしてこんなにも苦しいのだろう。切なくなるのだろう?


私は自分の無力さに俯きそうになったが、その時隣の円城寺君がバッと立ち上がったのだ。



「久我先生は、いい先生です!優しくって生徒思いで、責任感だってあります!そりゃ、有栖川先輩と恋人だったっていうのは驚いたけど、でもだからって久我先生がいい先生なのに変わりはありませんから!」



円城寺君の短い演説は高揚と、学院長室の雰囲気を一変させて。

そしておじさまの瞳に潤いを与えたのだった。











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