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「おじさまは、もとより有栖川さんの記憶は失われていないとお考えなのですか?」


迷いなく核心に触れると、隣の円城寺君はぎょっとして、首を勢いよく回し私を凝視してくる。

だがおじさまは動じず、真剣な面差しで「あくまでも私一人の推察でしかないがね」と認められた。


おじさまのお返事に、なるほど事態はおおよそ飲み込めたと、視界を覆っていた靄が徐々に晴れていく私に反し、円城寺君の霧はどんどん濃く深くなっているようだった。



「待って、それって有栖川先輩がわざと記憶喪失のフリしてるってこと?どうしてそんなお芝居するの?だって意識が戻ってて記憶喪失にもなってないなら、もう普通に吹月に戻って来られるじゃないか。なんでそうならないんだよ?なんで僕達のことを忘れたフリするのさ」


ここが学院長室である事を失念しているかのように、円城寺君の高い声が響く。


「円城寺君、落ち着いて。何もそうだと決まったわけではないのだから」

「マイマイは驚いてないけど、マイマイも同じ意見なの?有栖川先輩が記憶喪失のフリしてるって思ってるの?どうして有栖川先輩がそんなことするのさ?」


彼のまっすぐな感情は私を一心不乱に照らしてくる。

円城寺君は少年の面差し残る可愛らしさがあるけれど、その内面は聡くて頭の回転も速く、理知的で。

だが彼が愛らしく感じられるのは、やはりそこには純真さがあるからだろう。

その彼らしい価値観では、有栖川 唯人が記憶を失くしているフリをする理由が見当たらないのかもしれない。

私は彼のそんなところを好ましいと思いながら見つめ返し、純真さをどこかに置いてきた私の見解を答えた。


「記憶喪失になってしまった方が、色々と都合が良かったから……ではないかしら?」

「どういう意味だよ?」


昨夜の密会に参加していない円城寺君が納得できないのは無理もないだろう。

なにしろ円城寺君は、有栖川さんと久我先生の関係についても今はじめて知った様子だったのだから。

だがもともと円城寺君には昨夜のことを説明するつもりでいたし、おじさまに依頼されていた調査報告も兼ねられるので、昨夜得たばかりの情報をここで二人に聞かせるのは自然の流れだった。



「今朝までに得られた情報によると、有栖川さんと久我先生は恋人同士だった。だけど誰にもそれを打ち明けず、二人は消灯後に音楽棟やライブラリーで隠れて会っていた。ところが5月の連休前、二人の関係を知る人物が現れた。その人物は二人の関係に否定的で、そうと聞いた久我先生は、この関係を続ければ有栖川さんの将来に影響が出てしまうと考え、5月2日、有栖川さんに距離を置こうと持ち掛けた。その際、二人の関係の証拠になる物も残らぬよう、それまで自分が書いて渡してきた有栖川さんへの手紙も処分するように指示した。けれどいきなりそんな事を告げられた有栖川さんにしてみれば突然振られた形になり、かなりのショックを受けてしまった。そして5月2日深夜、ライブラリーで二人は話し合った。納得いかない有栖川さんは手紙の束を持ってきて、これを捨てろというのかと久我先生に詰め寄った。けれど久我先生が言うには、最終的にはどうにか有栖川さんを説得し、彼も手紙の処分には同意した。だから久我先生は有栖川さんをライブラリーに残し、先に一人で出ていった。その後、有栖川さんはライブラリーの窓から転落した……」


淡々と、端的に。

そこには一切の色を混ぜずに、ただ聞いた内容をスライドさせるだけの作業だった。

神村さんや楠先生の絡みは端折ったが、今ここでは不必要なエピソードだと判断したゆえだ。



「…その手紙が、さっき学院長先生が言ってた手紙だよね?久我先生の筆跡だって言ってた……え、じゃあその手紙は、今どこにあるの?警察?それとも学院長先生が持ってるんですか?」


私の話を食い入るように聞いていた円城寺君が、くるりと体を捻って今度は学院長のおじさまに事情説明を求める。


「拾い集められた分は、すべて私が保管しているよ」

「それを有栖川先輩は知ってるんですか?」

「さあ、どうだろうか」

「けれど、もし記憶を失くしていなかったのだとしたら、有栖川さんはあの夜自分が持っていたはずの手紙がどうなったのか、その行方を気にするはずですよね?」

「特に手紙に関してというわけではないが、有栖川君は目が覚めた直後から、自分の転落事故の詳細を色々尋ねてはいたそうだよ。だがご両親は手紙の件を詳しくはご存じなかったから、おそらく手紙の話題は出なかったはずだ」

「それにもかかわらず、ご両親からは有栖川さんの恋人の話が飛び出してきた……。もし有栖川さんが記憶を失くしていなかったのなら、気が気ではなかったでしょうね。ご両親がどこまでを知らされているのかが測れなかったわけですから」

「―――あ!じゃあ、それで……」


円城寺君が思いついたように私を見た。

私は軽く頷いて。



「円城寺君が思いついた事は、おそらく私と学院長の考えと同じだと思うわ」

「つまり、ご両親に、自分に恋人がいたらしいとはばれているのに、その相手が久我先生だとばれていないのを有栖川先輩は不思議に思ったんだ?それで、状況を把握する為に記憶が混乱してるフリをした……?」


自分の考えを精査しながら組み立てていく円城寺君は、どんどん声にも自信がみなぎっていく。


「だとしたら、ご両親が学院長先生に恋人を連れてきてほしいなんて頼んだら、有栖川先輩は相当焦ったはずだ」


仮定の話にも円城寺君は同情を滲ませる。

だがおじさまはなぜか声に張りを戻して「そこでだ」と私に向き直った。

おじさまのこの顔は、以前にも何度か見た覚えがある。

いささかの予感が過った瞬間、おじさまからはその予感通りのセリフが投げられたのだった。



「有栖川君の恋人として、舞依ちゃんに一度彼と会ってもらいたいのだが、お願いできるかね?」









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