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67 嘘





森に囲まれているような立地のここ吹月学院高等部の早朝は、静けさの中にも自然の心地よい音がいくつも奏でられていて、それらは優しく、制服を身に纏った私と円城寺君をフラットAから送り出してくれた。

まだ食堂棟さえ開いてない時刻に、まったく人の気配のない校舎に足を踏み入れるのは、なかなかない経験のように思う。

幼い頃より親元を離れ留学生活が長い私でも、こういった状況はあまり巡ってこなかった。

課題のテキストをクラスに置き忘れてしまったなど、今とは逆の夜遅くになら、無人の校舎に入ったこともあったが、基本的に私が籍を置いてきた学校はセキュリティがしっかりしているところばかりだったので、無断で建物内に入り込むのはいらぬトラブルを生みかねなかったのだ。

それはこの吹月学院も例外ではなく、消灯後は校舎内への許可なき立入りは禁じられているようだった。

だが今朝は学院長直々の許可を得ているわけで、余計な心配は無用である

昨夜私が早朝の面会を申し込むと、おじさまは校舎一番奥の学院長室で待っていると仰った。

私が早朝の時間帯を指定したのは、これから伺うおじさまのお話次第では、その後、有栖川さんのご実家の所在地東京まで移動する可能性を考慮したからだ。

それをおじさまに伝えたわけではなかったが、おそらくこちらの考えは想定済みなのだろう

ゆえに、私が指定した時刻を拒否される事はなかったのだけれど、では今隣を歩く円城寺君は、この常識外の時間を果たしてどう思っているのだろう。



「何も訊かないのね」


学院長室が見えてきた時、私は前を向いたまま声を発した。

円城寺君はちらと私を見たようだがすぐに戻し


「どうせ訊いても教えてくれないだろうと思ったからね」


やや拗ねた調子で言った。


「そう…」

「嘘だよ」

「嘘?」

「僕が何も訊かないのは、マイマイを信じてるからだよ。……昨夜、何かあったんだろう?夜遅くに廊下で音がしたから」


円城寺君の口調は相変わらず愛らしく、だが鋭く指摘してくる。

しかしそれは私の回答を必要とはしていなかった。


「だからこんなに朝早くに学院長室に向かってるのも、きっと理由がある。意味がある事なんだ。その理由を知りたいって気持ちはあるけど、それを知ったところで僕が今から学院長室に行くのは止めないんだから、だったら、別に訊く必要もないと思った。そりゃ、学院長室でこれから聞く話については、自分が知りたいって思った事はどんどん訊いてくつもりだけどさ。だって、有栖川先輩の事で学院長に会いに行くんだよね?」

「ええ、そうよ」

「僕は有栖川先輩にたくさんお世話になったんだ。だから、先輩の為になる事をしてあげたい。マイマイ、頼んだよ?」


学院長室を目前にして、円城寺君から釘を刺されてしまった。

そのセリフを聞いて、あの新月の夜、円城寺君が音楽棟で私に有栖川さんの事を教えたのは、意図的だったのかもしれないと思った。

あの時彼は、誤魔化そうと押し通すこともできたのに、結果として意外なほどあっさりと5月の出来事を明らかにしたのだから。

だがそれを確かめる時間は今はない。



「……これから私と学院長が話す内容に、円城寺君がはじめて聞く事や、驚く事があるかもしれないわ。けれど、私と学院長のやり取りが終わるまでは、質問は待ってもらえるかしら?」

「了解。僕は、マイマイを信じてるからね」

「ありがとう」


私達は二人で顔を見合わせて、私が代表して学院長室をノックした。

ややあって、返事の代わりに扉が開き、いつもと変わりない穏やかな久我学院長が隙間から顔を覗かせた。

おじさまは円城寺君がいる事にも驚かず、静かに私達を出迎えてくれたのだった。





「お茶でも、と言いたいところだが、そんな様子でもなさそうだね」

「早速ですが、お話に入っても?」


応接セットのソファに私と円城寺君が並んで座り、向かいにおじさまが腰を下ろす。


「円城寺君の同席は、舞依ちゃんも了承しているんだね?」

「勿論です。彼は私がここに来て出会った中でも、吹月と有栖川 唯人さんを思い、最も心配してらっしゃるうちの一人だと拝察いたしましたので。それに彼の協力なしでは、私の調査は進んでいなかったと思います。同席をお許しください」


円城寺君はおじさまの返答よりも先に「他言無用の内容なら、誓って口外しません」と宣言した。


「舞依ちゃんがそう言うのなら構わないが、他言無用……そうだね、これまではそうだったやもしれないが、今日こうして舞依ちゃんが私に会いに来たという事は、もう他言無用の縛りが役に立たないところまで来ているのかもしれない。どうかな?舞依ちゃん」


「そうですね。私が今日おじさまにお会いしたかったのは、おじさまが他言無用とばかりに私に吐いてらした嘘の理由をお尋ねしたかったから、ですので」


「嘘だって?確かに私は嘘を吐いて、半ば騙すような形で舞依ちゃんを吹月に呼び寄せたが、その件ではないんだね?」


「ええ、違います。私が申し上げているのは、有栖川さんがもう既に意識を取り戻されている件についてですよ」



私がそれを告げると、二人が同時に息を詰めた。

特に隣の円城寺君は吃驚している様子で、私に体ごと回して硬直しているようだ。



「…………なっ、何それ、な、な何だっ……それっ、それ本当っ?!」


言葉が千切千切れになる円城寺君に対しては、「間違いないわ」と答え、私はおじさまを見据える。



「父の優秀な秘書が調べました。裏取りも済んでおります。ですが私がお尋ねしたいのはそれだけではありません。おじさまは5月2日の夜、ライブラリーに散らばっていた手紙を書いた人物についても不明だと言わんばかりでしたが、それは嘘です。なぜならその手紙の筆跡に心当たりがないわけがなかったのですから。万が一、その筆跡で気付かなかったとしても、当夜の有栖川さんのお部屋の電話の通話履歴は調べられたはずです。そして一人の人物が浮かんでいらしたはずです。なのにおじさまは、この件の調査を依頼した私にその事を一切お話しにならなかった。もしも有栖川さんの転落が事故ではなく事件だった場合、容疑者はおじさまと私以外の吹月関係者全員だと仰っておきながら、重要参考人であるはずの人物を私に隠された。私がお尋ねしたいのは、その理由です。ご自分の息子が重要参考人になるのを避けたかったからですか?それとも、有栖川さんの秘密の恋人が同性である事を公にしない為ですか?」



私の質問に、円城寺君はありありと絶句し、おじさまは深く深く息を吐かれたのだった。









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